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30.ガストの作戦会議と、メロンソーダの味

# 30.ガストの作戦会議と、メロンソーダの味


水曜日の放課後。

僕たちは前回も行ったファミレスのボックス席に陣取っていた。


ただし、今日はいつもの四人じゃない。

テーブルの端の席に、小さな体をさらに小さく縮こまらせたミサキが座っていたのだ。


「いやー、よく来てくれたっすね! 俺が奢るって言った手前、本当は山盛りポテトフライにしたいところっすけど、今日は特別にドリンクバーもつけていいっすよ!」

ポンタが胸を張って豪語する。


「お前、それ昨日ケイタから借りた千円札だろ」

ショウが冷静に突っ込むと、リョウコが呆れたようにため息をついた。


「もう、ミサキちゃんが引いてるじゃない! ごめんね、こいつらバカでしょ?」

「あ、いえ……その……」

ミサキは両手でメロンソーダのグラスをギュッと握りしめ、ストローを少しだけ咥えてコクンと頷いた。


昨日のアコースティックギターでの一件で少し警戒は解けたようだが、不良(だと彼女は思っている)の溜まり場であるファミレスに呼び出されて、まだかなり緊張しているらしい。


「ミサキちゃん、今日は無理言ってごめんな。でも、どうしても君の力が必要なんだ。これを見てくれないか?」

僕はカバンから、リョウコの書いた歌詞ノートを取り出してテーブルに広げた。


「『プールサイド・ノイズ』……?」

ミサキが、グラスから口を離してノートを覗き込む。


「そう。俺たちの初のオリジナル曲になる予定の歌詞だ。で、昨日の夜、この歌詞に合わせてメロディを考えてみたんだ。ちょっと再生してみるから、聴いててくれ」


僕は少し咳払いしてから、ファミレスの店内に響かない程度の小さな音量で、ラジカセを再生した。それに、合わせて鼻歌を歌う。


「フンフンフーン、フフフン……♪」


ミサキは目を閉じ、僕の鼻歌を静かに聴いていた。

やがて僕が歌い終わると、彼女は自分のスクールバッグから、小さな五線譜のノートとシャープペンシルを取り出した。


「あの、今のメロディ、最初のところは『ド』から始まってますか?」

「え? ド? わかんない。ギターのCのコードから弾き始めたから、たぶんそうだと思う」


僕が適当に答えると、ミサキは「なるほど」と小さく呟き、ノートにスラスラと音符を書き込み始めた。


「ここの『退屈な』のところは少し音が跳ねるので……ギターのコードはFメジャーセブンスがいいですね。その次は……」


「Fめじゃーせぶんす……?」

ポンタは顔を見合わせて、ポカンと口を開けた。


「すごい! ミサキちゃん、まるでお医者さんみたい! 鼻歌だけでカルテ作っちゃうなんて!」

リョウコが身を乗り出して、ミサキちゃんのノートを覗き込む。


「あ、いえ、そんな大したことじゃ……ただ、メロディの裏側にある和音の道筋を文字にしてるだけで……」

ミサキは照れたように顔を赤くし、シャープペンシルでくるくるとコード記号を書き足していく。


「ショウ、お前あんな記号わかるのか?」

僕が小声で聞くと、ショウは眼鏡を押し上げた。


「……理論としては知っているが、あれを鼻歌を一度聴いただけでリアルタイムに譜面に書き起こせるのは、完全に才能だ。ポンタ、お前はとんでもない逸材を連れてきたな」


「だろ!? 俺の目に狂いはないっすよ!」

ポンタが自分の手柄のように胸を張る。


「よし! じゃあ、これで曲の土台は完成ね! ミサキちゃん、本当にありがとう!」

リョウコが嬉しそうに言うと、ミサキは少し戸惑ったような顔をした。


「あの……私、ロックのこととか全然わからなくて……こんな静かな和音で、本当にいいんでしょうか?」


「いいんだよ!」

僕は力強く頷いた。

「俺たちがやりたいのは、ただうるさいだけのノイズじゃない。ちゃんとメロディがあって、聴いてくれる人に届く曲なんだ。ミサキちゃんのコードが加われば、絶対最高の曲になる!」


僕の言葉に、ミサキはパチクリと目を瞬かせたあと、少しだけ口角を上げて微笑んだ。昨日までの怯えた小動物のような顔ではなく、年相応の女の子らしい、柔らかい笑顔だった。


「……はい。私でよければ、お手伝いします」


「よっしゃー!! オリジナル曲完成に向けて、どんどん進んで行こう!!」

空気を読まないポンタのデカい声で、僕たちはそれぞれドリンクバーのグラスを高く突き上げた。


「ちょっとポンタ、声が大きい!」

「ミサキちゃんがまたビビっちゃうでしょ!」

「す、すんません!」


僕たちのドタバタとしたやり取りを見て、ミサキが「ふふっ」と小さく吹き出す。


ガストの賑やかな喧騒の中、メロンソーダとコーラとアイスコーヒーのグラスを一気飲みした。

こうして僕たちのバンドに、頼もしくも少し風変わりな『秘密の編曲者』が加わったのだった。


## 土曜日のバンド練習


そして迎えた土曜日の朝11時。南栄にある定例の練習スタジオ。

今日から僕たち「音庭ビート」は、五人編成になった。


「うわぁ……すごい。これがバンド練習の聖地……」

初めてスタジオに足を踏み入れたミサキは、防音壁を珍しそうに触りながらキョロキョロと周囲を見渡していた。


「スタジオのオプションで、シンセサイザー借りておいたぜ。ミサキちゃん、使い方わかる?」

僕が部屋の隅にセッティングされたキーボード(ローランド製の黒くてゴツいやつだ)を指差すと、彼女は少し緊張した面持ちで鍵盤の前に座った。


「ピアノとはタッチが違いますけど……和音を弾くくらいなら、大丈夫だと思います」

彼女がいくつか鍵盤を叩くと、アンプから澄んだ『ポーン』という電子音が鳴り響いた。


「よし。オリジナル曲の練習の前に、まずはミサキちゃんの耳慣らしも兼ねて、俺たちの持ち曲を合わせてみようぜ」

僕がギターをジャーンと鳴らす。今日はアコギではなく、愛用のストラトキャスターとディストーションだ。


「ブルーハーツの『TRAIN-TRAIN』なら、コード進行もシンプルだから弾けるかな?」

ショウが尋ねると、ミサキは少し考えてから小さく頷いた。

「はい。簡単に練習してきたから大丈夫です」


「おおっ、さすが天才! さっそく始めルッスよ」

ポンタがドラムスティックを回しながら言うと、ミサキはコクリと頷き、鍵盤の上に両手を構えた。


「……皆さんのノイズ、不思議と嫌いじゃないので」


その言葉に、僕とリョウコは顔を見合わせてニッと笑った。


「ワン、ツー、スリー、フォー!」


ポンタのカウントダウンで、演奏が一斉にスタートした。

いつものように僕がノイズ混じりのパワーコードをかき鳴らす。そこに、ショウのベースが重なり、リョウコが元気に歌い出す。


ここまではいつもと同じだ。しかし、歌い出しに差し掛かった瞬間、明確な『違い』が生まれた。


ミサキの弾く軽快で華やかなピアノの音が、僕の粗削りなギターの隙間を縫うようにして、鮮やかな色彩を与えていく。

男臭くて泥臭いパンクロックだったはずの既存曲が、彼女の鍵盤が加わっただけで、まるで洗練されたポップロックのようにキラキラと輝き始めたのだ。


リョウコの声が、いつも以上に伸びやかに響く。

ミサキの確かな和音の土台があるおかげで、メロディの居場所がはっきりとし、バンド全体のサウンドが何倍にも分厚くなっていた。


演奏しながら、僕は全身に鳥肌が立つのを感じた。

クラシックの繊細さと、パンクロックの初期衝動。絶対に交わるはずのなかった二つの音が、今、この薄暗いスタジオの中で奇跡的に融合している。


曲のエンディングで、全員の音がピタリと揃う。

シンバルの残響と、シンセサイザーの余韻がゆっくりと消えていった。


「……めちゃくちゃ、華やかでいい!」

リョウコがマイクを握りしめたまま、興奮気味に叫んだ。


「すごいっす! 今の、完全にプロのバンドの音だったっすよ! いつもの泥臭い曲が一気にキラキラしたっす!」

ポンタもドラムセットから立ち上がってガッツポーズをする。


ミサキは少し肩で息をしながら、信じられないものを見るような目で自分の両手を見つめていた。


「すごい……ピアノの発表会とは全然違う……。音が、体の芯まで響いて……」


「これがバンドのすごいところだよ」

僕が汗を拭いながら言うと、彼女は嬉しそうに、そして誇らしげに微笑んだ。


「さあ、ウォーミングアップは完璧だな。次はいよいよ、ガストで君がコードをつけてくれた『プールサイド・ノイズ』を合わせよう」

ショウがベースを構え直して言うと、全員が力強く頷いた。


こうして僕たちは、新たな「音」の力と確かな手応えとともに、五人編成のバンドとしての新たなスタートを切ったのだった。


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