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27.ジャムセッションと、足りない「何か」

# 27.ジャムセッションと、足りない「何か」


土曜日の11時。僕たちはいつものように南栄の練習スタジオに集まっていた。


「……で、どうやって曲にするんだっけ?」


アンプにシールドを繋ぎながら、僕は根本的な疑問を口にした。

『プールサイド・ノイズ』という仮タイトルと、「半径5メートルの日常を歌う」というテーマは決まった。しかし、肝心の「音」がない。


「とりあえず、ノートに五線譜でも書いてみるか?」

僕が言うと、ショウが即座に首を横に振った。


「却下だ。僕たちの中に、頭の中だけでメロディを構築できるようなモーツァルトはいない。それに、僕たちがやりたいのはクラシックじゃないだろう」

ショウはベースのチューニングを素早く終え、アンプのボリュームを上げた。


「音楽理論の基本は理解しているが、ロックンロールは机の上で作るものじゃない。とりあえず、音を鳴らしながら構築していくしかないだろう。いわゆる『ジャムセッション』というやつだ」


「ジャムセッション! なんかプロのバンドマンみたいでカッコいいっすね!」

ポンタがドラムセットの奥で目を輝かせる。


「ポンタ、とりあえずシンプルな8ビートを叩き続けろ。僕がそこにルート音でベースラインを合わせる。ケイタは好きなようにパワーコードを鳴らせ。……リョウコは、そのノイズの上で、適当でいいから思い浮かんだ言葉とメロディを叫んでくれ」


ショウの指示は明確だった。


「……なんか恥ずかしいけど、やってみる!」

リョウコがマイクスタンドを握りしめる。


「ワン、ツー、スリー、フォー!」


ポンタのカウントダウンで、セッションが始まった。

ドン、タン、ドド、タン。ポンタの刻む直線的なビートに、ショウのベースが重低音のうねりを加える。僕は深く歪ませたギターで、適当なコードをジャーン!と鳴らした。A、D、E。パンクロックでお馴染みの3つのコードだけを、とにかく繰り返す。


そこに、リョウコの声が乗った。

彼女はマイクスタンドの前に立ち、持参した「作詞ノート」を片手に開いていた。


『放課後のプールサイド、退屈なノイズをかき鳴らせー!』


最初は探り探りで、言葉の端々がメロディに乗り切れていなかった。

しかし、彼女はノートに書き殴られた言葉の断片を拾い集めながら、少しずつ僕たちの音の波に合わせていく。

「あ、いまのコードもう一回!」

演奏を止めることなく、リョウコが叫ぶ。僕が同じコードをジャーンと鳴らすと、彼女はそれに合わせて、ノートのフレーズを引っ張り出してきた。


『青い塩素の匂い、響くベース、私たちの5メートル!』


何度かループしているうちに、ノートの言葉とメロディが組み合わさっていき、不思議と一つの「曲」としての形が見えてきた。荒削りで、ノイズだらけで、どこかで聴いたことのあるようなフレーズのツギハギ。でも、間違いなく僕たちの手で作り出している「音」だった。


「いいぞ! そのまま最後までいくぞ!」

僕は叫びながら、さらにギターを激しくかき鳴らした。


――約10分後。


「はぁ、はぁ……」

僕たちは汗だくになりながら、ラジカセの『巻き戻し』ボタンを押した。さっきのセッションの様子をカセットテープに録音していたのだ。


『カチャッ……サーーー……ドン、タン、ドド、タン……』


ラジカセのチープなスピーカーから、さっきの僕たちの演奏が流れ出してきた。

音質は最悪だ。ギターのノイズがうるさすぎて、ベースの音はほとんど潰れているし、リョウコの声も割れている。


「……なんか、めちゃくちゃカッコよくないか?」

僕が興奮気味に言うと、リョウコも目をキラキラさせて頷いた。


「うん! なんか『私たち、バンドやってる!』って感じがですごい!」


しかし、一人だけ、ショウは腕を組んで難しい顔をしていた。


「確かに、衝動や熱量は録音できている。だが……」

ショウはラジカセの停止ボタンを押した。


「音楽としては平坦すぎる。Aメロ、Bメロ、サビという『展開』が全くない。ケイタが同じパワーコードを3つしか弾けないせいで、曲全体の景色が変わらないんだ。これでは1コーラスで聴き手が飽きる」


「うっ……」

僕は言葉に詰まった。確かに、自分でも薄々気づいていた。勢いはあるけれど、曲としてのメリハリがないのだ。しかし、僕には複雑な和音コードの知識なんてない。


「やっぱり、メロディを彩るための『和音のボキャブラリー』が圧倒的に足りないんだ。セッションのノリだけでは、これ以上曲を発展させるのは難しいかもしれない」

ショウがため息をつく。


スタジオに重い空気が流れた。

「半径5メートル」というテーマを見つけて盛り上がっていた僕たちの前に、「作曲技術の不足」という高すぎる壁が立ちはだかっていた。


その時、ずっと黙っていたポンタが、スティックでスネアドラムをトンと叩いた。


「あの……先輩たち。やっぱり俺たちだけじゃ、限界があるんじゃないっすか?」


「限界って……じゃあどうするんだよ」

僕が顔を上げると、ポンタは真剣な顔で言った。


「助っ人を頼むんすよ。俺のクラスに、中村ミサキっていう女子がいるんすけど……あいつ、コンクールで優勝するくらいピアノが激ウマなんすよ。あいつなら、絶対もっと色んな和音とか知ってるはずっす」


「ピアノの……女子?」

僕は思わずショウと顔を見合わせた。


ブルーハーツやニルヴァーナのようなロックバンドを目指している僕たちにとって、「ピアノ」という楽器はあまりにも異質に思えたからだ。


「とりあえず、来週の月曜、うちのクラスに見に来てくださいよ! 俺、こっそり紹介しますから!」


ポンタの強引な提案により、僕たちは未知なる「助っ人」に会いに行くことになったのだった。


## 土曜の午後 - ケイタとショウ


スタジオでの練習を終えた土曜日の午後。ショウが「借りていた漫画を返す」という名目で、僕の部屋に遊びに来ていた。


ベッドに寝転がる僕と、行儀よくパイプ椅子に座るショウ。スピーカーからは、僕が最近お小遣いを叩いて買ったCDが流れている。


「最近さ、サウンドガーデンがめちゃくちゃかっこよくてさ。ずっと聴いてるんだよね」

僕が天井を見上げながら言うと、ショウは眼鏡の奥の目を少し輝かせた。


「ああ、グランジの中では異質なほどテクニカルで、重低音が素晴らしい。クリス・コーネルのボーカルは最高だ。僕も『スーパーアンノウン』のアルバムは名盤だと思う」

普段はクールなショウも、音楽の話になると熱量が上がる。


「だろ!? あのダークでドロドロした感じがたまらないんだよな。ニルヴァーナとはまた違う、変拍子を使った気持ち悪さが最高なんだよ」

「同感だ。ケイタにしては珍しく、音楽的構造の面白さに気づいたようだな」


少し上から目線のショウの言葉も、今の僕には心地よかった。好きなバンドの良さを共有できる相手がいるというのは、バンドマンにとって至福の時間だ。


「でもさ、グランジもいいけど……やっぱり、ガンズ・アンド・ローゼズは最強だよな」

僕がCDラックから『アペタイト・フォー・ディストラクション』のケースを引っ張り出すと、ショウも深く頷いた。


「間違いないな。アクセル・ローズのヒステリックな声と、スラッシュのブルージーなギター。そして何より、メロディの完成度が異常だ。名曲しか入っていない」

「『ウェルカム・トゥ・ザ・ジャングル』からの『イッツ・ソー・イージー』への流れとか、神がかってるもんな。ああいう、理屈抜きで血が沸騰するようなロック、俺たちもいつか作れるのかな」


僕は手元のCDケースを見つめたまま、ため息をついた。

さっきのスタジオでの自分たちの演奏を思い出す。勢いはあるけれど、ガンズやサウンドガーデンのような「プロの凄み」には程遠い。


「……作れるさ」

ショウが静かに言った。

「僕たちはまだ、バンドとして産声を上げたばかりだ。今の僕たちにはテクニックも和音の知識もないが、熱量だけはある。それに……月曜日には、その『和音の知識』を持った強力な助っ人に会えるかもしれないだろう?」


「そうだな。ピアノの……中村ミサキ、か」

僕は、まだ見ぬその女子生徒の姿を頭の中に思い描いた。

ピアノの音色が、僕の歪んだギターノイズにどうやって絡みつくのか。全く想像がつかなかったが、不思議とワクワクしている自分がいた。

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