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21.夕食での尋問と、カワイソウなリョウコ

夕食にて。

# 21.夕食での尋問と、カワイソウなリョウコ


火曜日の夜。

浜田タロウの乱入による最悪のイメトレから帰宅し、僕は疲れ切って夕食の席についていた。

今日のメニューはカレーライス。いつもならテンションが上がるはずだが、浜田に胸ぐらを掴まれた感触と、リョウコの「勘違いしないでよ!」という鋭い視線がフラッシュバックして、いまいち食欲が湧かなかった。


「お兄ちゃん、なんか暗いね。せっかくのカレーなのに」

妹のアヤカが、スプーンを口に運びながら不思議そうに僕を見た。

向かいの席では父さんが黙々とカレーを食べていて、母さんはキッチンで自分のお皿にご飯をよそっている。


「別に……ちょっとライブのことで色々あって疲れてるだけだよ」


「いよいよ今度の日曜日だもんね!」

母さんがカレーの皿を持って食卓に座り、嬉しそうに言った。

「お母さんも本当に楽しみにしてるのよ。ウチワの材料も、今日ダイソーで買ってきたし!」


「だからウチワは本当にやめてってば……」


「それはそうとね、お兄ちゃん」

母さんはスプーンを置き、ふと真面目な顔で僕を見た。


「ライブは楽しみなんだけど、今日スーパーでお買い物をしていたら、お母さん、すごい噂を聞いちゃったのよ」

「すごい噂?」


嫌な予感がして、僕の背筋がピンと伸びた。まさか、ニルヴァーナをやる凶暴なパンクバンドだという噂が、主婦のネットワークにまで広がっているのだろうか。


「あのね……」母さんは声を潜め、意味深な笑みを浮かべた。

「あんた、そのバンドのボーカルの女の子と、お付き合いしてるんですって?」


「ブホッ!!」


僕は飲んでいた麦茶を危うく吹き出しそうになった。慌てて口元を覆ってむせ返る。

「な、な、なんで母さんがそれ知って……!」


「やっぱり本当だったのね!」

母さんがパンッと手を叩いた。


「ドラムの山本君ポンタのお母さんが、親戚のおばさんに話したのが、近所の奥さんたちの間で回ってきたのよ! 『鈴木さんちの息子さん、バンドを口実に女の子と付き合ってるらしいわよ』って!」


恐るべし、ポンタのネットワーク。学校内にとどまらず、ご近所の井戸端会議にまで僕たちの(嘘の)色恋沙汰が流通しているとは。


「ちょ、ちょっと待って! 誤解だ、完全に誤解! 俺とリョウコはそんな関係じゃない!」

僕が必死で弁解すると、アヤカが心底嫌そうな顔をして顔をしかめた。


「うわっ……気持ち悪っ。お兄ちゃん、女の子目当てでバンド始めたの? サイテー。最悪」


「違うって! アヤカ、変な目で見るな! 俺たちは純粋に音楽をやるために……」


「でも、放課後に防音室スタジオで高校生の男女が密室になるんでしょ? そりゃあ何も起きない方がおかしいって、山本君のお母さんも言ってたわよ」

母さんが楽しそうに追撃してくる。昼間の浜田タロウと全く同じロジックだ。


「だから何も起きてないってば! あいつはただのクラスメイトで、全然そういう対象じゃないんだよ!」


僕は顔を真っ赤にして、持てる限りの語彙で全力否定した。

あまりの必死さに、黙々とカレーを食べていた父さんまでが、チラリと僕の方を見て少しだけ笑ったような気がした。


「ふーん……」

母さんは僕の顔をじっと見つめた後、少しだけ意地悪く微笑んだ。


「お兄ちゃんがそこまで言うなら、ただの勘違いなんでしょうねー」


「そうだよ! ただの勘違い! 迷惑な話だよまったく」


「そうねえ……」アヤカはスプーンでカレーをすくいながら、心底同情したようなため息をついた。

「なんだかそのリョウコちゃんがカワイソウ」


「え?」

予想外の言葉に、僕はポカンとした。

「カワイソウって、何が?」


「決まってるでしょ。お兄ちゃんみたいなキモい男とカップル認定されるなんて、いくらなんでもカワイソウすぎるよ。公開処刑じゃん」


「なっ……! キモいってなんだよ! それに公開処刑って!」


「だってそうでしょ。放課後、防音室でキモい男と密室になるとか、何の罰ゲームよ。それに近所で変な噂流されて。あーあ、リョウコちゃん、絶対に泣きたくなってると思う」


「いや、だってあいつ自身も『変な勘違いしないでよ!』ってめっちゃキレてたし……」


「ほら見なさい。完全にとばっちりじゃん。キモい男と付き合ってるなんて噂流されたら、そりゃ誰だってガチギレするって」

アヤカは呆れたように首を振った。


「リョウコちゃんはお兄ちゃんのこと、ただの便利なギター担当としか思ってないのに。変な噂立てられて、本当にカワイソウ」


「……」

僕は絶句した。リョウコが、僕のことをキモいと思っている……?

いやいや、今日の昼休み、あんなに顔を真っ赤にして浜田タロウにブチギレていたじゃないか。あれは、やっぱり単に噂が迷惑だっただけで……いや、僕と一緒にされるのがそんなに嫌だったのか?


「お兄ちゃん、なんか落ち込んでるよ。図星だったんじゃない?」

アヤカがニヤニヤしながら横から突っついてくる。


「うるさい! キモいとか言うな! もうごちそうさま!」

僕はたまらず席を立ち、逃げるように自分の部屋へと駆け込んだ。


ベッドに倒れ込み、天井を見つめる。

心臓が妙にモヤモヤと音を立てていた。


リョウコが、僕をキモいと?

いや、あり得ない。アヤカの勝手な妄想だ。

でも、もし仮に、万が一、そうだとしたら……?


『あんたも、変な勘違いしないでよ!』

昼間のリョウコの声が、頭の中でリフレインする。あの時の顔の赤さは、キモい男と一緒にされた怒りからだったのか。


「……あーもうっ! ギター弾こう!」

僕は雑念を振り払うように、愛用のギターを手に取った。

アンプには繋がず、ペチペチと生音でコードをかき鳴らす。


初ライブまで、あと5日。

ただでさえMCの問題や浜田タロウのプレッシャーで頭がいっぱいなのに、アヤカの余計な一言のせいで、また新しいモヤモヤが心に住み着いてしまった。


お兄ちゃん大好き!・・・なんて言ってくれたら嬉しいのに。

妹はいつだって兄に厳しいもの。

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