20.思わぬ伏兵と、恋愛の噂
今日も昼休みの風景から。
# 20.思わぬ伏兵と、恋愛の噂
「えー、本日はお忙しい中、お集まりいただき……」
「だから、それじゃあ校長先生だってば!」
火曜日の昼休み。僕たちは昨日に引き続き、プール前でラジカセを囲んでイメトレを行っていた。相変わらずMCの内容は一向に定まらず、ほうきをマイクスタンド代わりにして悪戦苦闘を繰り返していた。
「もういいよ、私がやるから貸して!」
リョウコがほうきを奪い取る。
「ヘイヘイ豊橋のヤンキーども! 今日は最後まで……」
「リョウコ先輩、それ俺のヤンキーキャラっす!」ポンタが突っ込む。
「あーもう、わかんない! そもそもバンドのMCって何喋ればいいのよ!」
リョウコがほうきを地面に叩きつけた、その時だった。
「おい、鈴木!」
突然、背後からドスの効いた声が響いた。
振り返ると、そこには他クラスの男子生徒が立っていた。短めの髪に、少し釣り上がった目。制服のシャツのボタンを少しだけ開けて、いかにも不機嫌そうな顔をしている。
「……えっと、誰だっけ」
「隣のクラスの浜田タロウだ。忘れたとは言わせないぞ」
浜田タロウ。そう言われて、かすかに記憶が蘇った。体育の合同授業や、廊下ですれ違った時に何度か顔を見たことがある程度だ。特に話した記憶はない。
「その……浜田君が、俺に何の用?」
僕がほうきを持ったまま尋ねると、浜田タロウはずかずかと僕に歩み寄り、胸ぐらを掴みかからんばかりの勢いで睨みつけてきた。
「とぼけるな! 噂は聞いてるぞ!」
噂? 僕はポンタをチラリと見た。またこいつが「俺たちはニルヴァーナをやる凶暴なバンドだ」なんて適当なことを吹聴したのだろうか。
「いや、俺たちは別に凶暴なパンクバンドってわけじゃなくて……」
僕が弁解しようとした言葉を、浜田タロウが遮った。
「バンドの話なんかしてねえよ! お前とリョウコが、付き合ってるっていう噂の話だ!」
「……は?」
「……ええっ!?」
僕の口から間抜けな声が漏れ、リョウコが信じられないというように叫んだ。ショウは眼鏡の位置を直し、ポンタは「おおっ」と目を輝かせた。
「お前、リョウコに近づくためにわざわざバンドなんか組んだんだろ! 姑息な手使いやがって!」
浜田タロウは顔を真っ赤にして僕に詰め寄る。
「ち、違うって! 誤解だ! 俺たちは純粋に音楽を……」
「言い訳すんな! だいたい、男女が放課後に密室のスタジオにこもって、何も起きないわけがないだろ!」
「起きないわよ!!」
ついにリョウコがキレた。顔を茹でダコのように真っ赤にして、浜田タロウの前に飛び出した。
「ちょっと浜田君、あんた勝手に変な噂信じて、何言いがかりつけてきてるの! 私とケイタなんて、ただのクラスメイトで、音楽の趣味が合ったからバンド組んだだけ!」
「リョウコ……」
浜田タロウは、リョウコに凄まれると急に声のトーンを落とした。どうやら、本当にリョウコに片思いしているらしい。
「俺は……俺はただ、心配だったんだ。鈴木みたいなチャラチャラしたバンドマンに、リョウコが騙されてるんじゃないかって」
「俺、別にチャラチャラしてないけど……」
僕が反論しようとしたが、浜田タロウは僕を鋭く指差した。
「鈴木! 今週の日曜日のオレンジピットのライブ、俺もチケット買ったからな! お前がリョウコの隣でギターを弾くのにふさわしい男かどうか、俺の目でしっかり確かめてやる!」
「ええっ、来るの!?」
「いいか、中途半端な演奏したら許さないからな! リョウコ、本番楽しみにしてるから!」
浜田タロウはそれだけ言い残すと、顔を真っ赤にしたまま、嵐のように走り去っていった。
後に残されたのは、ぽかんと口を開けた僕たち四人だけだった。
「……なんだ、あいつ」
僕が呟くと、ショウが冷静に分析した。
「典型的な、嫉妬からくる暴走だな。ポンタが学校中にバンドの宣伝をして回ったせいで、情報に尾ひれがついて恋愛の噂まで発生したんだろう」
「俺のせいっすか!? でも、青春って感じで最高じゃないっすか!」
ポンタは一人で盛り上がっている。
「最高じゃないわよ! なんでよりによって、あんな変な噂が立つのよ!」
リョウコはほうきを拾い上げ、バンバンと地面を叩いた。顔はまだ赤い。
「まあまあ、リョウコ。落ち着けって」
僕が宥めようとすると、リョウコは鋭い目で僕を睨みつけた。
「あんたも、変な勘違いしないでよ! あたしはただ、歌いたいからこのバンドにいるだけなんだからね!」
「わ、わかってるよ! 誰が勘違いなんか……」
僕もなんだか急に恥ずかしくなって、顔から火が出そうだった。
「……現実は並べないと倒れる」
ショウがぽつりと言った。
「これでまた一つ、ライブのプレッシャーが増えたな。下手な演奏をすれば、あの浜田タロウという男に何を言われるかわからないぞ」
ショウの言う通りだった。
初ライブの極度の緊張感。それに加えて、突然持ち込まれた「思春期の恋愛の噂」という、高校生特有の青臭いプレッシャー。
「ああもう、MCも決まってないのに、変な客まで増えちゃったじゃないか……」
僕は頭を抱えた。
決戦の日曜日まで、あと5日。僕たちの精神力は、すでに限界ギリギリだった。
恋のライバル出現?!・・・この物語、そういう話だったの?




