19.ラジカセとイメトレ、そしてやっぱり決まらないMC
昼休み、仲良くメンバーでミーティング!
# 19.ラジカセとイメトレ、そしてやっぱり決まらないMC
土曜日の最終スタジオ練習から明けた、月曜日の昼休み。
僕たちはいつものプール前に集まっていた。いよいよ今週末の日曜日が、僕たちの初ライブ本番だ。
「持ってきたぜ」
僕はカバンの中から、黒いラジカセと一本のカセットテープを取り出し、コンクリートの地面に置いた。土曜日のスタジオ練習で録音した、僕たちの「通し練」の音源だ。
「おおっ、ついに客観的に自分たちの音を聴く時が来たっすね!」
ポンタが目を輝かせる。
「周りに誰もいないよね?」
リョウコが周囲をキョロキョロと見渡した。昼休みのプール裏は基本的に誰も来ないが、万が一他の生徒に聞かれたら恥ずかしすぎる。
「大丈夫だ。よし、再生するぞ」
僕はカチャッと再生ボタンを押した。
少しのノイズの後、ポンタのカウントダウンの声が響き、1曲目『情熱の薔薇』の演奏がラジカセの小さなスピーカーから飛び出した。
「おっ……?」
「あれ……?」
僕とショウは顔を見合わせた。
「これ、意外と……」
「悪くないな」
スタジオの中で爆音で聴いていた時はアドレナリンが出ていたせいだと思っていたが、こうしてラジカセの粗い音質で聴き直しても、僕たちの演奏はしっかりまとまっていた。
四人の音がちゃんと一つのバンドの音になっている。リョウコの歌声も、オケに負けずにしっかりと抜けていた。
「すごい! 私たち、ちゃんとバンドになってるじゃん!」
リョウコが嬉しそうに手を叩く。
「俺のドラム最高じゃないっすか! このズッシリ感!」
「自分で言うなよ。でもまあ、テンポはキープできてるな」ショウも珍しくポンタを褒めた。
3曲目『TRAIN-TRAIN』が終わるまで、僕たちはラジカセの周りに座り込み、無言で音源に聴き入っていた。
曲が終わり、ジャーンという最後の余韻が消える。
「……完璧だ」僕は満足げに呟いた。
しかし、テープはまだ回っている。
『情熱の薔薇』と『トップ・オブ・ザ・ワールド』の間の、約20秒間の無音。スタジオで録音したため、僕たちの息遣いや、「えっと……」という戸惑う声だけがシュールに録音されていた。
「……出た。魔の空白時間」
リョウコが頭を抱えた。土曜日のミスタードーナツでの会議から、MC問題はまったく進展していなかった。
「なぁ、今日はこのラジカセを使って、本番のイメトレ(イメージトレーニング)をしようぜ」
僕が提案した。
「イメトレ?」
「ああ。オレンジピットのステージに立ってるつもりで、テープに合わせて曲の間の動きとか、MCを実際にやってみるんだ。そうすれば本番でパニックにならないだろ」
「なるほど、悪くない提案だ」ショウが頷いた。
「よし、じゃあお客さんが目の前にいると思って!」
リョウコが立ち上がり、ほうきをマイクスタンド代わりにして構えた。僕たちも立ち上がり、楽器を持っているフリをして並ぶ。
「行くぞ。……1曲目終了!」
僕が口で「ジャーン!」と言って、曲が終わったテイにした。
「……」
「……」
架空のステージの上で、四人は無言で立ち尽くした。
プールのろ過装置のモーター音が、虚しく響いている。
「ほら、ケイタ! なんか言ってよ!」リョウコが小声で急かしてくる。
「俺かよ! ええと……サンキュー! 次の曲は、少年ナイフのカバーです! 聴いてください!」
「うわぁ、つまんねー!」ポンタが容赦なくヤジを飛ばす。
「じゃあお前やってみろよ!」
「任せてください! 『ヘイヘイヘイ! 豊橋のヤンキーども! 今日は最後まで盛り上がっていこうぜェ!!』」
「誰がヤンキーだ! うちの母さんも来るんだぞ!」
「じゃあ、私がやる」
リョウコがほうきを両手で握りしめ、アイドル歌手のような作り声を出した。
「みなさーん、こんにちはぁ! 音庭ビートですっ! 今日はいっしょに、ハッピーな時間を過ごしましょうねっ!」
「……気持ち悪い」僕とショウが同時に突っ込んだ。
「なんでよ! アイドルっぽくて可愛いでしょ!」
「お前、そういうキャラじゃないだろ。もっとこう、バンドのボーカルらしくさ……」
「ショウはどうなのよ」
振られたショウは、眼鏡をクイッと押し上げた。
「『本日はお忙しい中、我々音庭ビートの初ライブにお越しいただき、誠にありがとうございます。皆様の健康とご多幸を祈念いたしまして、次の曲に移らせていただきます』」
「校長先生の挨拶か!」
僕は思わずズッコケそうになった。
結局、誰がやってもチグハグで、しっくりこない。
さだまさしにも、奥田民生にもなれない僕たちは、ただの緊張した高校生でしかなかった。
「……あーもう! やっぱりMCなんて無理だよ!」
リョウコがほうきを放り投げ、地面に座り込んだ。
「どうするんだよ、本番は今週末だぞ」
ラジカセからは、まだ録音時の無音がサーッというノイズと共に流れ続けていた。
「もうさ、誰かが喋るって決めるからプレッシャーになるんじゃないか?」
ショウが言った。「その時の空気で、一番余裕がある奴が適当に喋ればいいんだよ」
「……出た、一番危険な『本番のノリ任せ』」
僕がため息をつくと、ポンタが笑い飛ばした。
「いいじゃないっすか! 演奏はバッチリ録音で証明されたんだから、あとはどう転んでもロックっすよ!」
「お前はいつもポジティブだな……」
今週末、いよいよ僕たちはオレンジピットのステージに立つ。
演奏のイメトレは完璧だ。だが、曲と曲の間のイメトレは、絶望的なまでに迷走していた。
不安と期待がごちゃ混ぜになったまま、決戦の日曜日はもう目の前まで迫っていた。
本番ノリが一番危険だって!




