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14. 市電に乗って駅前に行く

バンドメンバーで買い物に行く買い物回です。

# 14. 市電に乗って駅前に行く


水曜日の放課後、僕はショウとリョウコと三人で一緒に市電に乗って駅前に行った。


目的は、楽器屋巡りだ。


バンドスコアを見たり、ギターを見たり、ベースを見たり、ついでにCDショップも回る。要するに、何かを買うかもしれないし、買わないかもしれないけれど、音楽っぽいものがある場所をうろうろする日だった。


ポンタは来なかった。


「俺も行きたいっす!」と言っていたけれど、今日は用事があって行けなくなったらしい。だから、今日は三人だった。


三人だと、少し静かだ。ポンタがいないと、会話の音量が二段階くらい下がる。けれど、それはそれで悪くなかった。市電の中で、窓の外を流れていく町を見ながら、僕らはゆるく話した。


「来月までに三曲かあ」


リョウコがつり革につかまりながら言った。


「対バンとして立派に出るには、ちょっと曲が少ないけど、きっと特別枠みたいな感じで出してくれるんじゃないかな?」とショウが分析する。


「うん、きっと、そうだらー(そうだよね)?」とリョウコが言う。


「三曲って、短いようで長いよね」


「二曲しかない今よりは、確実に長い」


ショウが真面目に言った。


「そういう意味じゃなくて」


リョウコが笑う。


僕は市電の窓に映った自分の顔を見た。なんだか、少しだけ大人っぽく見えた。たぶん気のせいだ。放課後に市電で駅前へ行くだけなのに、ライブの準備をしていると思うと、それだけで全部が特別に見える。


「今日は買うの?」


ショウが聞いた。


「買いたい」


僕は即答した。


「何を?」


「分からない」


「それは買いたいって言わない」


「いや、何かを買いたい気持ちなんだよ」


リョウコが大きくうなずいた。


「分かる。CD屋に行く前って、何かに出会える気がするよね」


そうだ。それだった。


CD屋に行く前の気持ちは、宝探しに少し似ている。まだ知らないバンド、ジャケットだけ見て気になるアルバム、名前だけ聞いたことがあるCD。そういうものが棚にずらっと並んでいると思うだけで、胸がそわそわした。


## 駅前の楽器屋


駅前で市電を降りると、夕方の空気が少しだけ排気ガスの匂いを含んでいた。


人が多い。学校帰りの高校生、買い物袋を持ったおばさん、スーツ姿の会社員。


僕らはまず楽器屋へ向かった。


ギターが壁にずらっと並んでいるだけで、僕は少し呼吸が浅くなる。赤いギター、黒いギター、木目のきれいなギター。どれも僕の家にある安いやつより強そうだった。


「見るだけだからね」


リョウコが先に言った。


「分かってる」


「ケイタ、顔が買う人の顔になってる」


「買えない人の顔だよ」


僕は財布の中身を思い出した。弦を買うならぎりぎり。ギターは当然無理。エフェクターも無理。ピックなら買える。現実はいつも、だいたいピックくらいの大きさだった。


でも、ニルヴァーナの「スメルズ・ライク・ティーンズ・スピリッツ」をやるなら、やっぱりエフェクターは欲しい。あのサビのギターにもっとインパクトを持たせるには、もっと歪んだ音が必要だと思う。


ショウはベースの前で立ち止まった。


「これ、いいな」


「買う?」


「買えない」


でも、ショウはしばらくそのベースを見ていた。値札を見て、ネックを見て、また値札を見た。


「ショウって、欲しいもの見てもあんまり騒がないよね」


リョウコが言った。


「騒いでも値段は下がらない」


「夢がない」


「夢はある。予算がない」


僕は笑った。ショウは本当にそういうやつだ。夢を見るときも、頭のどこかで値札を見ている。


バンドスコアの棚も見た。ブルーハーツのバンドスコアをみんなでお金を出し合って買った。端数をどうするかで、ちょっと揉めたけど、リョウコが原本を持つという話で落ち着いた。バイトをしているリョウコが少し多めに払うことに。


リョウコはボーカル教本の棚を見ていた。発声練習とか、腹式呼吸とか、そういう言葉が表紙に並んでいる。


「こういうの買った方がいいかな」


「リョウコ、そんなの読まなくても歌うまいじゃん」


僕が言うと、リョウコは少しだけ口をとがらせた。


「うまいとかじゃなくて、ライブで最後までちゃんと歌えるかどうかでしょ」


森田先輩の言葉が、また戻ってきた。


止まらず最後まで。


ギターだけじゃない。歌も、ベースも、ドラムも、全部止まらず最後まで行かないといけない。


「でも、今日は買わない」


リョウコは本を戻した。


「今日はCDの日にする」


## CD屋の棚


楽器屋を出て、僕らはCD屋へ行った。


自動ドアが開いた瞬間、店の中の音楽が外へこぼれてきた。知らない曲だったけれど、ドラムの音が妙にきらびやかだった。棚には新譜のポスターが貼られていて、入口近くにはランキングのコーナーがあった。


ランキングには、glob、Mr.Children、スピッツ、PUFFY、JUDY AND MARY、サザンオールスターズの名前があった。名前を見ただけで、頭の中で音が鳴る。


僕はまずロックの棚へ行った。ブルーハーツ、ユニコーン、BOØWY…。全部欲しくなる。


「ケイタは、やっぱりブルーハーツ?」


リョウコが横からのぞき込んだ。


「うん。ブルーハーツは、ギターが難しすぎないのに、弾くと体が前に出る感じがする」


「説明がケイタっぽい」


「どこが」


「体が前に出る感じ、ってところ」


そう言われても、自分ではよく分からなかった。でも、ブルーハーツの曲を弾くと、部屋の壁を押し破って外へ出ていくような気持ちになるのは本当だった。


ショウは洋楽の棚にいた。


「またニルヴァーナ?」


僕が聞くと、ショウはCDケースを一枚持ち上げた。


「未発表曲のライブ音源集が出たんだ…でも、今日は見るだけ」


「ショウもそればっかりだな」


「ケイタもブルーハーツばっかり」


「僕は幅広いよ」


「昨日もブルーハーツの話してた」


言い返せなかった。


リョウコは僕らから少し離れて、別の棚の前で止まっていた。邦楽の中でも、少しおしゃれな感じのする棚だった。ジャケットに英語が多くて、色もきれいで、僕が普段あまり見ない場所だ。


「何見てるの?」


僕が近づくと、リョウコは一枚のCDを手に取っていた。


「フリッパーズ・ギター」


「ああ、名前は聞いたことある」


「名前だけ?」


「うん」


リョウコは、少し信じられないという顔をした。


「ケイタ、人生を損してる」


「そんなに?」


「かなり」


ショウも近づいてきた。


「小沢健二と小山田圭吾のユニットだよね」


「そう!」


リョウコの声が一段上がった。


「ショウ、分かってる」


「少しだけ」


「少しでも分かってるなら偉い」


僕だけ置いていかれた気がした。


リョウコはCDケースを胸の前に持って、ジャケットを眺めた。


「あたし、フリッパーズ・ギターが大好きだったんだ」


「だった?」


「今も好き。でも、もう解散してる…」


その言い方が、少しだけいつもと違った。


「なんかさ、教室の窓から見える景色が、急に外国みたいになる感じがしたんだよね。豊橋にいるのに、遠くの町を歩いてるみたいな。自転車で学校に行くだけなのに、映画の中にいるみたいな」


僕はCDのジャケットを見た。


正直、僕にはまだよく分からない。ブルーハーツみたいに、拳を上げて叫ぶ感じではない。ニルヴァーナみたいに、全部を壊す感じでもない。


でも、リョウコがそのCDを見る顔は、僕がギターを見るときの顔に少し似ていた。


「解散してたって知ったとき、すごく悲しかった」


リョウコは続けた。


「これからもっと好きになれると思ったのに、もう新しい曲は出ないんだって。好きになった瞬間に、終わってるって知るの、けっこうきついよ」


僕は何も言えなかった。


バンドが解散する。


その言葉は、今の僕らには遠すぎた。僕らはまだ始まったばかりだ。曲も足りない。ライブも決まったばかり。なのに、リョウコの言葉を聞くと、始まることと終わることは、たぶん同じ線の上にあるんだと思った。


「でも、CDは残るんだよね」


ショウが言った。


リョウコはうなずいた。


「そう。だから余計にすごい。もう二人ではやってないのに、棚にあるし、誰かが聞くし、あたしみたいに後から好きになる人もいる」


「それ、いいな」


僕は言った。


「何が?」


「バンドが終わっても、音が残るの」


リョウコは少しだけ僕を見て、それから笑った。


「音庭ビート(仮)も、いつかCD出す?」


「出す」


僕は即答した。


ショウがため息をついた。


「まず三曲」


「分かってる」


「止まらず最後まで」


「分かってるって」


リョウコは声を出して笑った。


## 中古CD - 思い切って買う?


新譜の棚は高かったので、僕らは中古CDのコーナーへ移動した。


中古の棚は少しだけ雑然としていて、そこがよかった。誰かが前に聞いていたCDが、知らない理由でここに並んでいる。ケースに小さな傷があったり、帯がなかったり、値札が二重に貼られていたりする。


「中古って、前の持ち主の気配がするよね」


リョウコが言った。


「気になる?」


「ううん。むしろ好き」


「僕も好き。安いし」


「ケイタは正直だね」


僕はフリッパーズギターの中古を探した。リョウコのオススメだから、聞いておいた方が良い気がした。でも、なかなか見つからない。


「何探しているの?」


「フリッパーズギター、さっき言ってたでしょ?一応聞いておこうと思って、でもないね。」


「それじゃ、あたしがカセットにダビングして明日あげるよ。」


「それは楽しみ。いろいろ音楽の幅は広げたいよね」


ショウはしばらく棚を見て、結局何も持たずに戻ってきた。


「買わないの?」


「今日は買わない」


「またそれ」


「家に聞いてないCDがあるから」


「ショウって偉いな」


「お金がないだけ」


リョウコは、少年ナイフのCDを見つけて、じっと見ていた。


「持ってないやつ?」


僕が聞くと、リョウコはうなずいた。


「持ってない。欲しい」


「買えば?」


「買ったら、帰りにジュース飲めない」


「ジュースを我慢すればいいじゃん」


「ケイタは分かってない。CDを買った帰りに、ジュース飲みながら袋を見る時間まで含めて買い物なの」


「難しいな」


「難しくない。大事」


リョウコはしばらく悩んでいた。CDを持って、棚に戻して、また取って、値札を見て、財布を開けて、閉じた。


僕とショウは何も言わなかった。こういう時間に口を出すと、たぶん怒られる。


やがて、リョウコはCDを胸に抱えた。


「買う」


「ジュースは?」


「水で我慢する」


その決断は、少しカッコよかった。


僕も何か買いたくなった。でも、今日はやめた。リョウコが少年ナイフを買うなら、今日はそれでいい気がした。


会計を済ませたリョウコは、店の袋を大事そうに持っていた。薄いビニール袋の中にCDが一枚入っているだけなのに、宝物みたいだった。


## 広小路を歩く


店を出ると、夕方の光が駅前のビルの窓に反射していた。


僕らは広小路の方へ歩いた。特に目的はない。目的がないのに歩くのは、放課後の特権だと思う。


「ウナギ・コーヒー・イタリアン」と書いてある不思議な看板のお店の前を通り過ぎると、リョウコが立ち止まった。


リョウコは袋を何度も見た。


「早く聞きたい」


「家まで我慢」


ショウが言った。


「分かってる。でも、今すぐ聞きたい」


「ラジカセ持ってくればよかったね」


僕が言うと、リョウコは真剣にうなずいた。


「次から持ってくる?」


「重いよ」


「でも、買ったCDをその場で聞けるよ」


「それはちょっと楽しそう」


三人で、そんな無駄な相談をしながら歩いた。


僕はふと、音庭ビート(仮)のことを考えた。


フリッパーズ・ギターはもう解散している。でも、リョウコの中では今も鳴っている。棚に並んだCDを見つけただけで、あんな顔になる。


僕らも、そういう音を出せるだろうか。


誰かがずっと後になって、僕らのCDを中古屋で見つけて、知らない町の景色が急に違って見えるような、そんな音。


考えすぎかもしれない。


まだ一枚もCDなんて出していない。ライブもしていない。


でも、駅前の夕方を三人で歩いていると、そういう遠いことを考えてもいい気がした。


「ねえ」


リョウコが言った。


「うちら、解散しないよね…」


急に言うので、僕は少し驚いた。


ショウも黙ってリョウコを見た。


「いや、まだ始まったばっかりなんだけどさ。フリッパーズ・ギターのこと考えてたら、ちょっと思った」


僕は何と答えればいいのか分からなかった。


バンドに絶対はない。そんなことは、たぶん森田先輩でも言えない。プロのバンドだって解散する。好きになったときにはもう終わっていることもある。


でも、今この瞬間に言えることはあった。


「解散しない」


僕は言った。


「少なくとも、来月のライブまでは」


リョウコが吹き出した。


「短い!」


「現実的」


ショウが言った。


「ショウまで」


僕らは笑った。


でも、その笑いの中に、少しだけ約束みたいなものが混じっていた。


来月のライブまでは解散しない。


その先も、できれば解散しない。


まず三曲。止まらず最後まで。


そして、いつか一枚でもいいから、自分たちの音を何かの形で残したい。


そんなことを考えながら、僕らは市電の乗り場へ向かった。リョウコの袋が、夕方の風でかすかに鳴った。


その音は、CDケースがビニールに当たるだけの小さな音だった。


でも僕には、まだ聞いたことのない曲のイントロみたいに聞こえた。


まだバンドも始まっていないのに、解散について考えていました。

フリッパーズギターは再結成しないのかな???

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