12. 選曲会議 - 3曲目は?
三曲目は何になるかなー?
# 12. 選曲会議 - 3曲目は?
月曜の昼休み、僕は弁当の最後の卵焼きを、ほとんど噛まずに飲み込んだ。
いつもなら、もう少し味わう。母さんの卵焼きは甘いし、僕はそれがけっこう好きだった。でも今日は、それどころじゃなかった。
土曜日のスタジオの音が、まだ体の中に残っていた。
僕のギターが、自分の音じゃないみたいに鳴って、ショウのベースが床みたいに支えて、ポンタのドラムが背中を押して、リョウコの声が前へ飛んでいった。あれを思い出すだけで、ドキドキした。
「鈴木、急いでんな」
山下が弁当箱をのぞき込んできた。
「会議」
「音庭会議?」
「そういう言い方するなよ」
「園芸部みたいでいいじゃん」
「よくない」
僕は弁当箱をカバンに押し込んで、教室を出た。
いつものプール前には、もうポンタがいた。購買のパンを片手に、やたら偉そうな顔で壁にもたれている。
「遅いっすよ、ケイタ先輩」
「まだチャイム鳴ってないだろ」
「ライブやる男は、五分前行動っす」
「誰がライブやるって決めたんだよ」
そう言いながらも、胸の奥が少し跳ねた。
すぐにショウが来て、最後にリョウコが紙パックのミルクティーを持ってやってきた。四人がそろうと、ポンタはパンを一気に食べて、手をぱんと叩いた。
「議題っす。ライブやるなら、曲が足りません!」
ショウがうなずいた。
「今まともにできるのは二曲。ブルーハーツの『情熱の薔薇』と、少年ナイフの『トップ・オブ・ザ・ワールド』だけ」
「まとも、って言える?」
リョウコが聞くと、ショウは少し考えた。
「前よりは」
「そこは、まともって言ってよ」
「じゃあ、前よりまとも」
「厳しいなあ」
僕は笑ったけれど、ショウの言うことは正しかった。二曲だけでライブは短すぎる。しかも二曲目だって、録音で聞けばまだ下手くそだった。
でも、あのグルーブは本物だった。
だから、曲を増やしたかった。
「三曲目、何にする?」
僕が言うと、ポンタがすぐに手を上げた。
「ブルーハーツの『TRAIN-TRAIN』!」
「いきなり本命出た」
リョウコが目を細めた。
「いいじゃん。日本語だし、盛り上がるし、ライブっぽい」
僕もすぐに乗った。ブルーハーツなら、ギターを弾いているだけで前へ走れそうな気がした。難しいことより、勢いで飛べる感じがある。
ショウも、珍しく反対しなかった。
「構成は分かりやすい。ベースも練習すればいけると思う」
「じゃあ決まり?」
「待って」
リョウコが手を上げた。
「せっかくなら、候補をもう少し出そうよ。あたしたち、選曲会議好きでしょ?」
## あたしたち、選曲会議好きでしょ?
確かに、選曲会議は楽しい。決まらなくても楽しい。むしろ決まらない時間が、バンドをやっている感じだった。
そこから、さらに候補が次々に出た。
「BOØWYの『DREAMIN'』」
「プリプリの『Diamonds』」
「ユニコーンの『大迷惑』」
「ジュディマリの『Over Drive』」
「あ、それ、あたし歌いたい」
リョウコがすぐ反応した。
「でも、なんか大変そう」
僕が言うと、ショウが静かに言った。
「全部、大変だよ」
「夢がないな」
「現実がある」
ショウらしい答えだった。
ポンタはしばらく黙っていたが、急に目を光らせた。
「俺、もう一曲あります」
「何?」
「ニルヴァーナの、スメルズ・ライク・グリーン・スピリット」
一瞬、風が止まったみたいになった。
ショウがゆっくり顔を上げる。
「グリーンじゃなくて、ティーン」
「え?」
「Smells Like Teen Spirit」
「ティーン?」
ポンタは本気で驚いた顔をした。
「俺、ずっとグリーンだと思ってたっす。緑の魂。めちゃくちゃカッコいいじゃないっすか」
リョウコがミルクティーを吹き出しかけた。
「勝手に自然派ロックにしないでよ」
「音庭ビートなんだから、グリーンでも合うっすよ」
「合わない」
僕も笑った。でも、笑いながら、胸の奥で別のものが動いていた。
ショウの部屋で聴いたニルヴァーナの音を思い出した。重くて、衝動的で、全部を壊すみたいに爆発するサビ。あれを自分のギターで鳴らせたら、どんな感じだろう。
「やりたい!」
気づいたら、僕はそう言っていた。
リョウコが僕を見た。
「英語だよ?」
「うん」
ショウも見た。
「音作り、難しいよ」
「うん」
ポンタが身を乗り出した。
「でも、カッコいいっすよね?」
「カッコいい」
僕が言うと、ポンタは勝ったみたいな顔をした。
リョウコは少しだけ考えてから、紙パックを揺らした。
「歌えたら、めちゃくちゃカッコいいよね」
「歌える?」
「分からないけど……これから練習する」
不安そうだけど前向きなリョウコを前に、みんなが覚悟を決めた。
ショウはノートを取り出して、候補を書き始めた。
「じゃあ、三曲目は『TRAIN-TRAIN』を第一候補。もう一曲、ニルヴァーナ」
「四曲目っすね」
「四曲目」
「スメルズ・ライク・グリーン・スピリット」
「ティーン!」
ショウが即座に訂正した。
「でも、音庭版はグリーンでもいいんじゃない?」
リョウコが冗談で言うと、ポンタが本気でうなずいた。
「じゃあ、稲妻のピックに、緑も入れるっす」
「入れない」
僕らはまた笑った。
昼休みのチャイムが鳴った。話し合いは終わりの時間なのに、僕の頭の中ではもうギターが鳴り始めていた。ブルーハーツの勢いと、ニルヴァーナの重たい音。全然違う二曲なのに、どちらも今の僕らには必要な気がした。
ライブをやるかどうかなんて、まだ何も決まっていない。
場所もない。日にちもない。持ち時間も分からない。英語の発音も、ギターの音作りも、ポンタの曲名も怪しい……。
だけど、二曲増やすことは決まった。
それだけで、僕らの昼休みは、昨日までより少し遠くへ伸びた気がした。
バンドメンバーにニルヴァーナ好きが多かった・・・それだけで十分




