11. スタジオ練習で電撃が走る
バンドのスタジオ練習の回です
# 11. スタジオ練習で電撃が走る
スケッチブックを囲んで僕らは、それぞれ笑顔でバンドの飛躍を思い描いていた。
「どれもカッコいいから、一つを選ぶのが、もったいないね。」
僕は、スケッチブックのページをめくりながら言った。ギターの木、カセットのつる、稲妻のピック。どれも派手で、どれも音庭ビートっぽかった。
「じゃあ、今度の練習のあとに、話し合おうよ。」
ショウがそう言って、スケッチブックをリョウコに返した。
「ところで、ポンタ、今度の練習って、いつだったか覚えるか?」
「俺、もう忘れたりしないよ、いつまでもネタにしないでよ」
みんなで笑って、リョウコがポンタの頭を軽くポンポンと叩いた。ポンタは、それをくすぐったく感じて、「年下だからって子供扱いするなよな」と言い返した。
## 定期バンド練習 - 土曜の朝11時
土曜の朝十一時、南栄の駅近くのスタジオ。駅を出てミスドの良い匂いを感じながら、横断歩道を渡る。
今日は、僕が楽器屋に着いたときには、もうみんな来ていた。
ポンタは入口のドアの前で、見張りみたいに立っていた。リョウコは腕時計を見ながら、コンビニの袋を片手に持っていた。ショウは壁にもたれて、黙って缶ジュースを飲んでいる。
「遅いっすよ、ケイタ先輩」
「遅いって言うな。まだ十一時前だ」
「気分の問題っす」
ポンタはいつも通りだった。こいつは、昨日の自分の失敗を朝になったら忘れているタイプだ。
「それ何?」
僕がリョウコの袋を見ると、彼女は中身を少しだけ見せた。
「のど飴。あと、あったかいお茶。今日はちょっと本気でやるから」
「本気でやるときは、のど飴が必要なの?」
「当たり前でしょ」
「僕も欲しい」
「無理、ギタリストには分けてあげたい気になれない」
そんなやり取りをしているうちに、時間になった。
そして、みんなでスタジオに入る。タバコなのか情熱の汗なのか、スタジオの中は、不思議な匂いがした。
前に一度入っただけなのに、もう何回も通っているみたいな気がしていた。家でも学校でもない、僕らだけの場所みたいで落ち着かないのに、落ち着く。
スタジオの部屋に入ると、まずポンタがドラムスティックを机に並べた。
「今日は絶対、最後まで行くっす」
「何を?」
「二曲目っす」
ショウがベースをケースから出しながら言った。
## 電撃
アンプの電源を入れると、赤いランプがぽつんと光った。
僕はギターのボリュームを少しだけ上げて、軽く六弦を鳴らした。ジャーン、という音が壁に当たって返ってくる。いつもの音のはずなのに、今日は少しだけ違って聞こえた。
家で何回も練習してきた。ショウの家でも、二人で合わせた。
それでも、四人で合わせたらまた崩れるんじゃないかと思っていた。
「じゃあ、最初から」
ショウが静かに言った。
ポンタがスティックを構える。リョウコがマイクを持つ。僕はピックを握り直した。
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
ポンタのカウントが、前よりずっと落ち着いていた。
次の瞬間、電撃が走った。
いや、体の中に電源が入ったみたいだった。
僕のギターが、自分で自分の音じゃないみたいに鳴った。コードを押さえて、右手を振り下ろしただけなのに、音が勝手に前へ転がっていく。そこへショウのベースが、下からぐいっと支えた。
ポンタのドラムも変だった。悪い意味じゃない。リョウコの歌が入る場所をちゃんと空けているのに、サビ前では僕の背中をどんと押した。
そしてリョウコが歌い出した。
英語の発音が合っているのかは、僕には分からない。でも、そんなことはどうでもよかった。リョウコの声は、前よりハッキリしていて、スタジオの中でまっすぐ伸びた。
僕は弾きながら、思わず笑いそうになった。
これだ!
これが、みんなでグルーブしているって感じなのかもしれない。
誰か一人が上手いとか、誰か一人が目立つとかじゃない。四人の音が、同じ方向へゆるく引っぱられていく。
一番が終わって、間奏に入った。家で百回くらい練習した短いフレーズを弾く。指が少し震えたけれど、止まらなかった。
ショウがニヤリと笑っていた。
こんな場面でショウが笑うなんて珍しい。でも、みんなニヤリと笑っていた。バンドメンバーの誰もが今日は違うと感じた。
そして、曲の最後。みんなが一斉にフィニッシュのポーズを決めた。
そして、急に、スタジオの中が静かになった。誰もすぐにはしゃべらなかった。
「……今の」
最初に口を開いたのは、ショウだった。
一瞬の沈黙のあと、みんなが同じことを言った。
「今の、スゴかった!」
「体中が痺れた!」
「みんなの練習の成果が発揮できていたね」
「いや、それだけじゃない」
「なんか、分からないけど、スゴイうねりを感じたよ」
みんなが、口々に感想を述べた。
そして、当然のように「あたし、今の、もう一回やりたい」とリョウコが言った。
「俺も!」
そして、みんながうなずいた。
僕はギターを抱えたまま、アンプの赤いランプを見た。さっきまでただ光っていただけのランプが、僕には小さな信号みたいに見えた。
「もう一回、最初から行こう」
僕が言うと、リョウコがうなずいた。
そして、その日、「音庭ビート(仮)」は、何度演奏しても、楽しかった!
持ち曲2曲を、延々と繰り返して、スタジオの中で、みんなでグルーブしていた。
## スタジオ練習の後で - ミスドでドーナツを食べる
完全燃焼の二時間は、あっという間に過ぎた。物凄い手応えを感じて、みんなのテンションは高かった。テンションが高いままに、スタジオを出て駅前のミスドへ行った。
ドーナツを前にしても、誰も落ち着かなかった。
僕はエンゼルクリームを一口かじった。白い砂糖が指について、クリームが口の中でふわっと広がる。
いつも食べているはずなのに、今日はやけに甘かった。
いや、ドーナツが甘くなったわけじゃない。たぶん、さっきの音が、まだ体の中で鳴っていたからだ。ギターの残り音と、ポンタのシンバルと、リョウコの声と、ショウのベースが、砂糖みたいに頭の中で溶けていた。
「いやー、最高だったね!」
ポンタがドーナツを持ったまま言った。
「うん、最高だった!」
リョウコも、めずらしく素直にうなずいた。
「みんなで合わせると、こんなに気持ちいいんだね」
僕が言うと、ショウがストローをくわえたまま、小さく笑った。
「今日は、ちゃんとバンドだった」
その一言で、また胸が熱くなった。
「うん。これからも、もっともっと練習して、どんどん上手くなろうね!」
リョウコがそう言って、スケッチブックをテーブルの上に置いた。
「今日の音なら、これでしょ」
リョウコがスケッチブックを開き、稲妻のピックを指さした。
「電撃走ったもんな」
僕が言うと、ポンタが「完全無欠の稲妻っす」と胸を張った。
「完全無欠は余分だけど、これがいい」
ショウも珍しく即答した。
僕らはドーナツの包み紙を端に寄せ、スケッチブックを囲んだ。稲妻のピックは、さっきスタジオで走った電撃そのものみたいだった。
「じゃあ、これで決定?」
「決定っす!」
「バンド名だは、まだ(仮)だけどね」
リョウコがそう言うと、ポンタがすぐに言い返した。
そして、みんなで笑った。僕はまたエンゼルクリームをかじった。さっきより、さらにクリームが甘く感じた。
こうして、音庭ビート(仮)のトレードマークは、稲妻のピックに決まった。
## スタジオ練習のあとで - みんなで音を聞く
そのあと、僕らは近くの公園へ行った。ベンチに座り、ポンタが録音していたラジカセを真ん中に置く。
再生ボタンを押すと、さっきの僕らの音が、少しこもって流れ出した。ギンギンに歪んだバンドサウンドに痺れる。
でも、客観的に聞くと、かなり下手くそだった。僕のギターは走るし、ポンタのシンバルはうるさい。リョウコの歌詞も怪しいし、ショウのベースだけが必死に全員を支えている。
でも、あのうねりは本物だった。下手だけど、グルーブは本物だった。
「これ、絶対ライブでやりたいっす」
ポンタがぽつりと言った。
誰もすぐには笑わなかった。
「まだ二曲しかないけど・・・」
ショウが言う。
「二曲でも、やりたい」
リョウコが言った。
僕はラジカセから流れる下手くそな音を聞きながら、胸が熱くなった。
音庭ビート(仮)は、たぶん、もう仮じゃなくなり始めていた。
イナズマ、ズマズマ!




