ジゼルの回顧録。
初めはとても怖かった。でも今は、この船に乗る人たちのことを大切な家族のように思っています。
この船の名前は知りません。なので、失礼ながらこの船の乗組員のことは、『皆さま』と呼ばせていただくことにします。ごめんなさい。
~最初のページ~
皆さまと一緒にお仕事をするようになってから、初めての休憩を頂いたときのことを、今でも私はよく思い出します。
私はわけあって、この休憩について少しだけ知っていました。なので、そのときも初めてとはいえ、特に戸惑うことなく船内にある休憩室へと向かおうとしました。なぜならば、休憩の時間は30分ほど、単純に短いからです。
船内に続く扉を開けようとしたとき、両手がすっかり真っ黒に汚れているのに気づきました。私は内心、それがとても誇らしく思えたのを、今でもはっきりと覚えています。
でも、私は、そのとき感じた嬉しさを毛ほども表情には出しませんでした。あの日、皆さまの輪に加わらせて頂いたときから、私はもうお客様じゃなかったのだから。そんな風に強がっていたんです。
あくまで表情は硬く、つまらなさそうに、それが私のできる精一杯の礼節のつもりでした。
誤解を招いてしまわないように念を押しておきます。決して、不機嫌だったわけじゃありません。
そのまま休憩室へと向かおうとする私を、コルト船長が呼び止めました。
私の表情は硬く、不貞腐れているか、怒っているように勘違いさせてしまったのかもしれません。そのとき船長は少しだけ気まずそうにまばたきをしていました。
しかし、内心私は、突然かけられた声に飛び上がりそうなほど驚いていました。
けれど、きちんと心に鍵を掛け、そのことを悟られないようにしていました。
……果たして上手に出来ていたのでしょうか?そのあたりの評価は、皆さまにゆだねてしまいたいと思います。
コルト船長は私に言いました。私はとても緊張していたので、一言一句正確には覚えていませんが、結論から言いますと「お前に休憩はない」といった旨のお言葉でした。代わりに私に言いつけられたのは、船長室のお掃除です。
この船の船長、コルトさんから直接なにかを命令されたのも、これが最後だったような気がします。
不器用なコルトさん。もっと私を頼って欲しかった、今ではそう思います。
~2ページ目~
数時間おきに訪れる休憩時間を、私は完全に持て余していました。
ああ見えて、コルトさんはとても几帳面。元々、あまり使われていないことも、ホローポイントの環境も相まって、船長室はいつもお掃除の必要がないくらいに、とてもきれいだったのです。
いくら鈍感な私でも、コルトさんの真意に気づけないほどお馬鹿じゃありません。
たぶんコルトさんは、私がとびきり若くて可愛い女だったから、気を遣ってくれたのだと思います(もちろん、これは冗談です)。
でも、それをそのまま口にするのは、あの人にはきっと少しだけ難しかったのかもしれません。
結局のところ、私が頂いたのは、船長室の掃除という形をした、れっきとした休憩でした。
皆さまはきっと知りません。
いつも皺ひとつなく整えられたシーツとか、引き出しにびっしりと詰まった資料。昔、冒険者だった頃の笑っているコルトさん。
コルトさんだけじゃありません。
きっと、皆さまにもそれぞれの過去があって、私はそれを今でも想像することしかできません。
話がそれてしまいましたので戻します。
正直に言いますと、休憩時間はとても退屈でした。こっそりと船長室を抜け出して、船の中を探検してしまおうと考えたことも一度や二度ではありません。
作業に戻ってしまおうかと考えたことは、その十倍くらいありました。
もともと、同じところにじっとしているのが、私はあまり得意ではないのです。
それでも、最初のうちは椅子に座って耐えました。
それが段々と、手足を伸び縮みさせるだけの運動に変わり、次の作業に備えるための準備体操に変わり、固まった身体の筋をほぐすためのストレッチに変わり、机いっぱいに広げた資料を睨みつけるだけの『船長ごっこ』に変わり(資料はすべて元通りに戻してあります)、そして、今ではこうして、誰かに読んでもらうためだけに、拙い文章を綴っています。
さきほど、退屈と言いましたが、さっそく訂正させていただきます。
短くても、素敵な時間を頂けたことを心から感謝しています。
~3ページ目~
私は売れない小説家。私、小日向栞ことジゼルはそんなふうに決め込んで、鼻と上唇の間にペンを挟んで白紙のノートを眺めていました。ペンもノートもコルトさんのものでした。ベッドの下の収納に、どちらもどっさりありました。とはいえ、それを勝手に拝借したことは、やはり、謝るべきだと思います。本当にごめんなさい。
最初の一文字がどうしても思い浮かばない、何から書けばいいのやら。記憶の整理をしながら、このときも机にペンを転がして、伸びをしていた私の耳に、聞きなれない音が届き始めました。
ベリネさんの声が聞こえました。
厳しくて、怖い声。でも、いつもとはちょっとだけ違う。私はすぐに広げていたノートとペンを元の場所に戻して、外へと向かいました。
外へ出たとき、私の目に飛び込んできたのは、まるで青い夜明けの中に浮かぶ皆さまの影でした。
その横顔はどこか清々しく見えました。長く険しい階段の踊り場を、ようやく全員で踏みしめたときのような…そんな風に見えたのです。
船の向かう先、ぼんやりと青い光が見えました。ここは普通じゃないのだと、私は思い出しました。
とてもきれいな景色でした。うす暗い船の上で、いつもはせせこましく動いていた影が、穏やかに揺れています。
目的地が近いのだ。私はすぐに直感しました。
そうと決まれば、じっとしていることなんてできるわけがありません。
あの、長くて重くてすぐ絡む、うっとうしいセンサーは一旦全部しまわれて、私たちはいよいよ採掘に備えた道具の準備に取り掛かりました。
足元の収納スペースから取り出されたのは、なんだかすごそうな機械が埋め込まれたカプセル(ブルーバードの共振保存機)と、それとはなんの脈絡も感じられない原始的な道具たちでした。
バケツリレーのように、それらはあっという間に私たちの手によって、船の上へと並べられていきました。
そんなことをしていると、段々と見えてきます。
星も水も存在していなかったホローポイントで、ほんのりと青い光を放つ、大きな大きな岩壁でした。
「どこに繋がっているのでしょう?」
ついつい私は身を乗り出して、その全貌を見ようとしました。
でも、船が近づけば近づくほど、それは無理になりましたので諦めました。
岩壁はその終端が見えないほど大きかったです。
表面には、所々に縦長の青い光が見えました。
ブルーバード、そう呼ばれているあの光に、実は私は見覚えがあります。
初めは、電気だと思っていました。でも今は、全く違うのだと思います。
あれはそう……エレメントよりももっとずっとシンプルな力の素……いえ、もっと大きな枠組みに位置する存在、『器』……?
私が物思いにふけっていると、顔に突然、冷たくてぬるぬるした物がべちゃりと音を立てて張り付きました。
驚いた私は、集中していたことも相まって、つい大きな声を出してしまいました。
このときの私の取り乱しようといったら、私自身、思い出したくもないほどでした。
私は必死に、そばにいたベリネさんに助けを求めました。
ベリネさんは、私の顔に付いたその気味の悪い何かを摘まみ上げました。
私は腰を抜かしながら、一心不乱に顔を拭っていました。
すると、文字通り見上げるほど高い場所で、ベリネさんが手にしたなにかを片手で絞り、紙パックのジュースみたいに飲みました。とてもびっくりしました。
見れば、他の皆さまも頭上から垂れ下がるそれらを捕まえ同じようにしています。うっすらと浮かんでいたのは笑みであったのでしょうか?
美味しいの?食べれるの?
兎に角、私も真似してみました。
そして、私は悶絶しながらこう言ったのです。
「・・・ヴ・・・ヴえ!・・・なまぐさいっ!」
(笑)
とても愉快な光景だと思ったのは私だけではなかったはずです。……たぶん。
~4ページ目~
この岩壁には、とても豊かな生態系が根付いています。
さっきのぬるぬるの正体を誰一人教えてくれなかったので、私はあの生物(?)を『こんにゃく虫』と呼ぶことにしました。でも、きっと虫じゃありませんよね?ね?
ほかにも、『パミパミ』や、『笛サンゴ』、『空クラゲ』、原初の地球を思わせるような、奇妙な生き物が沢山いました。中でも、私がお気に入りだったのは、岩肌にごろ寝していた生き物です。
むかし、アルゼンチンの港であれに似た生き物を見たことがあります。
なので私は、あの生き物を『洞窟オタリア』と呼ぶことにしました。
岩肌の隙間を慎重に進む船の上で、全員で洞窟オタリアを眺めていました。可愛いと思っているのなら、少しは笑えばいいのに。それとも、私が勝手に付けた名前が気に入らなかったのでしょうか……。どうしてそんなに、ぎらついた目をしているの?
~5ページ目~
いよいよ、ブルーバードの採掘作業が始まります。
ダイナマイトも巨大なダンプカーも使いません。土系統のエレメント操作ですら使いません。
なぜならば、ブルーバードは発生地点から少しでも動かすと、ただの石に変わってしまうからです。
私はそれを知りませんでした。
作業開始と同時に、私は意気揚々とピッケルを振り下ろしました。私は普通の人よりも少しだけ力が強いので、岩盤は一振りで抉れてしまいました。舞い上がる青い光がとてもきれい、ついつい見とれてしまいました。
そんな私に対して、ベリネさんの怒号が飛びました。
『採掘』とは便宜上のものである。そんな趣旨のお言葉を頂きました。
危うく、貴重な鉱脈の一つを台無しにしてしまうところでした。危ない危ない……。しかしなるほど、ますます不思議な物質です。
気を取り直して私は、皆さまと同じように、ピッケルを振り下ろしました。
衝撃を加えると、ブルーバードは光ります。その際に、鳥のさえずりのような音を出します。
その一連の反応を、波動としてカプセル内の共振器でトレースし、保持する……。
顔はとても怖いけど、実は一番おしゃべりなベリネさん。手を止めずにそう説明してくださいました。
なんだか急に、ベリネさんが有名な学者様に見えてきました。
採掘作業はとても順調に進みました。
休憩時間はありませんでしたが、私も、そして、きっと皆さまも疲れていなかったと思います。「すべてはこのときのために」。そんな思いが私たちの辞書から疲れという文字を消し去っていたのかもしれません。
最終的にノルマよりも5%ほど多くブルーバードを集めることができました。
~6ページ目~
そして、ついにそのときがやってきてしまいました。これから帰路に就く予定だった私たちの船がヨナに見つかってしまったのです。
採掘の最中。船の上の一番見晴らしのいい場所で大きな双眼鏡を覗いていたコルトさんが、大声を張り上げます。
その瞬間、皆さまの動きが止まりました。すぐに逃げなければいけないのに、どうして?そのときはそう思いました。でも、今ならわかります、あれはためらっていたんだって。
とてもペンが重いです。でも、どうしても私は書きたい。
船のエンジンが物凄い音を立てました。壊れてしまうんじゃないかってくらいに。
それでも、ヨナはぐんぐん近づいてきました。何もない暗闇を、ものすごい力で掻き分けながら進む白い体が見えました。あんなに恐ろしい生き物を見たのははじめてです。ヨナは、確かに私たちを敵として認識していました。
怖かった。でも、私なら。
私は、船の最後尾に移動して最大出力のドーンフレアを発動させました。
真昼のように照らされたヨナの巨体がぐにゃりと捩じれます。十分すぎるくらいに離れていたはずなのに、船はひどく揺れていました。
私は叫びます。
「つかまって!」
確認などしている余裕はありませんでした。
私の持てるすべてを総動員して、私は船を前に前に進めます。
こうして、私たちはヨナから逃げることができました。
~7ページ目~
ヨナが見えなくなってから、ずいぶんと時間が過ぎた頃です。
私はようやくエレメント操作を止めました。船のエンジンの音がやけに穏やかに聞こえていたような気がしました。
すぐに、皆さまのもとへと駆け付けます。しまい損ねたピッケルを除いて全員が無事でした。
壁に寄りかかって座り込んでいたベリネさんが、胸元からクシャクシャになった煙草を取り出したのが見えました。マッチで火を点けようとして、上手くいかないようだったので、私は手のひらに小さな火を乗せて差し出します。ただでさえ扱いの難しい、火のエレメント。この場所ではなおさら細心の注意を払いました。
ベリネさんが深く煙草を吸いました。吐き出された煙が千切れて船の後ろへと流れていきます。
くわえた煙草をぷるぷると震わせながらベリネさんは言いました。
「馬鹿野郎。こういう時は船長が先だ」
コルトさんは煙草を吸いません。まったく、そんなことも知らないの?私は内心、愉快な気持ちでした。
さっき全員無事と書いてしまいましたが、コルトさんの姿が見当たりません。でも、それはいつものことでした。
思った通り、コルトさんは無事でした。
船の床下からおもむろに姿を現します。私は大喜びでコルトさんのもとへと駆け付けました。これで全員無事に帰れる、このときはそう思いました。
船は、港への帰投ポイントに向かって順調に進んでいました。なのに、皆さまの様子は少しも変わりません。疲れていて、つまらなそうでした。次の採掘作業に備えて道具の整備をしていると、船長の指示によって投票が行われることになりました。
~8ページ目~
ホローポイントで働く彼らには掟がありました。
もし、ヨナに標的にされてしまったとき、その船は決して港に戻ってはいけないのです。
ヨナには、一度標的にした船を付け回す習性がありました。
標的にされた船ができることはただ一つ、ヨナの鼻先で船底いっぱいに詰まった爆薬に点火し、今後数日間のヨナの活動を鈍らせることだけでした。
エレメントという燃料に満ちたホローポイント。無制御に生み出されるエネルギーはきっと、たぶん、とても大きなものになるはずです。
地上で発生した地震は、私の知っている自然現象ではなかったのです。
投票の結果、10対1で『私だけが、採取されたブルーバードと共にほかの船に移乗して地上へと戻る』ことに決まります。
たしかに、私はよそ者です。皆さまとずっと一緒にはいられなかったかもしれません。でも、こんなのはあんまりです。
なにかできるはず、だって一回は成功していました。
私は、つい感情的になってコルトさんに食ってかかりました。
なんと言ってしまったのかは、よく覚えていません。ただ、なんと言われたのかは覚えています。
コルトさんは言いました。
「お前なんて、居ても居なくても初めから変わらなかった」
私は悔しくて悲しくて気づいたら船長室へと逃げ込んでいました。
泣きじゃくりながらでもたまに笑いながらこれを書いています。
コルトさんの言葉を何度も思い出します。そしてその度に、私はどこか納得してしまうのです。
今後、皆さまがどうなってしまうのか。やはり私は想像することしかできません。
ですが、どうかお元気で、さようなら、ありがとうございました。
悲しいなぁ
悔しいなぁ
でもやっぱり、もう少し一緒にいたかったな・・・ほめてほしかったな・・・




