第二十七話 愛と友情、狂気の大作戦
深夜。いつもなら、入徳館が夜のしじまに包まれる頃、校舎と大図書館を結ぶ裏ルートでは、異様な光景が繰り広げられていた。
「おい、落とすなよ! 帳簿上は超高級品なんだからな!」
「分かってるっての! ってか主将、これマジで鉄の塊じゃねえか! クソ重てえ!」
月明かりの下、柔道部主将の蔵前をはじめとする屈強な部員たちが、台車に乗せた巨大なサーバーラックを汗だくで運んでいた。
図書委員長・御子柴から「産廃処理のボランティア」という名目で無償譲渡された、第一世代の旧型サーバー群である。五年分の埃を被ったそれらは、図書委員会の地下から柔道場へと次々に搬入されていく。
柔道場の床の上には、すでに四台の巨大な黒いラックが鎮座し、異様な威圧感を放っていた。
高嶺と矢川も、汗で背中を濡らしながら搬入作業に加わっていた。
「それにしても、入徳館の固定資産台帳では、廃棄承認が完了するまで取得時評価額が維持されるなんてな。明らかに制度上の穴だろ。誰も修正しないのかよ」
高嶺が呆れ半分、感心半分に矢川へ声を掛けた。
「減価償却が帳簿に反映されていない。そっちの方が都合のいい奴がいるんだろう」
蔵前が台車を止め、最後の一台のサーバーラックをみんなと一緒に持ち上げた。
「せーの!」
ガコン。鈍い衝撃音が、柔道場に響く。
その瞬間。
全員の動きが止まった。
佐竹の顔から、サッと血の気が引く。
「……おい」
誰も動かない。数秒の静寂。
「おいッ!! 六百万TOK落とすな!!」
佐竹が悲鳴のような声を上げた。
「うるせぇな!」
蔵前も負けじと怒鳴り返す。
「現物は産廃なんだぞ!? 数字だけ超高級品って意味分かんねぇよ!!」
「帳簿じゃ一台百二十万以上するんだよ!」
「だったら先に言え!」
「言っただろ!」
「聞いてねぇ!」
再びラックを持ち上げる蔵前たちの横で、高嶺が苦笑いを浮かべる。
「六百万TOKの粗大ゴミか……。入徳館って、つくづく狂った学校だな」
柔道場の中央で、ハッカーの佐竹がケーブルを繋ぎながら悪態をつく。
「……電源ユニットと冷却ファンだけは回るように細工したぜ。中身のデータ領域は完全に死んでる正真正銘の粗大ゴミだが、外見だけは『絶賛フル稼働中のスーパーコンピュータ』に見えるはずだ」
佐竹がエンターキーを叩くと、ラックのLEDランプが不気味な赤色に明滅する。
冷却ファンが「ゴォォォォッ!」と轟音を立てて回り始めた。
壁面のモニターには、いかにも危険そうな赤いプログレスバーと共に、こんな文字が点滅していた。
【Target:生徒会本部(二階堂冬美)メインサーバー】
【ウイルス送信プロセス……85%完了。対象システムの物理的破壊まで残り2時間】
「うわぁ……」
そのあからさまに胡散臭い画面を見て、七瀬柚葉がドン引きしたような声を上げた。
「佐竹くん、これ映画の悪役が使うハッキング画面そのまんまじゃない。いくらなんでも、こんな見え透いた嘘に京極さんが騙されるかな?」
「普通なら騙されねえよ。冷静にIPアドレスを辿れば、これがただのハリボテの映像だって、速攻でバレる」
佐竹はニヤリと笑い、傍らでスマホを操作している吉海玲奈を見た。
「だから、あいつの『冷静さ』を事前にぶっ壊しておくんだ。……なあ、スピーカーさんよ」
「誰がスピーカーよ」
玲奈は悪そうな笑みを浮かべ、自分のスマホの画面をタップした。
「ま、仕込みは終わってるけどね。……さっき、上位層だけ使ってる裏のゴシップ板に、ここの『盗撮写真』と『ヤバいタレコミ』、拡散しといたから」
玲奈がアップロードしたのは、暗闇の中で赤く明滅する巨大サーバーと、あの『生徒会メインサーバー破壊まで残り2時間』というモニター画面を、外から盗撮したかのように加工した画像だった。
「タイトルは、【緊急告発:テロリスト(矢川蓮)が、生徒会長のシステムに向けて不可逆破壊型マルウェアを起動】。……今頃、上位層の連中のスマートフォンは、このフェイクニュースの通知で鳴りっぱなしよ」
「それ、京極の耳にも入るのか?」
高嶺が尋ねると、玲奈は自信満々に頷いた。
「ええ。京極クンは『全生徒の通信ログ』を監視してるんだから、この異常なトラフィックの急増に気づかないはずがない。しかも、狙われてんのがガチ恋レベルで崇拝している『二階堂冬美サマの完璧なシステム』なら……」
「……奴は、裏付け調査という必要なプロセスを放棄する。念のため通信ログだけは偽装してある」
道場の入り口から、五重の塔の方向を見ていた矢川が、静かに断言した。
「愛と狂信。それが奴の判断力を奪う致命的なバグだ。冬美会長のシステムが『今まさに破壊されようとしている』という視覚的恐怖を与えられれば、奴は事実確認するより先に、物理的にこのサーバー群(発生源)を叩き壊すという最も短絡的で直接的な手段を選ぶ」
柔道場に、ゴォォォというファンの轟音だけが響き渡る。
ただの粗大ゴミが、情報ファンドの錬金術によって「六百万TOKの法的価値を持つ、究極の地雷」へと姿を変えた瞬間だった。
「……来たぜ」
不意に、窓の外を見張っていた工藤が、緊張した声で言った。
「五重の塔の方角から、ライトを持った集団がこっちに真っ直ぐ向かってくる! 全員、黒のプロテクターを着てる……生活保安委員の武装部隊だ!!」
その言葉に、道場の空気が一気に張り詰めた。
「よし、全員計画通りに退避しろ!」
矢川が短く命じる。
「決して抵抗するな。奴らがこの道場に踏み込み、あのサーバーを破壊する一部始終を、隠しカメラで『証拠』として記録するだけでいい。……俺たちは、被害者になるんだ」
柔道部の面々が、素早く道場の裏口から旧校舎の暗がりへと散っていく。
無人となった道場には、けたたましく回るダミーのサーバー群と、赤く点滅するモニターだけが残された。
ズシン、ズシン、と。
整乱された半長靴の足音が、旧校舎の廊下に響き渡る。
その先頭を歩くのは、生徒会副会長・京極。
普段の氷のような無表情は完全に崩れ去り、銀縁の眼鏡の奥の瞳は、血走った『狂信と殺意』に染まりきっていた。
「……冬美様の、美しい箱庭を……汚すゴミめ……!!」
手には、分厚い鋼鉄の特殊警棒。
背後には、スタンガンと破壊器具を持った数十名の生活保安委員たち。
入徳館最強の警察権力が、自らの首を絞める【六百万TOKの鉄屑】へ突撃した。




