第二十三話 亡命希望の女王
入徳館高校・中央タワー『五重の塔』最上階、生徒会室。
純白の玉座に君臨する『氷の女王』二階堂冬美の前に、徳務委員会のトップ・進藤蒼一が呼び出されていた。
先日の会議で「中間考査」の執行を命じられて以来の呼び出しである。進藤は内心の焦りを隠し、完璧な優等生の笑みを顔に貼り付けていた。
「お呼びでしょうか、冬美会長。体育祭に向けて、棒倒しなどの過激な競技から起こるパニックの鎮圧準備は、すでに我が徳務委員会が主導して」
「ええ、ご苦労様。でも、あなたの仕事はここまでよ、進藤」
冬美の透き通った、冷たくも涼やかな声が、進藤の言葉をピシャリと遮った。
「……会長? それは、どういう」
「おまえは本当に、自分の足跡を完璧に消せているとでも思っていたのか? 貪官汚吏が」
冬美の傍らに直立不動で控えていた生徒会副会長・京極が、銀縁の眼鏡を中指で押し上げながら、冷酷に告げた。
京極は手元の特注タブレットを操作し、空間に巨大なホログラムモニターを展開する。
そこに映し出されたのは、進藤が特待生の共有ウォレットから不正にTOKを吸い上げ、複数のダミー口座を経由してマネーロンダリングを行っていた『トラフィックログ』だった。
「なっ……!?」
進藤の顔面から、一瞬にして血の気が引いた。
情報ファンドの矢川に脅されてSBTを修正した際、進藤は証拠を完全に隠滅したはずだった。だが、図書委員会の司法権と入徳館の監視網を掌握する『黒衣の宰相』京極の目からは、逃れられていなかったのだ。
「水木莉音の一件。あれはシステムのバグなどではなく、おまえが会長の美しい箱庭を私物化し、汚したという明白な証拠だ」
京極の瞳に、ゴミを見るような、底冷えする殺意が宿る。
「会長が描く美しい学舎に、おまえのような寄生虫は要らない」
「ま、待ってください冬美会長!これは誤解です!私はただ、学校の秩序をより強固にするための活動資金を」
「言い訳は不要よ」
冬美は、紅茶のカップを音を立てずに置き、氷のような視線で進藤を見下ろした。
そして、学校のパワーバランスを根本から破壊する、絶対的な命令を下した。
「京極。あなたに『生活保安委員会』の全権限の行使を委託するわ。……これより、進藤および徳務委員会を【生徒会本部への反逆者】と認定。生活保安委員の武装部隊を動員し、彼らの執務室を制圧。隠し口座の全TOKを没収しなさい」
「く、狂っている……! 警察権力を使って、同じ行政機関(委員会)を潰す気か!?」
「元々、徳務委員会という組織は、治安維持を担う『生活保安委員会』の人員枠を割譲して作ったイレギュラーな部署。……本来の形(元の鞘)に収める時が来たわ」
冬美の無慈悲な宣告に、進藤は絶望と怒りで顔を歪めた。
「ふざけるなっ! 私の派閥が黙っていないぞ!」
「保安委員、突入しろ。異分子は外科的に排除する」
京極がインカム越しに短く命じた瞬間、生徒会室の扉が開き、黒のプロテクターに身を包んだ生活保安委員たちが雪崩れ込んできた。彼らは抵抗する進藤を容赦なく質量で制圧し、床に引きずり倒す。
「や、やめろ……! 離せぇっ!! 二階堂冬美ィィィッ!!」
無様な悲鳴を上げながら、入徳館の暗部を牛耳っていた男が、圧倒的な暴力によって引きずり出されていく。
「『営倉』(隔離施設)に放りこんでおけ」
その悲鳴が遠ざかり、部屋に再び静寂が戻った。
「……見事な手際ね、京極」
「勿体なきお言葉です、冬美会長」
京極は、ひどく恭しく、そして狂信的な熱を帯びた瞳で冬美を見つめ返した。
「進藤の残党狩り、および徳務委員会の解体は、私が責任を持って完遂いたします。すべては、あなたの美しき理想のために……」
「ええ。任せたわ」
冬美が頷くと、京極は一礼し、生活保安委員会の猟犬たちを指揮するために部屋を後にした。
分厚い防音扉の電子ロックが「カチリ」と施錠される。
その瞬間。
二階堂冬美は、氷のような無表情を一瞬で崩し、ソファに顔を埋めてバタバタと足をジタバタさせた。
「怖かった怖かった! なんなのあの京極の目! マジで狂信者じゃん!!」
またもや、制服のネクタイを乱暴に緩め、綺麗にまとめ上げていたプラチナブロンドの髪をガシガシと掻き乱す。
隠し扉から出てきた姉の夏希が、腹を抱えて笑い転げた。
「あっはははは! 最高! 行政同士が血で血を洗う粛清合戦! これで進藤の派閥と京極の保安委員が、校内で全面戦争を起こすってわけね!」
「ちょっと! 笑わないでよ!」
冬美は涙目でクッションを夏希に投げつけた。
「でも、これで完璧よ! 進藤の派閥は生き残るために必死で抵抗するし、あのストーカー気質の京極は『冬美様のためにゴミを掃除する』って言って、残党狩りに躍起になる! 学校の治安維持部隊と秘密警察がドンパチやってる間に、私はキャリーケース引いて空港に直行するのよ!!」
冬美は、自分の考えた完璧なデコイ(囮)作戦に、自画自賛の笑いを浮かべた。
「それに、あの矢川蓮って一年生も、警察権力が暴走してる今の状況じゃ、うかつに動けないはず。私がここから消えるまで、せいぜいみんなで潰し合ってちょうだい!」
自らの逃亡から目を逸らさせるため、副会長の『狂信的な愛』を都合よく利用し、委員会同士の全面戦争という最悪の爆弾を投下した生徒会長。
しかし、冬美が知らない事実が一つあった。
彼女が「うかつに動けないはず」と高を括っていた矢川蓮たち『情報ファンド』が、今まさに、その暴走する警察権力(生活保安委員会)を丸ごと敵対的買収(TOB)で飲み込もうと、牙を研いでいるという事実を。
いずれにしても、入徳館の秩序は崩壊しようとしていた。




