「歓迎会という業務」
社会人になると、“飲み会”はイベントではなくなる。
業務だ。
カレンダーに登録され、出欠確認が飛び、気づけば業務みたいな顔をして存在している。
宗形 恒一は、金曜十八時のオフィスで小さく息を吐いた。
今日は春から入社したメンバーの歓迎会だった。
◆
「宗形さん、行きます?」
芦屋がPCを閉じながら聞いてくる。
「……まあ、一応」
「“一応”って顔してますね」
「飲み会、得意じゃないので」
「分かります」
即答だった。
宗形は少し意外そうに見る。
「芦屋さん、普通に得意そうですけど」
「全然ですよ。
気使うし、翌日疲れるし」
「めちゃくちゃ社会人ですね」
「社会人なので」
どこかで聞いたような返しだった。
二人して少し笑う。
◆
店は会社近くの居酒屋だった。
金曜夜らしく騒がしい。
スーツ姿の会社員たちが、疲れた顔で笑っている。
宗形はこういう空気が少し苦手だった。
嫌いではない。
ただ、疲れる。
誰がどれくらい飲むか。
誰が上座か。
どのタイミングで話へ入るか。
そういうことを自然にできる人間ではなかった。
「宗形くん、こっち座りなさい」
声をかけてきたのは大参課長だった。
「あ、はい」
宗形は席へ座る。
向かいには芦屋、その隣には佐倉もいた。
「では、芦屋さんの歓迎も兼ねまして」
乾杯の音頭は大参が取った。
声を張るわけでもないのに、不思議と通る。
「今後ともよろしくお願いします」
グラスが軽くぶつかる。
歓迎会が始まった。
◆
最初の十分くらいは、よくある飲み会だった。
前職の話。
通勤時間の話。
この会社の癖。
「宗形さん、普段からそんな静かなんですか?」
別チームの先輩が笑いながら聞いてくる。
「まあ……普通です」
「いや、絶対もっと喋れるタイプだと思うんだけどな」
「そうですか?」
「宗形くん、慣れると普通に話しますよ」
横から大参が静かに言った。
宗形は軽く固まる。
課長がそういう話へ入ってくるのは少し珍しかった。
「最初の頃は、今よりもっと硬かったですし」
「え、そうなんですか?」
佐倉が意外そうな顔をする。
宗形は居心地悪そうに水を飲んだ。
「新人時代、質問する前に三十分くらい悩むタイプでしたからね」
「やめてくださいよ……」
「でも真面目でしたよ」
大参はさらりと言う。
「確認も丁寧でしたし、ちゃんと考えてから持ってくるので、レビューはしやすかったです」
宗形は返事に困る。
褒められているのか。
昔をいじられているのか。
多分、その両方だった。
◆
「なんか意外です」
料理をつつきながら、芦屋が言う。
「宗形さん、自分から何でもやるタイプかと思ってました」
「いや全然ですよ」
「でも後輩から話しかけられてますよね」
「それは……」
宗形は少し考える。
「多分、“怖くないから”じゃないですか」
「あー」
芦屋が妙に納得した顔をした。
「怒らなそう感あります」
「褒められてるのかな、それ」
「大事ですよ」
そう言いながら、芦屋は自然に佐倉のグラスへ水を足している。
宗形はその動きを見て、少しだけ感心した。
こういうのを、押しつけがましくなくできる人は案外少ない。
◆
飲み会が進むにつれて、店内の空気も少しずつ緩んでいく。
笑い声。
仕事の愚痴。
どうでもいい失敗談。
金曜夜特有の、“少しだけ現実から浮いた空気”だった。
宗形は烏龍茶を飲みながら、その空気をぼんやり眺めていた。
「宗形くん」
大参が静かに声をかける。
「はい」
「最近、少し余裕出てきましたね」
宗形は目を瞬かせる。
「……そうですか?」
「以前は、“自分で全部抱えよう”という感じが強かったので」
大参は焼き鳥を皿へ取り分けながら続ける。
「今くらいの方が、周りも話しかけやすいですよ」
宗形は返事に少し詰まった。
そんな風に見られていたのか、と思う。
「まあ」
大参は小さく笑う。
「三年目くらいが、一番難しい時期ですからね」
その言葉は妙に静かだった。
経験してきた人間の声だった。
◆
二十一時前。
歓迎会はお開きになった。
駅へ向かう夜道は、少しだけ風が冷たい。
春なのに、まだ夜は完全には暖かくならない。
「宗形くん」
別れ際、大参が声をかける。
「はい?」
「来週、例の設計レビューお願いできますか」
「あ、分かりました」
「期待しています」
それだけ言って、大参は静かに去っていった。
宗形は少しだけその背中を見送る。
「……ちゃんと見てますね、あの人」
隣で芦屋がぽつりと言った。
「ですね」
宗形は小さく頷く。
仕事は相変わらず多い。
飲み会はやっぱり少し疲れる。
それでも。
会社という場所も、案外悪いことばかりじゃないのかもしれない。
そんなことを思ってしまった自分に、宗形は少しだけ苦笑した。
春の夜風が、静かにスーツの袖を揺らしていた。




