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平凡リーマンは無難を欲す  作者: 猫枕で寝たい。


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10/25

「会議中につき」

 会社という場所では、“タイミングが悪い”ことがよく起こる。


 いや、むしろタイミングが良い方が珍しい。


 忙しい時に限ってチャットが鳴り、

 帰ろうとした瞬間に電話が来て、

 上司が捕まらない時に限って問題が起きる。


 宗形 恒一は、それを社会人三年目で嫌というほど学んでいた。


     ◆


『至急確認お願いします』


 そのチャットが飛んできたのは、木曜の十五時過ぎだった。


 送り主は客先担当。


 宗形は嫌な予感を覚えながら内容を開く。


『本日反映分、データ不整合の可能性があります』


「うわ……」


 思わず声が漏れる。


「どうしました?」


 隣の芦屋が顔を上げた。


「データ不整合疑惑です」


「嫌な単語だ」


「かなり」


 宗形はすぐにログを確認する。


 だが、そのタイミングでさらに追撃が来た。


『大参課長、現在会議中です』


 社内チャットだった。


 宗形は一瞬だけ天井を見た。


 こういう時に限っていない。


     ◆


 フロアの空気が少しざわつき始める。


 客先対応。

 データ確認。

 影響範囲調査。


 周囲の視線が少しずつこちらへ集まってくる。


「宗形さん、どうします?」


 芦屋が落ち着いた声で聞いてくる。


 宗形は数秒だけ考えた。


 頭の中で状況を整理する。


 まず、まだ“疑惑”の段階。

 障害と決まったわけではない。


 なのに先走ると、余計に混乱する。


「……まず事実確認します」


 宗形はチャットを開きながら言う。


「佐倉さん」


「は、はい!」


「本日リリース分の差分確認お願いできますか」


「あ、はい!」


「芦屋さん、ログ側見てもらっていいですか」


「分かりました」


 言葉にすると、不思議と頭が整理されていく。


 宗形は客先チャットへ返信を打った。


『現在確認中です。

 まずは事象整理の上で共有いたします』


 断定はしない。

 不用意に安心もさせない。


 大参課長の言い回しを、少しだけ思い出していた。


     ◆


 二十分後。


「宗形さん」


 芦屋が画面を向ける。


「これ、多分更新タイミングですね」


「タイミング?」


「データ連携自体は正常です。

 ただ、参照側が旧データ読んでる時間帯があります」


 宗形はログを追いながら頷く。


「あ……なるほど」


 バッチ更新と参照タイミングが噛み合っていない。


 不整合ではない。

 表示タイミングの問題だ。


「佐倉さん、差分どうです?」


「リリース内容問題なさそうです!」


「ありがとうございます」


 宗形は小さく息を吐いた。


 大丈夫そうだ。


 完全な障害ではない。


 なら、次に必要なのは“説明”だった。


     ◆


「……宗形さん」


 芦屋が少し感心したように言う。


「普通に回してますね」


「え?」


「いや、もっとバタバタするかと思ってました」


 宗形は少し困ったように笑った。


「こういうの、多いので」


「慣れって怖いなあ」


「“慣れたくない知識”ランキング上位ですよ」


 二人して少し笑う。


 その時だった。


「状況、どうなっていますか」


 落ち着いた声が後ろから聞こえた。


 大参課長だった。


 宗形は椅子を回す。


「あ、更新タイミングの問題でした。

 データ不整合ではなさそうです」


「なるほど」


 大参は宗形の画面を確認する。


 数秒だけ沈黙。


 それから、小さく頷いた。


「整理できていますね」


 宗形は少しだけ固まる。


「客先への説明も、その方向で問題ありません。

 あとは再発防止として、参照タイミングだけ調整しておきましょう」


「はい」


 大参はさらに周囲を見渡す。


「佐倉さん」


「は、はい」


「差分確認、助かりました」


「あ、いえ……!」


「芦屋さんも、ログ確認ありがとうございます」


「いえ」


 全員へ自然に声をかける。


 宗形はそれを見ながら、ぼんやり思う。


 この人は、“チームで回す”のが上手い。


 だから誰か一人だけが潰れない。


     ◆


 騒ぎが落ち着いた頃には、時計は十七時半を回っていた。


 フロアにも、いつもの空気が戻り始める。


「宗形さん」


 芦屋がコーヒー片手にこちらを見る。


「なんか今日、“ちゃんと中堅社員”って感じでしたね」


「やめてください」


「いや本当に」


 芦屋は少し笑う。


「落ち着いてましたし、指示も分かりやすかったです」


 宗形は返事に困る。


 自分では、ただ“面倒が大きくならないようにした”だけだった。


 無難に収めたかった。


 それだけだ。


「でも」


 芦屋は続ける。


「宗形さん、多分そういうの向いてるんですね」


 向いている。


 その言葉は少し不思議だった。


 宗形は窓の外を見る。


 曇り空。

 春の終わりかけの空。


 気づけば自分は、“無難にやり過ごす方法”ばかり覚えていた。


 けれど。


 その積み重ねが、誰かの役に立つこともあるのかもしれない。


 蛍光灯の白い光が、静かなオフィスに落ちている。


 宗形は冷めかけたコーヒーを飲みながら、小さく息を吐いた。

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