表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平凡リーマンは無難を欲す  作者: 猫枕で寝たい。


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/25

「主体で」

 責任というものは、大抵“気づいたら増えている”。


 最初から「任せるぞ」と言われることは少ない。


 小さな確認。

 軽い相談。

 ちょっとしたレビュー。


 そういうものが積み重なって、いつの間にか“担当者”になる。


 宗形 恒一は、その流れがあまり好きではなかった。


 期待されると、疲れるからだ。


     ◆


「宗形くん」


 月曜の朝。


 大参課長が静かに声をかけてくる。


「少しよろしいですか」


「あ、はい」


 宗形は椅子を回した。


 大参はいつもの落ち着いた表情で資料を差し出す。


「来月対応予定の小規模改修ですが」


 画面には見慣れた案件名が表示されていた。


 既存システムのCSV連携修正。


 規模としてはそこまで大きくない。

 だが、地味に関係者が多いやつだ。


「今回、宗形くん主体で進めてみてください」


 宗形は一瞬だけ固まる。


「……俺ですか」


「はい」


 大参は静かに頷いた。


「もちろん私も見ますし、芦屋さんにも入っていただきます。

 ただ、主導は宗形くんで」


 宗形は資料へ視線を落とす。


 正直、少し面倒だと思った。


 調整。

 確認。

 進捗管理。


 コードを書くより、そっちの方が疲れる。


「何か懸念ありますか?」


 大参が穏やかに聞いてくる。


 宗形は少し迷ってから口を開いた。


「……いや、やります」


「お願いします」


 それだけ言うと、大参は静かに去っていった。


 宗形は資料を見ながら、小さく息を吐く。


 逃げられないタイプのやつだ。


     ◆


「主担当ですか」


 隣で芦屋が資料を覗き込む。


「らしいです」


「嫌そうですね」


「まあまあ」


 宗形は苦笑する。


「調整系、気疲れするので」


「分かります」


 芦屋は頷きながら資料を読む。


「でも宗形さん、向いてると思いますよ」


「そうですか?」


「状況整理ちゃんとしますし」


 以前の障害対応のことを言っているのだろう。


 宗形としては、“大きくならないようにした”だけの感覚だった。


「あと、人に投げる時の説明分かりやすいです」


「それ、大参課長にも言われました」


「やっぱり見てるんですね、あの人」


 芦屋が少し笑う。


 宗形は曖昧に頷いた。


 最近、少し分かってきた。


 大参課長は、“放置している”ようでいて、ちゃんと見ている。


 必要な時だけ手を出す。


 その距離感が絶妙なのだ。


     ◆


 午後。


 宗形は関係者を集めて、小さな打ち合わせを開いていた。


 参加者は四人。


 自分。

 芦屋。

 佐倉。

 そして別チームの運用担当。


「では、今回の修正ですが」


 宗形は資料を映しながら話し始める。


 少し前までなら、こういう場は苦手だった。


 話す順番を考えて。

 認識齟齬がないようにして。

 変な空気にならないよう気を遣う。


 今でも疲れる。


 だが、“どう進めればいいか分からない”感じは減っていた。


「影響範囲はこの辺ですね」


 宗形は画面を切り替える。


「CSV出力と夜間バッチ側。

 ただし、参照系は触らない予定です」


「運用側で確認必要なのってあります?」


 運用担当が聞く。


「ログ監視だけお願いしたいです。

 形式変更はないので、そこまで大きくは出ないと思います」


 自分でも不思議だった。


 ちゃんと会話できている。


 昔みたいに、“間違えないように”だけで話していない。


     ◆


 打ち合わせ後。


「宗形さん」


 佐倉が少し感心した顔で言う。


「普通に進行してましたね」


「“普通に”ってなんだよ」


「いや、もっと緊張してるかと」


 宗形は苦笑する。


 実際、内心は普通に疲れていた。


「宗形さん、最近ちょっと変わりました?」


 佐倉が何気なく言う。


 宗形は一瞬だけ言葉に詰まった。


「……そう見える?」


「前より話しかけやすいです」


「それは元からじゃない?」


 横から芦屋が言う。


「でも今の宗形さん、“自分だけで抱え込まなくなった”感じします」


 宗形は少し黙る。


 抱え込まなくなった。


 その表現は、妙にしっくり来た。


 昔の自分は、多分もっと一人で何とかしようとしていた。


 確認も。

 責任も。

 失敗も。


 全部、自分の中だけで処理しようとしていた。


 でも最近は、少し違う。


 人へ確認することも増えたし、任せることも覚え始めている。


 それが成長なのか、単なる慣れなのかは分からない。


     ◆


 夕方。


 宗形は修正タスク一覧を整理しながら、小さく肩を回した。


「お疲れさまです」


 その時、大参課長が後ろへ立つ。


「進め方、問題なさそうですね」


「あ、はい。今のところは」


 大参は資料を軽く確認する。


 それから静かに頷いた。


「以前より、周囲の使い方が上手くなりましたね」


 宗形は少し目を瞬かせる。


「……そうですか?」


「はい」


 大参は穏やかな声で続ける。


「仕事は、一人で抱えるより、整理して回した方が結果的に安定しますので」


 その言葉は、どこか昔の宗形へ向けられているようにも聞こえた。


「今くらいのバランス、悪くないと思いますよ」


 それだけ言って、大参は静かに去っていく。


 宗形はしばらくモニターを見つめていた。


 期待されるのは、少し怖い。


 でも。


 “ちゃんと見ている人”がいる状態で任されるのは、昔ほど嫌ではないのかもしれなかった。


 窓の外には、曇った春空が広がっている。


 相変わらず晴れ切らない季節だった。


 それでも最近、その曇り空を少し長く見上げるようになった気がして、宗形は小さく息を吐いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ