「主体で」
責任というものは、大抵“気づいたら増えている”。
最初から「任せるぞ」と言われることは少ない。
小さな確認。
軽い相談。
ちょっとしたレビュー。
そういうものが積み重なって、いつの間にか“担当者”になる。
宗形 恒一は、その流れがあまり好きではなかった。
期待されると、疲れるからだ。
◆
「宗形くん」
月曜の朝。
大参課長が静かに声をかけてくる。
「少しよろしいですか」
「あ、はい」
宗形は椅子を回した。
大参はいつもの落ち着いた表情で資料を差し出す。
「来月対応予定の小規模改修ですが」
画面には見慣れた案件名が表示されていた。
既存システムのCSV連携修正。
規模としてはそこまで大きくない。
だが、地味に関係者が多いやつだ。
「今回、宗形くん主体で進めてみてください」
宗形は一瞬だけ固まる。
「……俺ですか」
「はい」
大参は静かに頷いた。
「もちろん私も見ますし、芦屋さんにも入っていただきます。
ただ、主導は宗形くんで」
宗形は資料へ視線を落とす。
正直、少し面倒だと思った。
調整。
確認。
進捗管理。
コードを書くより、そっちの方が疲れる。
「何か懸念ありますか?」
大参が穏やかに聞いてくる。
宗形は少し迷ってから口を開いた。
「……いや、やります」
「お願いします」
それだけ言うと、大参は静かに去っていった。
宗形は資料を見ながら、小さく息を吐く。
逃げられないタイプのやつだ。
◆
「主担当ですか」
隣で芦屋が資料を覗き込む。
「らしいです」
「嫌そうですね」
「まあまあ」
宗形は苦笑する。
「調整系、気疲れするので」
「分かります」
芦屋は頷きながら資料を読む。
「でも宗形さん、向いてると思いますよ」
「そうですか?」
「状況整理ちゃんとしますし」
以前の障害対応のことを言っているのだろう。
宗形としては、“大きくならないようにした”だけの感覚だった。
「あと、人に投げる時の説明分かりやすいです」
「それ、大参課長にも言われました」
「やっぱり見てるんですね、あの人」
芦屋が少し笑う。
宗形は曖昧に頷いた。
最近、少し分かってきた。
大参課長は、“放置している”ようでいて、ちゃんと見ている。
必要な時だけ手を出す。
その距離感が絶妙なのだ。
◆
午後。
宗形は関係者を集めて、小さな打ち合わせを開いていた。
参加者は四人。
自分。
芦屋。
佐倉。
そして別チームの運用担当。
「では、今回の修正ですが」
宗形は資料を映しながら話し始める。
少し前までなら、こういう場は苦手だった。
話す順番を考えて。
認識齟齬がないようにして。
変な空気にならないよう気を遣う。
今でも疲れる。
だが、“どう進めればいいか分からない”感じは減っていた。
「影響範囲はこの辺ですね」
宗形は画面を切り替える。
「CSV出力と夜間バッチ側。
ただし、参照系は触らない予定です」
「運用側で確認必要なのってあります?」
運用担当が聞く。
「ログ監視だけお願いしたいです。
形式変更はないので、そこまで大きくは出ないと思います」
自分でも不思議だった。
ちゃんと会話できている。
昔みたいに、“間違えないように”だけで話していない。
◆
打ち合わせ後。
「宗形さん」
佐倉が少し感心した顔で言う。
「普通に進行してましたね」
「“普通に”ってなんだよ」
「いや、もっと緊張してるかと」
宗形は苦笑する。
実際、内心は普通に疲れていた。
「宗形さん、最近ちょっと変わりました?」
佐倉が何気なく言う。
宗形は一瞬だけ言葉に詰まった。
「……そう見える?」
「前より話しかけやすいです」
「それは元からじゃない?」
横から芦屋が言う。
「でも今の宗形さん、“自分だけで抱え込まなくなった”感じします」
宗形は少し黙る。
抱え込まなくなった。
その表現は、妙にしっくり来た。
昔の自分は、多分もっと一人で何とかしようとしていた。
確認も。
責任も。
失敗も。
全部、自分の中だけで処理しようとしていた。
でも最近は、少し違う。
人へ確認することも増えたし、任せることも覚え始めている。
それが成長なのか、単なる慣れなのかは分からない。
◆
夕方。
宗形は修正タスク一覧を整理しながら、小さく肩を回した。
「お疲れさまです」
その時、大参課長が後ろへ立つ。
「進め方、問題なさそうですね」
「あ、はい。今のところは」
大参は資料を軽く確認する。
それから静かに頷いた。
「以前より、周囲の使い方が上手くなりましたね」
宗形は少し目を瞬かせる。
「……そうですか?」
「はい」
大参は穏やかな声で続ける。
「仕事は、一人で抱えるより、整理して回した方が結果的に安定しますので」
その言葉は、どこか昔の宗形へ向けられているようにも聞こえた。
「今くらいのバランス、悪くないと思いますよ」
それだけ言って、大参は静かに去っていく。
宗形はしばらくモニターを見つめていた。
期待されるのは、少し怖い。
でも。
“ちゃんと見ている人”がいる状態で任されるのは、昔ほど嫌ではないのかもしれなかった。
窓の外には、曇った春空が広がっている。
相変わらず晴れ切らない季節だった。
それでも最近、その曇り空を少し長く見上げるようになった気がして、宗形は小さく息を吐いた。




