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平凡リーマンは無難を欲す  作者: 猫枕で寝たい。


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12/25

「確認しておきます」

 仕事ができる人間ほど、“確認”を面倒くさがらない。


 新人の頃、大参課長にそう言われたことがある。


 当時の宗形 恒一は、その意味がよく分かっていなかった。


 確認なんて、手間だ。

 聞かなくても分かることもある。

 急いでいる時ほど、省略したくなる。


 けれど社会人三年目になった今なら、少し分かる。


 面倒だからこそ、やるのだ。


     ◆


「宗形さん」


 午前中。


 芦屋がモニターを見たまま声をかける。


「運用側から返事来ました」


「あ、ありがとうございます」


 宗形はチャットを開く。


 今回の小規模改修。

 規模自体は大きくないが、確認先がやたら多い。


 運用。

 インフラ。

 他チーム。


 コードを書くより、確認連絡の方が時間を使っている気すらする。


「……社会人って感じですね」


 宗形がぼそっと呟く。


「分かります」


 芦屋が少し笑う。


「開発というより調整」


「それです」


 二人して苦笑する。


 だが実際、仕事とはそういうものだった。


 誰か一人が優秀でも回らない。

 ちゃんと確認して、認識を揃えて、事故を減らす。


 派手ではないが、大事な仕事だ。


     ◆


 昼前。


 宗形は運用担当とのチャットを見ながら、小さく眉を寄せた。


『認識としては旧仕様のままと理解しています』


「……あれ」


「どうしました?」


「これ、多分認識ズレてる」


 宗形は資料を見返す。


 今回の修正では、出力形式自体は変わらない。

 ただし、null時の扱いだけ少し修正している。


 細かい変更だ。


 だからこそ、伝わりづらい。


「芦屋さん、これどう見えます?」


 宗形は画面を向ける。


 芦屋は数秒確認して、小さく頷いた。


「確かに、相手“変更なし”で認識してそうですね」


「ですよね……」


 宗形は軽く頭を押さえる。


 こういう“微妙な認識差”が、一番面倒だった。


 誰も悪くない。

 でも後からズレる。


「……確認します」


 宗形はチャットを打ち始める。


『念のため確認ですが、今回null時の出力仕様のみ変更があります。

 添付サンプルご確認いただけますでしょうか』


 送信。


 数分後。


『認識漏れていました。ありがとうございます』


 返信が返ってくる。


 宗形は小さく息を吐いた。


「危なかった……」


「気づかなかったら面倒でしたね」


「絶対後で“聞いてない”になるやつです」


 芦屋が苦笑する。


「宗形さん、そういう察知早いですよね」


「いや……」


 宗形は少し考える。


「多分、“揉めそうな空気”に敏感なだけです」


「それ、大事な才能では?」


「嫌な才能だなあ」


 宗形は苦笑した。


     ◆


 午後。


 修正内容のレビュー中。


 佐倉が少し困った顔で声をかけてくる。


「宗形さん、この条件分岐なんですけど」


「あ、はい」


「これって、“今後増える可能性あるならEnum化した方がいい”とかあります?」


 宗形は画面を見る。


 少し考える。


「……ありますね」


「やっぱりですか」


「今は二パターンだけですけど、増えそうな匂いするので」


「匂い」


「“後から増えるやつだな”っていう」


 佐倉が少し笑う。


「経験則ですね」


「嫌な方向の経験則です」


 宗形は自分で言いながら、少し不思議だった。


 昔なら、多分ここまで即答できなかった。


 正解が分からなくて。

 怒られない答えを探して。

 必要以上に迷っていた。


 けれど最近は、“今できる最適”を考えられるようになってきている。


 それが成長なのか、単なる慣れなのかは分からない。


     ◆


 夕方。


「宗形くん」


 大参課長が静かに声をかける。


「運用側との認識合わせ、確認しました」


「あ、ありがとうございます」


「良かったと思います」


 宗形は少し目を瞬かせる。


 大参は資料へ視線を落としながら続けた。


「大きな障害というのは、細かい認識差から始まることが多いので」


「……はい」


「“確認しておきます”を面倒がらなくなったのは、良い変化ですね」


 宗形は少し黙る。


 新人の頃。


 確認ばかりしていた自分を、少し格好悪いと思っていた。


 もっとできる人は、迷わないと思っていた。


 けれど今は分かる。


 迷わない人間なんて、案外いない。


 みんな確認して、整理して、失敗を減らしながら進めている。


「ありがとうございます」


 宗形がそう返すと、大参は小さく頷いた。


「期待しています」


 静かな声だった。


 押しつけがましくない。

 けれど、不思議と背筋が伸びる言葉だった。


     ◆


 外はもう夕暮れだった。


 曇り空の隙間から、少しだけ薄い光が差している。


 宗形はその空を見ながら、ぼんやり思う。


 無難に生きたい気持ちは、今でも変わらない。


 怒られたくないし、失敗もしたくない。


 でも。


 “ちゃんと確認しておく”。


 そういう地味な積み重ねで、誰かの仕事が少し楽になるなら。


 それは案外、悪くないのかもしれなかった。


 オフィスの蛍光灯が、今日も静かに白く光っている。

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