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平凡リーマンは無難を欲す  作者: 猫枕で寝たい。


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23/25

「三年目の価値観」

 同期と飲む時だけ、人は少しだけ昔へ戻る。


 社会人になってから、宗形 恒一はそれを知った。


 先輩でもない。

 後輩でもない。


 “同じ時期を通ってきた人間”と話す時だけ、妙に言葉が軽くなる。


     ◆


「で?」


 一条 将斗がハイボールを置きながら言う。


「最近どうなのよ」


「雑だな聞き方」


「同期なんてそんなもんだろ」


 金曜の夜。


 店は駅前のチェーン居酒屋だった。


 少し騒がしくて、テーブルも狭い。


 でも同期と飲むなら、このくらい雑な店の方が落ち着く。


「先週案件終わったんだっけ?」


「まあ、一段落は」


「お疲れ」


 一条は軽くグラスを上げる。


 宗形も軽く合わせた。


     ◆


「いやでも、お前変わったよな」


 一条が枝豆をつまみながら言う。


 宗形は少し眉を寄せる。


「最近それよく言われる」


「実際そうだし」


「どの辺が」


 一条は少し考える。


「前より、人と仕事してる感じ」


 宗形は少し黙る。


 その言い方は妙にしっくり来た。


「昔のお前って」


 一条は続ける。


「もっと“自分だけでなんとかしよう”感強かったじゃん」


「あー……」


 宗形は苦笑する。


 否定はできない。


「確認とか相談とか、“迷惑かけないように”やってる感じだったし」


「それは今も多少ある」


「まあ、お前だしな」


 一条が笑う。


 その笑い方が、昔と変わっていなかった。


     ◆


「でも最近」


 一条はハイボールを飲みながら言う。


「ちょっと肩の力抜けた感じするわ」


 宗形はグラスの氷を揺らす。


「……そうか?」


「前より周り信用してる」


 その言葉に、宗形は少しだけ視線を落とした。


 芦屋の顔が少し浮かぶ。


 佐倉。

 大参課長。


 最近、自分は前より人へ頼っている。


 確認して。

 任せて。

 一緒に整理する。


 そういう働き方を、少しずつ覚えていた。


「まあ」


 宗形は小さく息を吐く。


「一人でやる方が疲れるって分かっただけかも」


「十分成長だろ、それ」


 一条はあっさり言った。


     ◆


「お前さ」


 一条がふと真面目な声を出す。


「昔、もっと“ちゃんとやろう”としてたよな」


 宗形は少しだけ黙る。


 店の騒がしさが、少し遠く聞こえた。


「……まあ、新卒の頃は」


「理想高かったもんな」


「やめろ恥ずかしい」


 一条が笑う。


「いやでも分かるよ。

 三年目くらいって、一回冷めるじゃん」


 宗形は少しだけ目を細めた。


 その感覚は、確かにあった。


 頑張れば報われると思っていた頃。

 仕事がもっと分かりやすいものだと思っていた頃。


 そこから現実を知って、“無難”へ落ち着いていく感じ。


 社会人になった、というより。


 少しずつ削れていく感覚に近い。


     ◆


「でもさ」


 一条はグラスを置く。


「別に昔みたいに戻れって話じゃないんだよ」


 宗形は黙って聞いていた。


「ただ最近のお前、前よりいい感じだと思う」


「……曖昧だな」


「同期の感覚なんてそんなもん」


 一条は笑う。


「なんか、“ちゃんと今の場所で働いてる顔”してるわ」


 宗形は少しだけ返事に困った。


 昔みたいに熱くなっているわけじゃない。


 夢を取り戻したわけでもない。


 今でも無難に生きたいと思っている。


 でも。


 会社で笑うことは増えた。

 人と話すことも増えた。


 少しだけ、“働く”が前より苦しくなくなっている。


「まあ」


 宗形は小さく笑う。


「最近、前より息しやすいのはあるかも」


 一条はそれを聞いて、少しだけ満足そうに頷いた。


     ◆


 店を出ると、夜風は少し湿っていた。


 梅雨はまだ終わっていない。


「じゃ、お疲れ」


 一条が軽く手を上げる。


「ああ」


 宗形も小さく返す。


「また飲もうぜ」


「気が向いたらな」


「そういうとこ変わってねえな」


 一条が笑う。


 宗形も少しだけ笑った。


 駅へ向かう途中、宗形は夜空を見上げる。


 曇っていた。


 でも昔みたいに、その空を悪いものだとは思わなかった。


 六月の終わりの風は、少しだけ優しかった。

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