「三年目の価値観」
同期と飲む時だけ、人は少しだけ昔へ戻る。
社会人になってから、宗形 恒一はそれを知った。
先輩でもない。
後輩でもない。
“同じ時期を通ってきた人間”と話す時だけ、妙に言葉が軽くなる。
◆
「で?」
一条 将斗がハイボールを置きながら言う。
「最近どうなのよ」
「雑だな聞き方」
「同期なんてそんなもんだろ」
金曜の夜。
店は駅前のチェーン居酒屋だった。
少し騒がしくて、テーブルも狭い。
でも同期と飲むなら、このくらい雑な店の方が落ち着く。
「先週案件終わったんだっけ?」
「まあ、一段落は」
「お疲れ」
一条は軽くグラスを上げる。
宗形も軽く合わせた。
◆
「いやでも、お前変わったよな」
一条が枝豆をつまみながら言う。
宗形は少し眉を寄せる。
「最近それよく言われる」
「実際そうだし」
「どの辺が」
一条は少し考える。
「前より、人と仕事してる感じ」
宗形は少し黙る。
その言い方は妙にしっくり来た。
「昔のお前って」
一条は続ける。
「もっと“自分だけでなんとかしよう”感強かったじゃん」
「あー……」
宗形は苦笑する。
否定はできない。
「確認とか相談とか、“迷惑かけないように”やってる感じだったし」
「それは今も多少ある」
「まあ、お前だしな」
一条が笑う。
その笑い方が、昔と変わっていなかった。
◆
「でも最近」
一条はハイボールを飲みながら言う。
「ちょっと肩の力抜けた感じするわ」
宗形はグラスの氷を揺らす。
「……そうか?」
「前より周り信用してる」
その言葉に、宗形は少しだけ視線を落とした。
芦屋の顔が少し浮かぶ。
佐倉。
大参課長。
最近、自分は前より人へ頼っている。
確認して。
任せて。
一緒に整理する。
そういう働き方を、少しずつ覚えていた。
「まあ」
宗形は小さく息を吐く。
「一人でやる方が疲れるって分かっただけかも」
「十分成長だろ、それ」
一条はあっさり言った。
◆
「お前さ」
一条がふと真面目な声を出す。
「昔、もっと“ちゃんとやろう”としてたよな」
宗形は少しだけ黙る。
店の騒がしさが、少し遠く聞こえた。
「……まあ、新卒の頃は」
「理想高かったもんな」
「やめろ恥ずかしい」
一条が笑う。
「いやでも分かるよ。
三年目くらいって、一回冷めるじゃん」
宗形は少しだけ目を細めた。
その感覚は、確かにあった。
頑張れば報われると思っていた頃。
仕事がもっと分かりやすいものだと思っていた頃。
そこから現実を知って、“無難”へ落ち着いていく感じ。
社会人になった、というより。
少しずつ削れていく感覚に近い。
◆
「でもさ」
一条はグラスを置く。
「別に昔みたいに戻れって話じゃないんだよ」
宗形は黙って聞いていた。
「ただ最近のお前、前よりいい感じだと思う」
「……曖昧だな」
「同期の感覚なんてそんなもん」
一条は笑う。
「なんか、“ちゃんと今の場所で働いてる顔”してるわ」
宗形は少しだけ返事に困った。
昔みたいに熱くなっているわけじゃない。
夢を取り戻したわけでもない。
今でも無難に生きたいと思っている。
でも。
会社で笑うことは増えた。
人と話すことも増えた。
少しだけ、“働く”が前より苦しくなくなっている。
「まあ」
宗形は小さく笑う。
「最近、前より息しやすいのはあるかも」
一条はそれを聞いて、少しだけ満足そうに頷いた。
◆
店を出ると、夜風は少し湿っていた。
梅雨はまだ終わっていない。
「じゃ、お疲れ」
一条が軽く手を上げる。
「ああ」
宗形も小さく返す。
「また飲もうぜ」
「気が向いたらな」
「そういうとこ変わってねえな」
一条が笑う。
宗形も少しだけ笑った。
駅へ向かう途中、宗形は夜空を見上げる。
曇っていた。
でも昔みたいに、その空を悪いものだとは思わなかった。
六月の終わりの風は、少しだけ優しかった。




