「会社の外の話」
二軒目の店は、駅から少し離れた場所にあった。
大衆居酒屋というより、小さめのバーに近い。
照明は暗めで、音楽も静かだった。
「意外ですね」
芦屋がメニューを見ながら言う。
「宗形さん、もっとチェーン居酒屋派かと思ってました」
「どういうイメージですか」
「ハイボールと唐揚げで終わるタイプ」
「否定しづらいな……」
宗形は苦笑しながら水を飲む。
会社の飲み会帰りに二人だけで残る。
それ自体は特別なことじゃないはずなのに、妙に不思議な感じがした。
オフィスじゃない。
仕事中でもない。
だからなのか、会話の速度も少し違う。
◆
「何飲みます?」
芦屋が聞く。
「じゃあ、ビールで」
「普通だ」
「冒険しないので」
「無難ですねえ」
店員が去っていく。
少しだけ沈黙が落ちる。
でも、不思議と気まずくはなかった。
「……なんか変な感じですね」
芦屋が笑う。
「分かります」
「会社の人と外で飲んでる感じしない」
「まだ会社の延長感あります」
「あー、それだ」
二人して少し笑う。
◆
「宗形さんって、休みの日なにしてるんですか?」
料理をつつきながら、芦屋が聞く。
宗形は少し考える。
「……寝てます」
「終わってるなあ」
「いや、本当に」
「趣味とかないんですか?」
「ゲームはします」
「あ、ちょっと意外」
「そうです?」
「もっと“何もしてない”系かと」
「酷いな」
宗形は苦笑する。
「RPGとか、ソロゲー多いです」
「オンライン系じゃなく?」
「疲れるので」
「めちゃくちゃ宗形さんだ」
芦屋が笑う。
宗形も少しだけ笑った。
◆
「芦屋さんは?」
「私ですか?」
「なんか趣味ありそう」
芦屋は少し考える。
「喫茶店は好きですね」
「あー、似合う」
「あと散歩」
「健康的だ」
「一人でふらふら歩くの好きなんですよ」
芦屋はグラスを軽く回しながら続ける。
「雨の日とか、結構好きです」
宗形は少し目を瞬かせた。
「この前、“昔より嫌いじゃなくなった”って言ってましたよね」
「あー……言いましたね」
「なんかわかる気がします」
窓の外では、また小さく雨が降り始めていた。
六月の夜だった。
◆
「宗形さんって」
芦屋がふと真面目な声を出す。
「昔、もっと頑張るタイプだったんじゃないですか」
宗形は少し黙る。
一条にも似たようなことを言われたばかりだった。
「……どうしてそう思うんです?」
「なんとなくです」
芦屋は静かに笑う。
「今は“無難が一番”って顔してるのに、時々そうじゃない感じするので」
宗形はグラスへ視線を落とす。
氷が小さく鳴った。
「新卒の頃は」
少し間を置いてから、宗形は口を開く。
「もっと色々できると思ってました」
自分でも、驚くくらい自然に言葉が出た。
「頑張れば評価されるとか、ちゃんと成長できるとか」
芦屋は黙って聞いている。
「でも実際働くと、思ったより上手くいかないこと多いじゃないですか」
「……ですね」
「だから途中から、“無難にやれればいいか”になった感じです」
店の照明は暗かった。
そのせいか、普段より少し話しやすかった。
◆
「でも」
芦屋が静かに言う。
「宗形さん、最近ちょっと楽しそうですよ」
宗形は少し笑う。
「それは気のせいです」
「いや、多分前より」
芦屋はグラスへ口をつける。
「前より、人と働いてます」
宗形は返事をしなかった。
ただ。
その言葉は少しだけ胸に残った。
◆
店を出る頃には、雨はまた弱くなっていた。
夜の街は静かだった。
「……なんか普通に長居しましたね」
芦屋が笑う。
「ですね」
宗形はスマホで時間を見る。
思ったより遅い。
でも、不思議と疲れていなかった。
「お疲れさまでした」
「お疲れさまです」
駅前で立ち止まる。
少しだけ沈黙。
「宗形さん」
「はい?」
「また仕事落ち着いたら飲みましょう」
宗形は少しだけ目を細めた。
「……軽くなら」
そう返すと、芦屋が小さく笑う。
雨上がりの夜風が、静かに街を抜けていく。
六月の終わりは、まだ少し湿った匂いがした。




