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平凡リーマンは無難を欲す  作者: 猫枕で寝たい。


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22/25

「会社の外の話」

 二軒目の店は、駅から少し離れた場所にあった。


 大衆居酒屋というより、小さめのバーに近い。


 照明は暗めで、音楽も静かだった。


「意外ですね」


 芦屋がメニューを見ながら言う。


「宗形さん、もっとチェーン居酒屋派かと思ってました」


「どういうイメージですか」


「ハイボールと唐揚げで終わるタイプ」


「否定しづらいな……」


 宗形は苦笑しながら水を飲む。


 会社の飲み会帰りに二人だけで残る。


 それ自体は特別なことじゃないはずなのに、妙に不思議な感じがした。


 オフィスじゃない。

 仕事中でもない。


 だからなのか、会話の速度も少し違う。


     ◆


「何飲みます?」


 芦屋が聞く。


「じゃあ、ビールで」


「普通だ」


「冒険しないので」


「無難ですねえ」


 店員が去っていく。


 少しだけ沈黙が落ちる。


 でも、不思議と気まずくはなかった。


「……なんか変な感じですね」


 芦屋が笑う。


「分かります」


「会社の人と外で飲んでる感じしない」


「まだ会社の延長感あります」


「あー、それだ」


 二人して少し笑う。


     ◆


「宗形さんって、休みの日なにしてるんですか?」


 料理をつつきながら、芦屋が聞く。


 宗形は少し考える。


「……寝てます」


「終わってるなあ」


「いや、本当に」


「趣味とかないんですか?」


「ゲームはします」


「あ、ちょっと意外」


「そうです?」


「もっと“何もしてない”系かと」


「酷いな」


 宗形は苦笑する。


「RPGとか、ソロゲー多いです」


「オンライン系じゃなく?」


「疲れるので」


「めちゃくちゃ宗形さんだ」


 芦屋が笑う。


 宗形も少しだけ笑った。


     ◆


「芦屋さんは?」


「私ですか?」


「なんか趣味ありそう」


 芦屋は少し考える。


「喫茶店は好きですね」


「あー、似合う」


「あと散歩」


「健康的だ」


「一人でふらふら歩くの好きなんですよ」


 芦屋はグラスを軽く回しながら続ける。


「雨の日とか、結構好きです」


 宗形は少し目を瞬かせた。


「この前、“昔より嫌いじゃなくなった”って言ってましたよね」


「あー……言いましたね」


「なんかわかる気がします」


 窓の外では、また小さく雨が降り始めていた。


 六月の夜だった。


     ◆


「宗形さんって」


 芦屋がふと真面目な声を出す。


「昔、もっと頑張るタイプだったんじゃないですか」


 宗形は少し黙る。


 一条にも似たようなことを言われたばかりだった。


「……どうしてそう思うんです?」


「なんとなくです」


 芦屋は静かに笑う。


「今は“無難が一番”って顔してるのに、時々そうじゃない感じするので」


 宗形はグラスへ視線を落とす。


 氷が小さく鳴った。


「新卒の頃は」


 少し間を置いてから、宗形は口を開く。


「もっと色々できると思ってました」


 自分でも、驚くくらい自然に言葉が出た。


「頑張れば評価されるとか、ちゃんと成長できるとか」


 芦屋は黙って聞いている。


「でも実際働くと、思ったより上手くいかないこと多いじゃないですか」


「……ですね」


「だから途中から、“無難にやれればいいか”になった感じです」


 店の照明は暗かった。


 そのせいか、普段より少し話しやすかった。


     ◆


「でも」


 芦屋が静かに言う。


「宗形さん、最近ちょっと楽しそうですよ」


 宗形は少し笑う。


「それは気のせいです」


「いや、多分前より」


 芦屋はグラスへ口をつける。


「前より、人と働いてます」


 宗形は返事をしなかった。


 ただ。


 その言葉は少しだけ胸に残った。


     ◆


 店を出る頃には、雨はまた弱くなっていた。


 夜の街は静かだった。


「……なんか普通に長居しましたね」


 芦屋が笑う。


「ですね」


 宗形はスマホで時間を見る。


 思ったより遅い。


 でも、不思議と疲れていなかった。


「お疲れさまでした」


「お疲れさまです」


 駅前で立ち止まる。


 少しだけ沈黙。


「宗形さん」


「はい?」


「また仕事落ち着いたら飲みましょう」


 宗形は少しだけ目を細めた。


「……軽くなら」


 そう返すと、芦屋が小さく笑う。


 雨上がりの夜風が、静かに街を抜けていく。


 六月の終わりは、まだ少し湿った匂いがした。

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