「ちゃんと終わる」
仕事には、“終わり方が綺麗な案件”というものがある。
派手な成功があるわけじゃない。
誰かに表彰されるわけでもない。
ただ、大きな問題もなく、必要なものがちゃんと動く。
社会人になってから宗形 恒一は、それが案外難しいことを知った。
◆
「リリース後確認、問題ありません」
午後六時過ぎ。
運用側からのチャットが流れる。
宗形はその画面を見ながら、小さく息を吐いた。
「……終わった」
隣で芦屋も肩の力を抜く。
「終わりましたね」
六月の終わり。
梅雨の湿気を含んだ空気が、静かなフロアへ漂っていた。
今回の小規模改修。
派手ではない。
でも確認先が多く、地味に気を遣う案件だった。
宗形は椅子へ背中を預けながら、ぼんやりモニターを見る。
達成感というより、まず疲労が来る。
それが社会人っぽいな、と少し思った。
◆
「宗形くん」
大参課長が後ろへ来る。
「あ、はい」
「お疲れさまでした」
静かな声だった。
「大きな問題なく終えられたの、良かったと思います」
「ありがとうございます」
宗形は自然に頭を下げる。
大参は資料を軽く見ながら続けた。
「確認の回し方も安定していましたし、関係者との調整も問題ありませんでした」
そこで一度、言葉を切る。
「……以前より、“チームで進める”のが上手くなりましたね」
宗形は少しだけ黙る。
昔の自分なら、多分もっと疲れていた。
誰かへ確認して、
誰かへ任せて、
“自分だけで抱えなくていい”
と思いながら仕事を終えたことに、
宗形は少しだけ、自分でも気づいていなかった。
「まあ」
大参は小さく笑う。
「今くらいの進め方、悪くないと思いますよ」
その言葉に、宗形は小さく「はい」と返した。
◆
「……終わると、一気に気が抜けますね」
芦屋が小さく言う。
「分かります」
宗形は苦笑した。
「“やっと終わった”より、“疲れた”が先に来る」
「めちゃくちゃ社会人ですね」
「便利な言葉だな、それ」
二人して少し笑う。
フロアの空気も、どこか柔らかかった。
リリース後特有の、“山を越えた後”の静けさ。
◆
その後、部署内で軽い打ち上げが開かれた。
居酒屋。
金曜夜。
雨上がりの湿った街。
「宗形くん、今回は助かりました」
運用担当がビール片手に言う。
「認識整理、かなり早かったので」
宗形は少しだけ間を置いてから、
「後で大きくなると面倒なので」
とだけ返した。
「それは本当にそう」
運用担当も笑う。
その自然なやり取りに、宗形は少しだけ不思議な感覚を覚えた。
前より、“仕事の会話”が少し楽になっている気がした。
◆
二十一時前。
打ち上げは一度お開きになった。
店を出ると、空気は少し涼しくなっていた。
雨は止んでいる。
「宗形さん」
隣で芦屋が声をかける。
「はい?」
「もう帰ります?」
宗形は少しだけ考える。
終電にはまだ余裕がある。
「……芦屋さんは?」
「なんか、もうちょっとだけ飲みたい気分です」
少し笑いながら言う。
宗形は夜の街を見た。
濡れたアスファルトが街灯をぼんやり反射している。
「じゃあ、軽くなら」
そう返すと、芦屋が少しだけ嬉しそうに笑った。
その表情を見て、宗形は小さく息を吐く。
六月の夜風は、湿っているのに少しだけ心地よかった。
仕事がちゃんと終わった夜には、少しだけ寄り道をしたくなる。
そんな日もあるのかもしれなかった。




