「同期という生き物」
同期という存在は、少し不思議だ。
友人とも違う。
同僚とも少し違う。
同じ時期に入社して、同じように怒られて、同じように終電を逃しかけた。
それだけなのに、妙に遠慮がない。
◆
六月の昼休み。
雨は朝からずっと降っていた。
宗形 恒一はコンビニで買ったおにぎりを片手に、休憩スペースへ向かう。
「……あ」
そこで、見覚えのある顔を見つけた。
「お、宗形じゃん」
一条 将斗だった。
同期。
別部署所属。
配属以来、完全に仕事が分かれたせいで、最近はたまに見かける程度だった。
「珍しいな、こっち来るの」
宗形が言う。
「そっちこそ」
一条は笑いながら缶コーヒーを振る。
宗形とは対照的なタイプだった。
人付き合いが上手くて、会話も軽い。
誰とでも自然に話せる。
新人時代から、そういう空気を持っていた。
「相変わらず鮭おにぎり?」
「悪いか」
「いや、ブレなさすぎだろ」
一条が笑う。
宗形は少しだけ肩を竦めた。
◆
「宗形さん」
そこへ芦屋がやってくる。
「あ、こんにちは」
「お、噂の教育係の人?」
一条が興味深そうに言う。
「噂ってなんだよ」
「いや、最近よく名前聞くから」
宗形は露骨に嫌そうな顔をした。
芦屋が少し吹き出す。
「芦屋です。
お世話になってます」
「一条です。
同期の腐れ縁みたいなもんです」
軽い調子だった。
でも不思議と嫌味がない。
芦屋は少しだけ納得する。
宗形と長く付き合える人って、多分こういう距離感なのだろう。
◆
「いやでも、宗形が教育係やってるって聞いた時ちょっと笑ったわ」
一条が言う。
「なんでだよ」
「お前、新人の頃めちゃくちゃ人見知りだったじゃん」
芦屋が少し目を丸くする。
「そうなんですか?」
「そうですよ」
一条は即答した。
「質問行くまで三十分くらい悩むタイプ」
「やめろって」
「しかも聞きに行く前にメモ整理し始めるし」
「うわ、やりそう」
芦屋が妙に納得した顔をする。
宗形は少し顔をしかめた。
「いや、でも」
一条は少し笑いながら続ける。
「昔からちゃんとしてたよ、こいつ」
宗形は少し黙る。
一条は缶コーヒーを開けながら言った。
「レビューとかも、絶対“後で困る人”考えてたし」
その言葉に、宗形は少しだけ視線を逸らす。
最近、似たようなことを何度か言われていた。
大参課長にも。
芦屋にも。
「まあ、そのせいで勝手に疲れてるタイプでもあるけど」
「余計なお世話だ」
「否定しないんだな」
一条が笑う。
◆
芦屋はそのやり取りを、少し静かに見ていた。
宗形は普段、あまり自分の話をしない。
だから今みたいな会話は少し新鮮だった。
「宗形さんって、昔もっと尖ってた感じあります」
「え?」
思わず宗形が顔を上げる。
「なんとなくですけど」
芦屋は続ける。
「今は“無難が一番”って顔してるのに、昔はもっと頑張ろうとしてた感じ」
一条が「あー」と頷いた。
「それはあるかも」
「やめろお前ら」
宗形は本気で嫌そうな顔をする。
その反応が少し面白くて、二人は小さく笑った。
◆
「でも宗形」
一条がふと真面目な声を出す。
「最近ちょっと雰囲気変わったよな」
宗形は少し眉を寄せる。
「そうか?」
「前より空気柔らかい」
宗形は返事に困る。
自覚はない。
ただ。
前より会社で話すことが増えた気はする。
確認も。
雑談も。
誰かと一緒に仕事をすることも。
「まあ」
一条は立ち上がりながら言う。
「ちゃんと人と働いてる顔してるわ、最近」
それだけ言って、軽く手を振る。
「じゃ、戻るわ」
「あ、お疲れさまです」
芦屋が頭を下げる。
宗形は一条の背中を少しだけ見送っていた。
◆
「……同期ってすごいですね」
芦屋がぽつりと言う。
「何がです?」
「宗形さんの昔、普通に知ってる」
宗形は少し苦笑した。
「まあ、同期なんで」
「いい関係ですね」
宗形は少し考える。
同期。
別に頻繁に飲みに行くわけでもない。
毎日連絡を取るわけでもない。
でも。
“あの頃”を知っている人間がいるというのは、少し不思議な安心感があった。
窓の外では、雨が静かに降り続いている。
六月の湿った空気の中で、宗形は少しだけ昔の自分を思い出していた。




