陸サイド-代理の尾行者
陵は男の前で立ち止まった。
距離は数歩。
逃げ場はない。
「あなた」
にこりと笑う。
だが、その目は笑っていない。
「もしかして――俺のこと、つけてます?」
一瞬。
男の表情がわずかに固まる。
「……何のことですか?」
視線を逸らす。
声も、わずかに硬い。
だが。
その程度で誤魔化せると思っている時点で、甘い。
陵は一歩、距離を詰める。
「さっきからずっと同じ距離で動いてますよね」
穏やかな声。
だが、逃がさない。
「偶然にしては出来すぎてる」
男は口を閉ざす。
周囲の人の流れが、二人の間をすり抜けていく。
「……違いますよ」
苦し紛れの否定。
その瞬間。
陵はふっと笑った。
「じゃあ」
わざと軽く言う。
「警察に相談してもいいですか?」
空気が変わる。
男の肩がわずかに揺れる。
その反応だけで、十分だった。
(やっぱりな)
陵は確信する。
男は、数秒黙ったあと。
小さく息を吐いた。
「……悪かった」
観念したように言う。
「俺は、ただ頼まれて……」
「誰に?」
間髪入れずに被せる。
逃がさない。
男は一瞬だけ迷い――
口を開く。
「……海っていう刑事だ」
その名前を聞いた瞬間。
陵の中で、すべてが繋がる。
(やっぱり、お前か)
胸の奥が、じわりと熱を帯びる。
だが、表情には出さない。
むしろ。
少しだけ、楽しそうに笑った。
「なるほど」
軽く頷く。
怒りも、焦りも見せない。
その態度に、男の方が戸惑う。
「……あんた」
男が言いかける。
だが、陵はそれを遮るようにポケットからスマホを取り出す。
数秒。
何かを操作する。
そして。
男の方へ差し出した。
「これ」
画面には、連絡先。
名前も、番号も、隠していない。
男が目を見開く。
「……いいんですか?」
「いいですよ」
あっさりと答える。
「尾行なんて面倒でしょ?」
にこりと笑う。
「俺のこと知りたいなら、直接聞いてください」
言葉は柔らかい。
だが。
どこか、歪んでいる。
「.....と、海さんに伝えてください」
一歩、距離を取る。
「こそこそ探らなくても、俺は逃げません」
そして。
ほんの少しだけ、声を落とす。
「むしろ――」
視線が、鋭くなる。
「ちゃんと来てくれた方が嬉しいです」
男の背筋に、冷たいものが走る。
直感で理解する。
この男は――
普通じゃない。
陵は何事もなかったかのように背を向ける。
歩き出す。
人混みに紛れる。
その背中を、男はしばらく動けずに見ていた。
⸻
歩きながら。
陵は小さく息を吐く。
(捜査の為かそれとも.....)
海。
きよかの過去を知る男。
警察。
そして――
“邪魔者”。
口元が、ゆっくりと歪む。
(いいですよ)
今度は、逃げない。
向こうが来るなら。
正面から、潰す。
(きよかさんは、俺が守ります)
その確信だけが、揺るがない。




