陵サイド-接触
その日も、いつも通りだった。
講義が終わり、スマホを見る。
きよかからの連絡はない。
(まだ仕事中か)
当たり前のことなのに、少しだけ胸がざわつく。
立ち上がり、大学を出る。
足は自然と、いつもの道へ向いていた。
きよかが通る道。
きよかがいる街。
そこにいるのが、もう“普通”になっている。
――ここ最近、すべてが変わった。
きよかの実家へ行った日のこと。
受け入れられた、あの瞬間。
あの幸福は、何にも代えがたい。
距離は確実に近づいていた。
あと少しだった。
なのに――
邪魔が入った。
警察。
そして、あの男。
きよかを親しげに見つめ、
「会いたかった」などと口にした刑事。
あの時。
きよかの手を引いた瞬間。
確かに見た。
あの男の目に宿った、わずかな感情。
――嫉妬。
(誠実な兄みたいな顔しやがって)
内側で、黒いものが蠢く。
(あの男を“いらない”と認識してくれたら)
その時は――
俺も一緒にあの男を.....
美しい純白のドレスのきよかさんとタキシード姿の自分を思い浮かべる
あの男はテーブルに横たわり
ケーキ入刀のように2人でナイフを差し込む
永遠の愛を誓う儀式みたいに
思わず、口元が歪む。
――視線を感じた。
足が止まる。
(……?)
振り返る。
人通りはある。
学生、サラリーマン、主婦。
特別おかしなものはない。
だが。
引っかかる。
(気のせいか……?)
歩き出す。
だが、意識してしまう。
足音。
距離。
ガラスに映る背後。
――いる。
一定の距離で、ついてくる影。
(……誰だ)
心拍がわずかに上がる。
だが、顔には出さない。
角を曲がる。
速度を落とす。
コンビニに入る。
ガラス越しに外を見る。
――通り過ぎた。
(違う?)
いや。
違わない。
“合わせている”。
レジを済ませ、外に出る。
今度は逆方向へ。
人の流れに逆らう。
数十秒。
――ぶつかりそうになる。
「……すみません」
男が軽く頭を下げる。
その一瞬。
目が合う。
(……こいつ)
知らない顔。
だが。
その瞳には覚えがあった。
測る目。
観察する目。
人を“読む”目。
陵は何も言わず、すれ違う。
歩き続ける。
振り返らない。
だが、確信する。
(つけられてる)
理由は一つ。
(きよかさん)
胸の奥が、じわりと熱を帯びる。
警察。
あの男。
あの視線。
すべてが繋がる。
(俺や、きよかさんを疑っているのか?)
想定より早い。
だが――
悪くない。
陵は小さく息を吐く。
口元だけで、笑う。
(いいですよ)
ゲームは、嫌いじゃない。
スマホを取り出す。
きよかの名前を一瞬見つめる。
(絶対に、渡さない)
歩調を変える。
人混みに紛れる。
あえて人気の少ない道へ入る。
揺さぶる。
試す。
――気配は消えない。
(やっぱりな)
確信。
完全に“追っている”。
陵は足を止めた。
振り返る。
数メートル先。
男も、止まる。
視線が交差する。
逃げない。
逸らさない。
それで十分だった。
(警察だ)
その瞬間。
陵の中で、何かが切り替わる。
恐怖はない。
むしろ――
冷える。
思考が、研ぎ澄まされる。
(どう動く?)
逃げるか。
泳がせるか。
利用するか。
一瞬で並ぶ選択肢。
そして――
陵は歩き出した。
まっすぐ、男の方へ。
距離が縮まる。
数歩。
数秒。
真正面で止まる。
そして、軽く首を傾けた。
「あなた」
にこりと笑う。
だが、目は笑っていない。
「もしかして――俺のこと、つけてます?」
空気が止まる。
周囲の雑踏だけが、やけに遠い。
その裏で。
(見ててください)
静かに、呟く。
(きよかさんは、俺のものです)




