海サイド-捜査
翌日。
海は勤務の合間を縫って、きよかの勤める病院を訪れていた。
白い外壁。
整えられたエントランス。
人の出入りは多いが、どこか落ち着いた空気がある。
(……ここで働いてるのか)
受付で身分を示し、簡単に用件を伝える。
「少しだけ、スタッフの方にお話を聞きたくて」
案内されたのは、スタッフルームの一角だった。
数人の看護師が休憩を取っている。
「失礼します。警察の者です」
一瞬、空気が引き締まる。
だが、すぐに柔らぐ。
海は一枚の写真を取り出した。
「この方に見覚えはありますか?」
冴島元樹の写真。
看護師たちは順番に目を向ける。
「……え?」
「誰ですか?」
「患者さんじゃないですよね?」
誰一人として反応しない。
海は表情を変えずに頷いた。
「そうですか」
(名前も顔も、共有されていない)
つまり――
きよかは職場で一切、この男の話をしていない。
次に問いを変える。
「清水きよかさんについて、少しお聞きしても?」
今度は、空気がすぐに和らぐ。
「あー、きよかさん」
「美人ですよね」
「仕事もできるし」
好意的な評価ばかりが並ぶ。
「どんな方ですか?」
海は自然に問いかける。
「真面目ですね」
「優しいし、患者さんからも人気ありますよ」
「でも……」
一人が、わずかに言葉を濁す。
「距離感がちゃんとしてるというか」
「そうそう」
別の看護師が頷く。
「誰にでも優しいけど、あんまり踏み込ませないタイプ」
海はその言葉を拾う。
(仕事の人間とは、きっちり線を引いていたんだな)
「プライベートの話とかは?」
「ほとんどしないですね」
「彼氏の話とかも聞いたことないかも」
「そういえば……」
別の看護師が思い出したように言う。
「最近、送り迎えしてもらってません?」
「あー!あの若い男の子?」
空気が、わずかに変わる。
「彼氏じゃないって言ってましたけど」
「めっちゃ一途そうですよねー」
海の意識が、そこに向く。
(あの男だ)
「どのくらい前からですか?」
「ここ最近ですね」
「前はそういうの全然なかったのに」
「なんか……」
一人がぽつりと呟く。
「最近ちょっと雰囲気変わりましたよね」
「え?」
「前より、柔らかくなったというか」
海は黙って聞いている。
「前はもっと、隙がない感じだったのに」
その言葉が、静かに刺さる。
(きよかは変わってきていた……)
原因は明白。
だが――
なぜか、それが面白くなかった。
「ありがとうございました」
海は軽く頭を下げる。
それ以上は聞かない。
今はまだ、“繋げる段階”だ。
⸻
外に出る。
昼の光が差し込む。
だが、思考は冷えている。
(冴島元樹と、きよかはそこまでの繋がりはないのか?)
職場の人間は、きよかの“仕事上の姿”しか知らない。
日々の出来事は、一切共有されていない。
(清水きよか)
距離を保ち、
明確な線を引いて行動する人間。
冴島元樹は、職場の人間ではない。
それでも――
バスでは親しそうだったという証言がある。
プライベートでの接点。
深い関係だった可能性も、消えてはいない。
そして――失踪。
さらに。
あの“完璧すぎる受け答え”。
海はポケットからメモを取り出す。
ペンを走らせる。
【清水きよか】
その横に、書き足す。
【大学生らしき男 恋人か?】
(まずは、こっちだな)
きよかを疑いたくはない。
ならば。
外から崩す。
海は空を見上げる。
(きーちゃん……)
守りたい感情と、
刑事としての直感。
その二つが、静かにぶつかり始めていた。




