第7話 『ドスケベフレンド』になりましょう
名月さんの本の表紙には、露出度の高い服を着て、セクシーポーズを披露している、ロリロリしく可愛らしいキャラクターが描かれている。
それは見覚えがある表紙だった。
『天からの授かりもの』というタイトルのラノベだ。
コミカライズやアニメ化もした人気作。実はその昔、俺も読んだことがある。
オタクではない俺が、なぜ読んだことがあるかというと、この作品……、
ものすごーーく、ドスケベな作品として有名なのである!
「この作品、知っている?」
「うん、『天からの授かりもの』だよね。昔、読んでいた」
「へー、『てんさず』知っているあたり、やっぱり平谷君はドスケベね」
「うぐっ。いや、でも、わりと感動するエピソードもあったり」
そういった途端、名月さんは身を乗り出すように、自分の顔を俺の顔に近づけた。
「そうなのよ! ただのドスケベ作品じゃないのが、『てんさず』の良いところなの! ヒロインのアリアが健気に主人公を想う、あの恋慕! ドスケベに隠れた淡い恋心! ……コホン、ごめんなさい、少し喋りすぎたようね」
この熱の入り具合……。
本当に好きなのか……?
確かに思わずウルッとするエピソードはあるにはあるが、基本はラッキースケベオンパレードの変態紳士が好むドスケベ作品。
女性が見たら不快に感じるに違いない。
「女子がドスケベなんて……ありえない」
にわかに信じられない。
……が、鞄からドスケベな本が出てきたのは、彼女の言葉の裏付けとしては十分ではなかろうか。
しかも結構使い古されており、愛読していたことが読み取れる。
「平谷君。今の時代、男だから、とか、女だから、とかはナンセンスよ。いい、平谷君?」
名月さんは俺に近づいて、耳元で囁くように、
「女子だって、溜まってるの♡」
「ふんぐ!」
このドスケベな声、そしてドスケベな本……。
結論から言うと、彼女は嘘なんかついていなかった。
「本当……みたいだね」
「ええ。私の胸に誓ってね」
「ひゃあっ」
名月さんは俺の手を取って、なぜか自分の胸に押し付けてくる。
柔らかな感触が手から脳に伝わると、脳が焼き切れそうになる。
……なんで胸に誓う時、他人にその胸を触らせるんだよ。
「ひゃん♡ 興奮する……♡」
名月さんは漏れだすように発する。
この本能から溢れ出る、このドスケベな声は……。
本物だ……!
名月夏輝は紛れもなく、こちら側の人間……!
まさか、こんな女の子が実在していたなんて……。
「名月さん……疑ってごめん」
「分かれば……良いのよ」
はぁはぁ、とお互いの息遣いが荒くり、顔も火照りだす。
ドスケベ同士の濃厚なビッグバン。こうなるのも無理はない。
「私もあなたも同じ穴の狢よ」
「おう」
「なんだかドスケベな諺よね」
「なんだか、物凄く共感できるぞ……!」
どんなものでも、ドスケベな方向に変換するマインド……。
これは筋金入りのドスケベであることの何よりの証左だ。
「余計な話はこの辺として、本題に入りましょう。まず初めにごめんなさい」
「ごめんなさい? 俺はきみに謝られることなんて」
「いいえ。実はね、私も平谷君と同じような経験があるのよ」
「同じような経験……?」
「ええ。詳細は省くけれど、私も高校に入る前、あなたと同じようにドスケベで居場所を失ったのよ」
「俺と同じ……」
「それもあって、私は高校に入学してからは影を潜めたのよ。まあ、そもそもが、人見知りの陰キャオタクというのもあるけれど」
「つまり、名月さんは俺と同じ経験を、俺よりも前にしていたのか」
「そういうことになるわね。だからこそ、平谷君の事件を目の当たりにした時、手を差し伸べるべきだった。でも、その勇気が持てなかった。平谷君を救ってあげられなかったことは後悔しているわ」
「いや、それは仕方ないんじゃないかな? こんな女の敵であるドスケベ男子を庇ったら、きみがクラスから嫌われてしまう。そんなリスクを犯してまで俺を助けるメリットなんてないよ。それこそ槇原あたりに目を付けられる」
「その通りよ。彼女たちに怯えて、助けられなかったわ。……だから、学年が上がってしまった、このタイミングならって思ったのよ」
「それで俺を図書委員に推薦してくれたのか」
「ええ。とりあえず、平谷君と接点を持ちたかったのよ」
「そうなのか。そこまでしなくていいのに」
「平谷君を助けたかったという気持ちはあるけれど、本当の狙いは他にあるの」
「他に……?」
「分かっては思うけれど、私は他の女の子よりも、すこーしだけ性欲が強いの」
「それは、そう」
「でも、陰キャで、知り合いの男子とかいないの」
「はい」
「だから、私の溜まりきった性欲が発散できずに限界が訪れているのよ!」
余りに力強い宣言に、俺は一瞬、怯んでしまう。
そして、彼女は意気揚々と語りだす。
「平谷君も実感したでしょうけれど、ドスケベは世間からすると悪。根絶すべき対象」
「それは……全く以てその通り」
「ドスケベな気持ちを抱いているだけで罪人扱い。我々は隠れキリシタンの如く、信念を押し殺して世界に順応するしかないのよ。私はなんとか、ドスケベな書物で凌いできたけれど」
「それで、いつも読書していたのか……」
いつも読書をしてクールで真面目なイメージしかなかったけど、それを聞いた途端、とんでもないムッツリドスケベ女子だということが分かる。
「でも、やっぱり、もう我慢できない!」
だんとベンチを叩き、勢いよく立ち上がった。
「ど、どうしたんだ、急に」
「二次元のドスケベをただ見るだけは、もう飽きたわ。三次元で殿方とドスケベしたいのよ!」
「声デカいって! 近くに生徒が居ないとはいえ、ここ校庭だから!」
「そこで、見つけたのは平谷君。あなたよ」
「お、俺?」
「『ドスケベで何が悪い』、この言葉は私に響いたわ」
「俺の黒歴史に心打たれる人が居たなんて……」
「その通りよ。ドスケベで何が悪いの! いい? 人間というものは、ドスケベをして、子孫を残し続けてきたことにより、今日の繁栄があるのよ! つまり、ドスケベであることは人間が本来持つべき権能なの。
そもそもよ、子連れの夫婦とか見なさいな。あいつら、あたかも自分たちはドスケベじゃないですよ、みたいな顔しているけれど、子どもがいるということは、私たちよりもずっとドスケベなことしているのよ。つまり! 人間は多かれ少なかれ皆、ドスケベなのよ!」
すげえ。
名月さんの理論には全くの隙が無い。
「そ、その通りだ……! ドスケベは悪いことじゃない……!」
「そうなのよ。ドスケベは必要なこと。ドスケベを取り戻せ! 平谷君も一緒に」
「うん。ドスケベを取り戻せ!」
「ドスケベを取り戻せ!」
俺と名月さんはとんでもないことを輪唱する。
なんかヤバい団体のデモ行為みたいになっているんだけど……。
「そこで提案があるの」
「提案……」
「我々はドスケベを味わいたい。ただし我々陰キャは悲しいかな、ドスケベを解放する相手がいない。ムラムラしているのに発散先は、いつも画面の中。そんな辛い人生はもうこりごりよね?」
「うん」
そうだ。
ドスケベが災いしてクラスから嫌われ、そのせいで大好きなドスケベを封印され、悶々とした、この生活にはもう限界が訪れている。
「そんな悲しい人生、終わりにしましょう」
「ど、どうすれば終われるんだ……?」
名月さんは救世主の如く、俺に手を差し伸ばした。
「平谷君、私と『ドスケベフレンド』になりましょう」




