第4話 「私の胸、見ていたわよね?」
「名月さん。あのー、どうして俺を?」
放課後、委員会活動のため図書室に向かう道中、名月さんに尋ねた。
「申し訳ないけれど、ここでは話せないわね」
……話せない?
一体、どんな理由があるというのだ……?
「そもそも、前提として、どうして俺のことを知っているんだ」
「そりゃあ、平谷ドスケベ事件はうちのクラスで有名な話ですもの」
「やっぱり、それか……」
薄々、勘付いていたけれどね。
モブの俺が何の接点も無い生徒に認識されるとしたら、そこしかないもんなあ。
しかし、だからこそ俺を指名した理由が分からない。
もしかして、探りを入れて、弱みを握って、うちのクラスのリーダーである黒ギャル・槇原マキに言いふらすとか、そういうこと?
あの一件以降、特に女性に対して強い警戒感を抱いている俺は、何も悪いことをされていないのに、名月さんを訝しげな目で見てしまった。
それを察したのか、名月さんが謝ってきた。
「ごめんなさい、別に平谷君を貶めようとか、そういう考えはないの。信じてほしいわ」
「そう……なのか」
今はその言葉を信じたい。
実際問題、あの事件以降、俺は女子を中心に色々な嫌がらせを受けてきたが、名月さんには何も嫌なことはされてない。
そもそも、クラスではクールで真面目な優等生という感じなので、槇原さんとも接点はない。
名月さんはスッと俺に手を差し出してきた。
「改めて、名月夏輝よ。よろしくね」
どうやら、自己紹介の握手らしい。
控えめな印象なだけに、欧米みたいなフランクな挨拶方法を取っていることに少々驚いた。
俺は意味もなく、ズボンで自分の手を拭く。
ドスケベを封印して禁欲生活をしていた俺だ。
女子と握手して触れ合うことを考えただけで、胸がバクバクしてきた。
しかも、わりと可愛めの女子と、だ。
俺は緊張した面持ちで手を差し出して、握手に応じた。
「はわっ」
握手をしただけなのに、なんか声が出てしまった。
柔らかくて、きめ細かい……女子の手。
手の感触が脳に伝わり、身体が敏感に反応を始めてしまう。
女子と手を触れただけで、これかよ。
我ながら、自分の雑魚さに幻滅する。
「ひゃんっ♡」
だが、相手の反応もおかしかった。
ん……?
今、クール系真面目優等生の口から、出してはいけない声が聞こえたような……?
流石に気のせいだよな……。
何とか平静を取り戻し、話を振る。
「名月さんは去年も図書委員だったの?」
「そうよ」
「そうなんだ。俺、委員会自体初めてなんだ。だから、色々と教えてほしい」
「分かったわ。……平谷君の初めて、私が手取り足取り、教えてあげるわ」
「お、おう……」
な、なんだ、この妙にイヤらしい言い方は……。
素で言っているのか、ワザと言っているのか、全然分からねえ。
よ、よく分からんが……すっげえ、ドスケベだ!
「えー、それで、業務内容は貸出・返却の手続き等の受付業務、本の整理整頓、おすすめの本の紹介等があります。それでは、受付業務の当番を決めてください」
委員会活動が始まる。
この日は新学期初ということで、ガイダンスらしい。
図書委員担当の司書? の先生が、仕切っている。
なるほど、委員会活動ってこういう感じなんだ。
「それで名月さん、当番日はいつにする?」
司書の人の話によると、受付業務の当番日をクラス毎に決めることになるらしい。
「平谷君は習い事や塾など、放課後に外せない予定はある?」
「特には無いよ」
「私も無いから、どこでもよさそうね」
「だな。じゃあ、希望は特になしってことにするか」
「そうしましょう」
なーんて、普通に会話しているように見えるが、俺は今、とある理由で心臓が張り裂けそうなのである。
名月さんはなぜだか、制服のワイシャツを第二ボタンまで開襟している。
実は彼女、さっきから気になっていたのだが、その控えめな出で立ちに関わらず、立派な胸をお持ちである。
どこかのグラビアアイドルみたいに、ワイシャツがパツパツで今にもはち切れそうだ。
だからこそ、その開いた第二ボタンから覗かれるくっきりとした谷間はもはや凶器である。
ドスケベを封印した俺にとっては、余りに刺激的過ぎる光景だ。
絶食中に目の前でフルコース料理を置かれたような気分。
――見てはいけない。
理性が警告を鳴らす。
ドスケベであることは罪なのだ。
一度ならず二度までも、過ちを繰り返してしまうのか、俺は。
一度目はなんとか時が解決したが、二度目はないぞ。
今度こそ、永久追放間違いなし。
そんなことは理解しているはずなのに、目線がそのブラックホールかの如く胸元に、吸い寄せられるように釘付けになってしまった。
当番決めが無事終わり、研修の一環として、図書委員を初めてする人中心に、本の整理整頓をすることになった。
具体的には、返却された本を元の場所に戻す作業だ。
名月さんは図書委員を以前していたので、残る必要はないのだが、俺に指導するために残ってくれた。
彼女は俺が胸を見ていたことについて言及してこない。
良かった。バレなかったみたいだ。
「国語辞典はここ。辞典は種類ごとに分かれているので、それを見るのがコツよ」
「助かる。ありがとう」
名月さんに業務を教わりながら、有意義な委員会活動を送る。
いつの間にか、他の図書委員の生徒はいなくなっている。
残っているのは、俺たちと司書の先生だけだ。
「終わりそうですか?」
「もうちょっとかかりそうです」
「そうですか。では隣の準備室で作業をしているので、終わったら呼んでください」
司書の先生は、図書室から居なくなった。
二人きりになったところで、名月さんが口を開いた。
「私の胸、見ていたよね? 気づいているわよ」
普通に心臓が止まるかと思った。




