第31話 まさかの来訪者
コツン、コツン、と静寂に包まれた図書室に響き渡る足音。
どうやら、誰かが図書室に来てしまったらしい。
それもそうだ。
図書室は部屋でもホテルでもなく公共の場。確率が薄いとはいえ、こういうケースもあり得る話。
俺たちはというと、咄嗟に図書室の角にある掃除用具入れに侵入する。
が、当然ながら、人が、しかも二人も入る想定で作られていない、掃除用具入れは物凄く狭かった。
極狭、密室、真暗闇……何も起こらないはずもなく……。
つま先から、頭にかけて、身体が離れている部位の方が少ないほど、密着している。
「これもラッキースケベの定番よね。二人きりでいる時、予期せぬ来訪者が来て、咄嗟に狭いところに隠れて密着するパターン」
「親の顔より見たことあるパターンだよ。まさか、それを見越して……?」
「ご名答。このまま来なければ、ドスケベを堪能できるし、仮に誰か来たら、こうしてラッキースケベに移行できる。隙のない二段構えよ」
「やっぱり、恐ろしい子……。というか、普通に顔、近い」
背丈がほとんど同じだけあって、顔と顔がほぼゼロ距離なほど近く、少しでもズレればキスしてしまいそうだ。
暗がりからでも、そのご尊顔が見て取れる。
「興奮してきた……?」
「か、可愛い……」
「可愛いって、ちょっと、平谷君……照れるわよ」
「普通に可愛い」
「ちょっと……やめてっ」
バカ!
何を言っているんだ、俺は……!
興奮しすぎて、キモいことを言ってしまった……。
「というか……いつまでいるんだろ……」
「そうね。長いわね」
未だ足音は消えない。
足音の主は図書室を徘徊しているらしい。
「……谷……平谷、居ないの?」
平谷……?
平谷って俺の名前だよな……?
「平谷君に用があるのかしら……?」
「俺……? 陰キャモブの俺に用がある人なんて……」
「こっち来るわ」
「マジか……」
足音がどんどん大きくなる。
どうやら、こちらに近づいてきているらしい。
バレないように、息を殺す。
「おっかしいな。平谷は委員会の活動で図書室にいるって聞いたんだが。ったく、嘘つきやがったのか、アイツら……」
うん…………?
聞き覚えのある声が、耳に届く。
男勝りな口調と、自信あふれるその声の主は……。
掃除用具入れの隙間から、その声の主の横顔が見える。
健康的な肌をした黒ギャル然とした、その女子生徒は……。
その心当たりがありすぎる人物に、思わず俺と名月さんは心の中で声を合わせた。
「(槇原マキ……?)」
「(槇原さん……?)」
そう、俺のことをビンタした黒ギャル、槇原マキだ。
その一件で、俺はドスケベ平谷として、一時期クラス中から嫌われてしまった。
……最近は全くといっていいほど関りが無かったはずだが。
どうして……。
「ったく、いなかったじゃねえか、後で文句言ってやろ」
槇原マキはようやく図書室を出たようだ。
ホッとした俺と名月さんは、やっとの思いで掃除用具入れから出た。
最初こそ興奮しっぱなしだったが、後半はただただ息苦しかっただけだったので、ようやく解放された良かった。
と……そんなことより、どういうわけかは分からないが、槇原は俺に用があるのは事実のようなので、彼女を追いかけることにした。
今まで身を隠していたのに、今度は追いかけるというのは行動として謎ではあるが……。
「槇原マキ」
その名を呼んだ。
黒ギャルはぱたりと足を止め、振り返った。
ピアスにネイルにネックレス。相変わらずド派手な装飾だ。
あの事が蘇って、胃がキリキリする。若干、恐怖で声が震えている。
やはり、陰キャモブがカーストトップのギャルと面と向かって話すことは、心臓が一つだけでは心もとない。
「なんだ……居たのかよ」
「ごめん、ちょっと奥で作業していて」
「奥も見たはずだが……」
「うぐっ。全部は見切れていなかったんじゃないか?」
「確かに、あんまり図書室、利用しないからな」
「話がある……のか?」
「そうだ。図書室は他に誰もいない?」
「いや……私もいるわ」
遅れて名月さんもやってきた。
彼女の声や表情からも若干の緊張が見て取れる。
そうだよな。やっぱり陰キャは、こういう人種と話す時は緊張しちゃうよな。
俺は名月さんに強いシンパシーを感じた。
「えーと、確か……同じクラスの……」
「名月……夏輝よ」
「あー、そうだ。名月ちゃんね。いつも本読んでいる頭良い人」
「うん……どうなのかしら……」
槇原マキのテキトー発言に、名月さんは戸惑っている様子だ。
分かるぞ、その気持ち。
陽キャの頭で考えず、ニュアンスで話しているあの感じ、苦手よな。
「二人は同じ委員会?」
「そうだよ。一緒に作業していた」
「だったら、尚更気づくはずだけど、妙だな」
「まっ、細かいことはいいから、図書室に入ろう」
怪しんでいる黒ギャルを、さっさと図書室に連れていく。
長机に座らせ、俺はその対面に座る。
「私も同席していいかしら?」
「構わない」
槇原マキはその場で、俺に頭を下げたのだ。
「すまなかった」




