帰還
周りの光が、薄らいできた。
足元に、ふわっとした感触がある。
久々の、我が家だ。
しゅるしゅると消えていく光。やがて、ウィレイの目に、懐かしの庭が見えてきた。
「おかえり、ウィレイ」
「ただいま帰りました、お母様」
そう言うと、荷物を置いて母の胸に飛び込んだ。
「あらあら、レディが何をしているの?」
うふふ、と母が笑う。そう言いながら、頭を撫でているのは誰かしら?
「お母様こそ」
久しぶりの、母の香り。
花のような、甘く優しい香りだ。
「さ、皆貴女を待っていますよ。中に入りましょう」
「お父様は?」
「残念ながら、王宮に。急ぎのお仕事とかで呼ばれて行ったわ。べそかきながら」
「まあ」
人前では峻厳な父。子に甘々とは、誰も思わないだろう。
「お茶にしましょう」
「はい」
ガゼボを出ると、家の皆が待っていた。
「「「お帰りなさいませ、お嬢様」」」
「ただいま戻りました」
「お変わりないようですね」
「カルラ!」
カルラの姿を見ると、ウィレイは駆け寄って抱きついた。
「あらあら、お嬢様。レディはそんなことしませんよ」
「カルラまで『レディは』なんて。ひどいわ」
ふふっとカルラは笑った。
「本当に変わりませんね」
「ひどーい!少しは大人になってます!」
「どれくらいなられたか、拝見しましょうね」
「ん、もう!」
他の皆に挨拶をしながら、中へ入った。
「ふぅ」
サロンのお気に入りだった椅子に座ると、帰ってきたのだとしみじみ感じた。
「紅茶になさいますか?それとも、コーヒーかハーブティーになさいますか?」
「そうね、久しぶりだからハーブティーをお願いするわ」
「かしこまりました」
コポコポとやわらかい音が聞こえてくる。
優しい香りが、辺りを包む。
「失礼します」
目の前に置かれた、ティーカップ。ウィレイはそっと持ち上げ、香りを楽しんだ。
「いい香り」
「ありがとうございます」
一口、ゆっくりと味わって飲む。
体中に良い香りが染み渡る気がする。
「ずいぶんと香り高いカモミールね」
カルラが微笑んだ。
「はい。ちょうど今咲いたのです」
「初物ね」
「そうですね」
「ラベンダーは?」
「去年のものですが、真空保存しておりましたので、香りはそのまま残っているかと」
「なるほど……確かに。あとは何をブレンドしてるの?」
「そうですね……エルダーフラワーと、レモンバームです。あと、ほんの少しオレンジを」
「安らぐわ、ホントに……ありがとう」
「お気に召していただけましたか」
「ええ」
「良かったです」
ウィレイは、ゆっくりと味わいながら飲み干した。
「もう一杯お願い」
「かしこまりました」
母が微笑んだ。
「気に入ったのね」
「はい」
「もう少し何か足す?」
「いいえ、これで充分ですわ」
「そう」
母も、ゆっくりと飲んでいた。
「下つ国は、どうだったの?」
母が尋ねてきた。
「そうですね……おもしろいところではありましたよ。多くの人が、自分の欲を優先させようとしておりました」
「欲を」
「はい」
ウィレイは、カップを置いた。
「何というか……声高に言った者勝ちみたいな感じでした。それがぶつかり合って、揉めるというか。真っ当な人が少数派なのです」
「まぁ」
「よく、崩壊しないものだと思いました。少数派ではありますが、真っ当な人たちの存在のおかげで保っているのでしょう」
「ずいぶんね」
「そうです。こちらとは全く違います」
「何かためになることは見つけられたの?」
「はい。『反面教師』という言葉を学びました。駄目なものを見て、そうならないようにする、という」
「何とも残念な学びね」
「全くです。でも、真っ当な方々とも出会えました。それは、財産であると思います」
「そうね。それを糧とできるのは良いことね」
「はい」
そうだ。こちらにいると、そういう人がほとんどだが、下つ国は逆であった。ただ、逆だからこそ、さらに価値が高い気がした。
「こちらでは、変わったことはありました?」
「そうねぇ……」
母は、顔に手を当てた。
「オルフェのお嫁さん選びが難航していることこしら。あと、北部州で冬の御方が決まったことかしらね」
「冬の御方。どなたになったのですか?」
「ヒーベルネイト家のお嬢様よ。一昨月に生まれた、ブランシュ様とおっしゃる」
「あら……私はてっきり、グラキエス家のアンジュリー様かと思ってましたわ」
母は、ああという顔をした。
「アンジュリー様ね……途中まではその予定であったそうだけど」
「何かありましたか?」
「ええ……その……どなたに似たのか、我が強くて。これでは公平に物事を進められないと判断されたようよ」
「なるほど」
「ま、上の判断ですからね。私たちは従うだけです」
「そうですね」
いろいろ思うところはあるけれど、ま、いいか。
ノックの音が聞こえた。
「はい」
「失礼します」
「どうしたの?」
「旦那様がもう少ししたら戻られるとのことです。先触れが参りました」
「わかったわ」
ウィレイは立ち上がった。
「お迎えに出ますわ、私」
「ええ。お父様もお喜びになるわ」
ウィレイはサロンを出ると、玄関へと向かった。




