浅き春に
「……本当にありがとうございました!」
拍手が鳴り響く。
送別会の挨拶が、終わった。
席に戻ると、同僚が早速お酌に寄ってきた。
「寂しくなるよー」
「私もです」
優しい人が多かったなぁと思う。中規模校なのでそれなりに働かない人もいたけれど、多くは馬車馬のように働く人たちだった。
「住む場所決まったの?」
「はい。この前、アパート決めてきました。28日に空くそうなので、30日あたりに入ろうと思ってました」
真っ赤な嘘である。
(そのあたりに、記憶の操作をお願いしよう)
持ち帰る物の準備は整った。
あとは、少しずつ術を組み立てて、発動するだけとしなければ。
「寂しくなりますね」
同じく転勤者の席にいる洋樹先生が呟いた。
「それは、ケンカ相手がいなくなるから?」
「いえ」
真顔でそう言うと、ジョッキをカプカプ飲んだ。
「日本酒、ください」
「大丈夫?ちゃんぽんすると悪酔いするよ。まあ最後だからだけど……」
「いいんです。酔いたいので」
「何でまた」
「……いいじゃないですか、酔いたいんですよ」
「わかった」
そう言うと、彼は一気にジョッキを飲み干した。
「飲むねぇ」
「そうですか?」
「でも、強いからね」
「そんなでもないですよ」
「そうかなぁ」
「それより、飲んでないんじゃないですか?飲んでくださいよ。ほらほら」
「自分のペースで飲ませてよ」
「いや、飲みましょうよ」
「アルハラだ!」
「違います。気遣いです」
「いやいやいや、強要してるじゃん」
「日本酒きましたよ。飲みましょう」
「あぁ……」
何があったんだろう。いつもの冷静な彼じゃない。さすがに別れは寂しいのかな……
ふぅ……と一息つくと、舞は日本酒を飲んだ。
「あの」
「なぁに?」
「美味しいですか」
「うん。辛めでスッキリしてるね。美味しい」
「良かったです」
よくわからない絡み方だな。ま、いいか。
それからしばらくは、お酒を注ぎに来た人たちと話していた。
(少し酔ってきたな)
舞は顔にグラスを当てて冷やした。
隣の洋樹先生は、珍しく顔を赤くしている。
「大丈夫?」
「酔ってきむした」
「『きました』でしょ。舌回ってないよ」
「きむしたです」
「臍曲がり」
全く、最後まで臍曲がりなんだから。
だが、このやりとりも、もう少しでしなくなる日がくる。それは……今まで考えることを避けてきたが、寂しくなるだろう。
「二次会はどうするの?」
「舞先生はどうするんですか?」
「行くわよ」
「じゃあ行きます」
「私で決めるの?」
おちょくったつもりだった。
「はい」
真顔で返された。
「…………」
しまった、言葉が紡げない。
「普通、そう言われたら何か返してきませんか」
「何それ。強制?」
「いえ。常識的に」
「いやいやいや、求めないでしょ普通」
「返しますよ普通」
「おかしいって」
「コミュニケーションの常識です」
「意味わかんない」
「国語の先生なのに?」
「数学の先生は、無理くり答えを出したがるんだね」
「教科は関係ないです」
「ちょっと、自分が言い出したんじゃない!」
また試合開始のゴングが鳴った。
「また始めたよ、この二人」
「何で洋樹先生は絡みたがるんだろうね」
「そりゃあ」
「「「好きなんでしょ」」」
あちらで、こちらを見ながら笑っている。
ネタにされている気がする。
舞は、ぐいっと酒を飲み干した。
✴︎
二次会は、スナックだった。
名残りを惜しむ人たちと一緒に、歌ったり笑ったりしていた。
何故かまた、洋樹先生が隣にいる。
(何で隣にくるかな)
これ以上やりとりをすると、離れがたくなる……きっと。
「舞」としてはいいかもしれない。しかし、「ウィレイ」としては、駄目だ。
ウィレイは、中つ国に帰るのだ。
あちらで、秋の御方の配偶者として相応しいという人を当てがわれる。それなりの家から。
「舞先生、歌ってください」
後輩が勝手にリクエスト曲を入れ、マイクを渡してきた。
「はいよ」
独女の設定で「先輩」顔をしているが、彼女たちの方が実は年上である。
歌唱力の必要なアーティストの歌を歌い切ると、隣の洋樹先生は、舟を漕ぎ始めていた。
「大丈夫?ほら、水飲んで」
「あーあ、珍しく酔ってるねぇ」
いつもの憎まれ口を発揮せず、半目でゆらゆら揺れている。
(仕方ない、送るか)
「ほら、起きるよ。送るから」
こくん、と頷いた。そして、財布を出そうとした。
「今日は、要らないっすよ」
若者が言った。
「送別会ですから」
「でも」
「いや、またいつか一緒に飲んでください」
「……うん。わかった。ありがとう」
舞は頭を下げた。「いつか」は、来ない。
「じゃあ、お先に失礼します」
「お疲れ様でした!」
「ありがとうございました!」
「また今度!」
「はーい」
自分より30cmはでかい男を支えながら、舞は店を出た。
(やれやれ)
タクシーを拾い、洋樹先生の家に向かう。
(お家の方、起きてるといいなぁ……)
玄関先にタクシーをつけると、中から母親らしき人が出てきた。
「あらあら、申し訳ありません。ご迷惑をおかけしてしまって」
頭を下げ、しきりに恐縮している。
「いえいえ。送別会ですもの。さすがに、別れるのが寂しかったようです。いつもよりハイペースで飲んでらしたので」
「そうですか……ありがとうございます。お父さん!洋樹を運んでちょうだい!」
奥から父親が出てきた。
「珍しいな、こんなになるなんて」
「そうね。でも、飲んでもいいけど、いい大人なんだから、人様にご迷惑をおかけしないようにしないと」
「そうだな……ありがとうございました」
また、頭を下げられた。
何て礼儀正しい御両親だこと。
「いえ。では、失礼します」
舞も頭を下げると、タクシーに戻った。
窓ガラスに映る自分の顔を見ながら、自分の「家」に帰った。




