恋の話は楽しい
ウィレイの部屋のテーブルに、ティーセットが並べられた。
「さ、一息つきましょう」
ベルーラがにっこりと微笑んだ。カルラの他に、エレンもいる。と、いつのまにかサイモンまで入ってきていた。皆、何を期待しているのか。
(これは、かなり恥ずかしい目に遭うのでは……)
アリストスは固まっていた。
「まずは、おかけなさいな」
「はい…………」
ちらっとベッドに眠るウィレイを見たあと、アリストスは諦めた。
「さて、どこから聞こうかしら」
ベルーラは、目をキラキラ輝かせている。
娘がへたっているのに。
アリストスは、マナーの先生から教わりたての営業スマイルを貼り付けた。
「あの……何をでしょう」
「まあ」
ホホホ、とベルーラが上品に笑った。
「貴方方の馴れ初めに決まっているじゃない」
「はあ」
「いいこと?私の娘は、自分がどのような立場にあるか理解しています。そして、それを弁えてもいる。普通に考えたら、貴方のことはなかったことにしていたでしょう。けれどこの子は、……そういう我儘を言う子ではないのに、貴方を選んだ。わりとふわふわしたところがあるから、その場のノリでと言いたいところだけど、そんなことくらいで自分の将来を決める子ではないわ」
「そうですね。『え、そんなんでいいの?』と思うような感じですが、見た目の印象と違って冷静な判断力があるので」
「そうね。本当に不思議な子よね。我が子ながら。兄のオルフェの方がよほど腹芸が上手な感じなのに、全くそんなそぶりも見せずにサラッと決断するのよね。……下つ国に行くと決めたときもそうだったわ」
「……そういえば、彼女は何故下つ国に来たんですか?」
ベルーラは、カップを置いた。
「シャルトランジェ家ではね、『御方』として立つ前に、自由に過ごすモラトリアムを設けているの。……御方になったら、自由な時間はほぼなくなってしまうから。普通はね、上つ国といって楽園のようなところを皆選んで行くのだけど、うちの子は何故か下つ国で働くことを選んだのよね。教師をしたいのなら、別にこの国でも良かったのに」
「なるほど……」
「上つ国は確かに何度か行ったことはあるの。マーロン様が御実家に連れて行ってくださって。オルフェと二人。夢のような国だから、そちらで楽しめば良かったのでしょうけれど」
「お話し中ですが奥様。アリストス様に、私共の下つ国の認識をご理解いただくようかと」
サイモンが一礼して言った。
ベルーラは、アリストスをじっと見た。
「……そうね。そうだわ。貴方にとっては聞き苦しいことだと思うけれど」
ベルーラは、またカップをもつと、紅茶を一口飲んだ。
「下つ国は、私たち中つ国の者にとって、『地上にしか住めない下位の者』という位置付けになるのよ。貴方がたの国の方が何かと便利な世界であっても。便利イコール幸せという価値規準ではないから。個人がどのように頑張っても、元々魔力をもっていないという点で、私たちより劣ると見做すのです。また、中つ国で罪を犯した者は、下つ国に流されることがあるの。だから、……ウィレイがモラトリアムを過ごす場としては、正直あまり褒められたものではないのよ」
「そうでしたか……」
「だから、『何故か』と訊かれたけれど、私たちも訊きたいくらいだわ。何故わざわざ苦労しに行ったのか」
「「……お嬢様ですからね……」」
壁際の何人かが、思わずといった感じに呟いた。
ベルーラは、ふぅっとため息をついた。
「ところで、あの子は下つ国ではどんな風に過ごしていたの?」
アリストスは、顎を撫でながら、言葉を紡いだ。
「そうですねぇ……下つ国の彼女は、私よりずっと年上でした。経験値も高い印象です。生徒たちは、彼女が好きでしたよ。授業が終わると、よく囲まれてました。どんな子でも話を聞き、誠実に対応してましたね。仕事はできましたね。でも、時々、スコーン!とドジなことをしてました。天然というか」
皆興味深そうに聴いていた。
カルラは、「さすがお嬢様」と声に出していた。
「隣の席になってから、いろいろ話すようになりました。何を話しても、とにかく返事が返ってくるんです。いろんな情報を知っていて、アイディアもたくさんもっている。頭のキレはとても素晴らしい。彼女といると、背中を預けられるんです」
「ほぅほぅ」
アリストスは、過ぎた日々を懐かしんでいた。
さまざまな案件に鋭い見方を示す舞。
悪いことをした生徒をガッツリ叱る舞。
生徒と一緒に泣く舞、笑う舞。
アリストスがいじると、顔を赤くして言い返す舞。怒った舞の、何と可愛かったことか。その顔が見たくて、何度も怒らせたりもした。
ベルーラは、先を促した。
「それで?どこで好きになったの?」
アリストスの顔が真っ赤に染まった。
「えっ……いや、その……」
「それを聞かないうちは、解放しませんよ」
ベルーラは、とても美しく微笑んだ。さすがはウィレイの母親である。
「……彼女といると、とても落ち着くんです。嫌なことがあっても、忘れさせてくれました。その優しさにずっと包まれていたい。そう思いました。天然なので素っ頓狂な答えを返ってきたり、怒った顔が可愛いのでつい怒らせてしまったり。目の煌めき、声、笑顔。ずっと側にいたい。そう思いました。でも、私は年下なので、彼女を好きなのにそう伝えることが難しい。もっと年が近ければ……心からそう思っていました」
アリストスは遠くを見つめてそう語った。
部屋にいた皆は、それを見てほわほわしていた。
(何て純粋な気持ち)
「それから?」
ベルーラは攻撃をやめなかった。
「それから、振り向いてもらえるよう努力しました。……伝わっているかは微妙ですが。ご飯を食べに誘ったり、ドライブに誘ったり。ロマンチックな夜景を見に行ったこともあります。彼女は、心から楽しみ、心から感動するんです。そして『ありがとう』と」
「ありがとうだけ?」
「そうなんです。でも、それを言う顔が見たくて」
「……なかなかの鈍感ぶりね、うちの子」
「まあ、そうですね。そしてその顔を見るたび、つい抱きしめそうになりました。……実際はできませんでしたが」
「何故?」
「それは、私が年下だったので、一歩を踏み出す勇気が足りなかったからです」
結局アリストスは、この国に来るまでのおおよその部分を話してしまったのだった。




