結界
「……美しいな」
アリストスが呟いた。
ウィレイは振り向いて微笑んだ。
「そうでしょ。これも宝玉……というか魔石かな。この国の半分くらいは結界張れるくらいの力をもっているわ」
「それはすごい」
ウィレイは、石をそっと持ち上げた。
「師匠は結界張っても大丈夫でしょうから、張ってしまいましょう。……サイモン、うちの皆は全員領地内にいるかしら?」
「はい、お嬢様。午前中のうちに指示を出して参集しております」
「ありがとう。では、大丈夫ね」
「はい」
ウィレイは、部屋の中の広い空間のあるところへ移動した。
石を魔力で浮かせると、結界の術式を組み立て始めた。領地全土を覆うため、大きなものになる。細部を丁寧に確認しながら、少しずつ広げていく。
陣が二メートルほどになった。そろそろ石とともに天空へと上げ、発動だ。
ウィレイの額から、汗がつぅっと落ちた。
(さすがにキツいわね)
円陣は半球状になった。術式の光が増してくる。
ウィレイは手をゆっくりと上に上げ始める。
石は、光に溶け始めた。
半球は、どんどん大きくなる。
(あと少し)
石が、完全に光と溶け合った。
次の瞬間、パンッとあたり一体が光で満たされた。
「終わった……」
ウィレイは呟いて、その場にへたり込んだ。
「ウィレイ!」
アリストスが駆け寄ってきた。
ウィレイは微笑むと、
「何とか一人でやれたみたい」
と言って目を閉じた。
「ウィレイ!!」
アリストスは、ウィレイを抱き上げた。
「休ませましょう。部屋まで運びます」
「頼む」
オウトゥクスは、領地内の結界の確認に出るため、準備を始めた。
娘は心配だが、これは魔力の消費で電池が切れるようなものなので、休めば戻る。領主としてまずは、領民の安全を確かめねばならない。
「オルフェはまだか」
廊下を歩きながら、声に出して言った。
「父上、遅くなりました!」
オルフェが向こうから走ってきた。
「領地を回るぞ。ウィレイが結界を張った。隅々まで張れているか確認するぞ。穴があるときは、塞げ。私は左回りで行く。そなたは右回りで確認せよ」
「はい」
「サイモン、馬を!天馬を2頭だ」
「かしこまりました」
男二人は、バタバタと出ていった。
アリストスはウィレイを抱えて、カルラとベルーラとともにウィレイの部屋へと向かった。
(相変わらず、自分を顧みないんだから)
それが彼女の魅力でもあり、放っておけない理由でもあった。
ベルーラが、ため息をついた。
「本当に……オルフェと一緒にやれば、ここまでにはならないというのにこの子は」
母として、心配なのであろう。平気で無茶をするから。アリストスが言った。
「何でも引き受けてしまいますよね。あまり人を頼らない」
「そうなのよね……」
「だから、つい手伝っちゃうんです。心配で。放っておけないというか」
ベルーラは、アリストスをまじまじと見た。
「あら、それがこの子を好きになった理由なの?」
え……とアリストスがワタワタした。
「いや、その……えっと……」
「他にもあるの?」
「まあ、はい」
顔が真っ赤だ。そこはあまり突っ込まれたくないところなのだが。
ベルーラとカルラは、目をキラキラさせてアリストスを見つめている。
(これ、言わないと許されない?)
カルラが言った。
「まずは、お嬢様をベッドに休ませていただいてからです、奥様」
「そうね」
(続くのか……)
アリストスは心からため息をついた。
オウトゥクスはざっと領内に張られた結界を確認し終えた。
(大丈夫そうだな)
もう一度来た道を戻りながら、穴がないか見回した。
向こうから、オルフェも戻ってきた。
「父上ー!大丈夫そうです!」
「そうか。ひとまず戻ろう」
二人は、ゆっくりと旋回しながら降り始めた。
天馬の厩舎に着いたとき、厩長とリュークが見つけて迎えに来た。
「「お帰りなさいませ」」
「うむ。ただ今戻った。何か特に変わったことはあったか?」
「いえ、ございませんでした。マーロン様から、間もなく参るとのお言付けが届きました」
「そうか。では、厩長。すまないが、世話を頼むよ。領地内をぐるぐる回って来たので、何か美味いものを食べさせてやってくれ」
「かしこまりました」
「オルフェ、汗を流してマーロン師を迎えよう」
「はい、父上」
「では、湯殿の準備を」
「頼む」
リュークは側にいた別の侍従に指示を出すと、客を迎える準備をするため、厨房に向かった。
オルフェが寄ってきた。
「父上、他家の領地は大丈夫でしょうか」
「そうだな……御方のいらっしゃる家は、恐らく気づいて対処しているだろう。いないところは……恐らくマーロン師が、あえて王領を抜かしてやっていそうだが」
「そうですね」
「王妃がまさかあそこまでとは思わなかった。愚かな。よりによって、マーロン師を怒らせるなど。そして、それを止めない王にも驚いた。世襲であって世襲ではないとご存じのはずなのにな」
「……それほどだったのですか」
「だったのですよ、だ。ま、マーロン師はウィレイを可愛がってくださっているからな。本当にありがたいことに。そもそも、あんなに魔力の強い方が、中つ国の者であるはずはないというのに。私が幼い頃から、師はあの姿のままなのだぞ。王家だとて、何代も恩恵を受けているはずなのに」
「この国に生まれたのに、そんなに我を通そうとする人もいるのですね」
「そうだな。ま、どこの世界にも外れ者はいる。ただそれが、立場のある者だと非常に影響力がな」
「そうですね。……王家は、どうなると思いますか?」
「そうだな……恐らく、良くて国王夫妻が退陣及び蟄居。皇太子が新たな王に。これ以上さらにやらかせば、間違いなく下つ国へ送られる。せめてまともな皇太子は、救って差し上げたいのだが」
「最悪の場合には、皇太子の身柄はどうなります?」
「一緒に下つ国へ。だが、皇太子と第二王子、姫は何とか離宮ででも暮らせるようにして差し上げたいと思う。第三王子は断るが」
「そうですね。……あとは、上つ国の高次の方が、どのようにお考えになられるか」
「温情を賜るよう祈るしかないな」




