四季の御方
「あーあ、やっぱりやっちゃった」
ウィレイはホゥっとため息をついた。
「ま、予想通りだがな」
オウトゥクスが言った。
「そうね……でも、あれほどまでにガツッと言ってくるとは思わなかったわ。レスター卿、ちゃんとお教えしてなかったのね」
「まぁ、そのようだな。それにしても、マーロン師は余程そなたのことが可愛いと思っておいでなのだな」
「本当に。ありがたいわ、師匠。あ、もう少ししたら、義理のお父様になるのよね」
「そうだな」
そんな二人の会話を、アリストスは黙って聞いていた。
(このままで済むのだろうか……)
ウィレイの隣にいたい。
だがそれは、自分が努力するだけでは済まないことのようだ。
「アリストス」
ウィレイが呼んだ。
「何だい?」
「また何か、考えても仕方ないこと考えてるでしょう?」
「考えても仕方ないことって……」
「『ウィレイの隣にいていいのか』みたいな」
「何でわかるんだ」
「わかるわよ、そりゃあ」
「…………」
「貴方を御配にすると決めたのよ、私。自分で決めたことだわ。その責は、自分で負うものよ」
「だが……」
「第三王子なんて、元々嫌だったのよ。それとも貴方は、自分が身を引くから彼をとでも?」
「それはない!けど……」
「けど?」
「マーロン師……義父上にも王家に敵対するような羽目に陥らせてしまって」
「そんなことはない」
マーロンがウィレイの指輪から、突然幻影を現した。
「師匠!驚きました!突然!」
「いや、すまぬ。だが、きっと気にしているだろうと思ってな」
「ご心配をおかけしすみません」
アリストスが謝った。
「気にするな。いつかこうなると思っていたから。それが早いか遅いかの違いだ。そして、そなたのことでなくとも、きっとこうなった。なるべくしてなったのだ」
「はい……」
マーロンは、ため息をついた。
「申し訳ないと気にしている暇はないぞ。結界を解いたからには、下つ国に放逐されていたろくでもない者たちがこれ幸と戻ってくる。さすれば、中つ国は混乱状態に陥るだろう。それを一つひとつ潰していくという仕事が発生するのだ。王家の失態とはいえ、上つ国の者にそれと知られるまでは、善良な民を守る必要がある」
「はい」
「そなたは、格好の餌となる。それまでに、身につけられるだけの術式は身につけろ。そして、剣術も磨け。生きて御配となるために」
「承知しました、義父上。よろしくお願いします」
幻影に向かって、アリストスが頭を下げた。
「ああ。とりあえず、夕方にそちらに向かう。ウィレイ」
「はい」
「そなたの屋敷とシャルトランジェ家、そしてその領地に、結界を張れ。一人で大変なときは、オルフェも使え」
「はい、師匠」
「アリストス」
「はい」
「そなたは、ウィレイから術式を聞いて援護せよ」
「はい」
「では、また夕方に」
「「ありがとうございます」」
馬車は、館についた。
三人はとりあえずサロンに行き、一息つくことにした。カルラがティーセットを運んできた。
「お疲れ様でした、皆様」
そう言うと、焦茶色の飲み物を渡した。
「これは……?」
「あ、お父様。これは、『コーヒー』というものですわ。下つ国の飲み物です」
「コーヒー、久しぶりだな」
「でしょ?」
アリストスは香りを楽しむようにカップを揺らし、コーヒーを飲んだ。
「美味い」
「でしょ!マンデリンのG1を買って来たのよ、お土産に。こっちでも飲みたかったから」
「そうか」
「ウィレイや、父は初めてなのだが」
「苦いですよ、初めは。でも、だんだんそれが美味しく感じられてくるのです」
オウトゥクスは、恐々一口啜った。
「……苦いな。だが、この香りは何故か落ち着く」
「でしょう?慣れるとよりそう感じますよ。ミルクを入れても美味しいです」
「このままで大丈夫そうだな」
「良かった!」
カップをじっと見つめながら、アリストスが言った。
「ウィレイ。その……俺に、『四季の御方』について教えてくれないか」
「ええ、いいわ」
ウィレイはカップを置いた。
「この国には、『四季の御方』と呼ばれる人がいます。それぞれが、それぞれの季節を司る役目をもっています。春と夏と秋は、生まれるときにその手に御方である証として『宝玉』を握って生まれてきます」
「宝玉?」
「そう。そしてそれは、一旦皆に姿を晒した後、御方となる人の体にスッと吸収されるのです。不思議だけどね」
「そうなってしまうと、宝玉としての形はなくなるのか?」
「ううん、体から出せばあるわ。それを出すときは、御方として立つ儀式のときと、代替わりするときの二回かな」
「代替わりするとき?生まれてくるときにもっているのに?」
「そうよ。代替わりのときに、祭壇に捧げるの。そうすると、消えていくそうよ。今回は私が継ぐときに見られるわね。どんな感じなのかしらね」
「いや、ちょっと待って。そしたら今は別に『秋の御方』がいるのか?」
「そうよ。あと一ヶ月の在位だけど」
「誰が御方なんだい?」
「私の大叔母のテレーズ様よ」
「その人が、今は『秋の御方』で、秋の宮殿にいらっしゃるのか」
「そうよ。とても素敵な方よ」
「口から生まれたように賑やかだがな」
オウトゥクスが口を挟んだ。
「あら、お父様ったらひどいこと」
「本当のことじゃないか」
「告げ口しますよ」
「やめてくれ!口撃される!」
「そんななんですか?」
「そうだよ!君も一度されてみるといい。絶対次から言葉をどう紡ぐか考えるから」
「はぁ」
「まあ、元気な方ではあるわ。話を続けるわね。とにかく春と夏と秋は、そういう風に生まれて代替わりするの。冬の御方は、ちょっと別格で……冬の女王がお選びなさるのよ」
「冬の女王?」
「そう。北の山脈にお住まいなの。年中雪を頂いている山の上に。冬の御方は女王様から選ばれて、雪の結晶の宝玉をいただくの。誰がなるかは、そのときになってみないとわからないのだけど、北方の貴族の姫方から選ばれることが多いわ」
「なるほど」
「他の御方も、基本的には同系列の家から出生することが多いわ。その家は、そういう家として認識されていて、爵位も高くなっているのよ。因みに、今の夏の方は、ブルジット公爵家のカミーユ様。春の御方は、エティション侯爵家のシャルロッテ様。冬の御方は、最近代替わりなさって、ヒーベルネイト家のブランシュ様が」
「そして、我が家のウィレイが間もなく即位するのだよ」
オウトゥクスが続けた。
「具体的には、どんなことをするんだい?」
「そうね……例えば私は『秋の御方』なので、この世の秋を統べるの。作物のバランスを考えたり、取れ高を振り分けたり。四季の御方それぞれが、そうやってその季節の作物や事象を司る。それに沿って、夜になると『種』を蒔いて歩くのよ」
「なるほど……」
「テレーズ大叔母様はもうお年なので、私がもう代わりにやっているけどね。修行を兼ねて」
「それで、何故王家と同等?」
「そうね……例えば、御方は収穫物の全てを司るから、私たちに睨まれたりしたら何も手に入らないのよ。私で言うと、秋以降収穫されるものはね。そしてそれは、下つ国の収穫にも影響するものなの。この国の豊作凶作は、下つ国の豊作凶作も連動してしまうのよ。そうなると、責任が重大で。王家はね、確かにこの国の『王』ではあるけれど、きちんと統治できなければ更迭されるのよ……言ってみれば、上つ国の属国みたいなものだから。もし、中つ国が何らかの理由で荒れたりするようならば、王はすげ替えられるの。だって彼らは、何かを生み出すわけではないから。そういう意味で、私たち御方は"同等"なのよ」
「格付け的には『王』だけに上のような感じだが、『御方々』は、四季を統べる。この国の自然を統べるのだ。そうなるべく生まれてくるのだ。つまり、上つ国の采配でそうなっているので、同等と言えるのだよ」
「なるほど……」
ウィレイは、やや冷めてしまったコーヒーを飲んだ。
「ややこしいわよね、上下関係が。そういう意味では、下つ国の方がはっきりしてるかも」
「ああ。確かに」
「細々と気遣いをしながら大きな仕事をするので、王家でも口を挟めない特権が与えられてるの。これまでは、王家もそれを弁えている人ばかりだったから何の問題もなかったのだけど、まさかこの国の歴史にも関わる大切なことを弁えない人が出るとは思わなかったのよね……怪しいとは思っていたけど、当代の教育はアウトだわ」
「下もここも、教育は残念な感じになりつつあるってことだな」
「フフフ!そうね」
「ま、王家はマーロン師にお任せするか。とりあえず、我が館と領地に急ぎ結界を張らねばなるまい」
オウトゥクスは、ドアの側に控えていたリュークを呼んだ。
「すまんが、オルフェを至急呼んでくれ」
「かしこまりました」
「ウィレイ」
「はい、お父様」
「結界の術式を」
「はい」
ウィレイは立ち上がると、暖炉の上の燭台を両方とも横に倒した。すると、暖炉の上側の大理石がせり上がってきた。
上がりきったそれは、引き出しのようなものがついていた。ウィレイはそれを開けた。
中には、青く透明な拳大の石が入っていた。正八面体のフローライトを大きくしたような形だった。




