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夕方になって、ようやくマーロン師がやってきた。ウィレイも意識を取り戻して、起き上がっていた。
「すまない、遅くなって」
夕食前のひととき、皆サロンで一休みしていた。
「いらっしゃいませ、マーロン師」
ウィレイは立ち上がり、しとやかに一礼した。それを見て、アリストスも慌てて立って礼をした。
オウトゥクスは手を挙げて、歓迎の意を示した。
「師よ、どうでしたか?」
オルフェは、国の様子を訊いた。
マーロンはソファーに腰掛けると、背もたれにバフッと背を預けた。
「そうだな……つい怒って結界を解いたが、入り込む隙を狙っていた連中がすぐに気づいたらしく、もう入り込んでいる。主に王宮内や王領にだがな」
「なるほど……それ以外の地はどうでしょう?」
「そこは、ほれ、さすがに哀れなのでカバーしておいた。今のところ大事ない」
「それは良かった」
オウトゥクスは紅茶を一口飲んだ。
ベルーラが心配そうに言った。
「王家の皆様は……ご無事なのでしょうか」
マーロンは半目になって答えた。
「まあ、ご無事であろう。……王と皇太子は。少なくとも皇太子は無事なはずだ。何も澱んだ思いがないからな。王妃のところには、恐らく小物が入り込んだことだろう。そいつが何を仕掛けてくるか見ものだが」
「まぁ……仕掛ける先は、我が家でしょうか?それとも国に?」
「そいつの正体によるかな。国から堕とされたなら、国に。だが、世界を引っ掻き回したいとき考えているなら、こちらにだろう。もしくは、各御方に。何にしても、あっさり入ってきたところを見ると、前々からこちらの綻びを気をつけて探していたのだろう。厄介な問題を起こさねばよいが」
オルフェは、父を見た。
「探しましょうか」
オウトゥクスは、じっと何かを考えながら答えた。
「もう少し、動きを確かめたらな。焦って動くと、
よいように使われる可能性もある」
「そうですね」
「当面は、その『しでかしそうな奴ら』を見張ることだ。何の目的なのか。誰をどうしたいのか」
「わかりました。……王家に探りを入れますか?」
「そうだな。……人はまずい。羽虫を使おう」
アリストスは、「羽虫」に反応した。
「羽虫をどうするのですか」
オウトゥクスは、アリストスを見た。
「ああ、そうだね。そなたは知らないのだった。何かを探るとき、我々は人を使うことが多いのだが、情報を多岐に渡って集めたいときは、羽虫を使うのだよ。虫の記憶を使って記録するのさ」
「虫にそのようなことができるのですか?」
「できねば使うまい。虫を使うメリットは、見たことをそのまま記憶するため、状況が把握しやすくなることだ」
ウィレイが口を挟んだ。
「下つ国でいったら、監視カメラの虫サイズ版みたいなことよ。ああでも、それを使えるのは、極一部の術者だけだけど」
「人だと、働きかけることがあるときは、便利だ。だが、身元が割れる危険性がある。虫ならば、結界をすり抜けることも可能だし、潜んで現場を隈なく撮ることができるのだよ」
「撮ったら、どのようにするのですか?」
「そうだな……」
オウトゥクスは周りを見回した。マーロンはスッと立ち上がると、カーテンの上の方にいたコガネムシのような虫を捕まえた。
「この館内に一旦虫除けをかけた方がいいかもな。こいつはどこの回し者なのか」
オウトゥクスはマーロンから虫を受け取ると、術式を組み立てた。
「丁度いいところに。アリストスよ、この国ではこうするのだよ……情報を集めるために。そして、術者の能力によっては、誰が仕掛けたのかまで確かめることができる」
出来上がった円陣の中に虫を置くと、立体の映像が浮かんできた。それは、マーロンが来る前からのこの部屋の様子であった。各々の声まではっきりと聞こえてくる。
「これは……」
アリストスは驚いた。ビデオやカメラなどないと思っていたが、それを不自由に感じさせないアイテムがある……虫という。だがそれは、普通にその辺りにいる全ての虫を疑ってかかるようなのでは?いろんな虫をそういう目で見る必要があるということか。
「やれやれ、わずかな時間の隙に入られたのだな」
マーロンが呆れ顔で言った。
「すみません……対処が遅れたようです」
ウィレイが謝った。
「いや、そなたは頑張りましたよ。一人で結界を張ったではありませぬか」
「お母様……」
ベルーラがウィレイの頬をそっと撫でた。
「気にすることではありません。それより、どこからの贈り物ですかそれは?」
オウトゥクスが、新たな陣を組み始めた。
「む…………」
陣に、文字が浮かび上がってきた。
「これは……」
皆がその文字を見つめた。
「「「王家か」」」
しかし、とオルフェが首を傾げた。
「こんなに早く、こちらに寄越しますかね?そこまでの宮廷魔術師って、マーロン師以外におりますか?」
「私はわざわざここを記録する意味も趣味もないがな」
「ですよね……でも、能力のある方って、どなたかいらっしゃいます?」
「今の王宮にはおらん。……が、以前下つ国に追放された奴でこれができるのが一人いる」
「それは、……結界が無くなった隙に戻ったということでしょうか?」
「何とも言えんな。そいつかもしれないし、我らが知らぬ輩が新たに入ってきたのかも知れぬ」
「なるほど……」
「とりあえずは、この領地全体に、記録用の羽虫らがどれだけ入り込んだかを確かめる必要がある。それと、駆除な」
「そうですね。夕食前に、やってしまいます」
オルフェが言った。
「ああ、頼むよ」
オルフェは、術式を組み立て始めた。ウィレイのとは色が違う。薄青く光っている。あっという間に三尋くらいの大きさに広がると、そこに大きな箱のようなものが見えてきた。
「入れ」
オルフェが呟くと、箱の中にサーッと多くの虫たちが見えてきた。
(さすがにギャーだな)
アリストスは綺麗な術式の箱をそばで眺めていたが、多くの虫を見て引いた。虫が嫌いではないが、集合体はさすがに気持ち悪かった。
ベルーラが言った。
「結構な数ねぇ」
「そうですね……」
ウィレイが頷いた。
「結界張るまで大して時間経ってないのに、まあよくもここまで寄越したものだわ」
箱の中は八割がた埋まっていた。と、風の流れのようなものが始まり、虫たちはぐるぐると回転を始めた。
「!」
オルフェは一気に念を送ると、虫たちを消し去った。
ふぅっと一息つき、手を下ろした。
「とりあえず、領地内のものは駆除しました」
「お疲れ様、オルフェ」
オウトゥクスが父の顔になっている。
「まぁ、こんなもんでしょう。次は、あちらに羽虫を送る番ですね」
そういうと、オルフェは窓を開けて何やら唱え始めた。両手を包むように形取ると、そこから光がボウッと溢れてくる。それに向かって、羽虫らしきものが次々と入っていく。光の玉はどんどん大きくなり、バランスボールくらいのサイズになった。
「行け。王宮へ」
光は弾け、スッと消えていった。
オルフェは、一つ息をついて、座り込んだ。
「お兄様ったら。大丈夫ですか?」
ウィレイは心配してそばに歩み寄った。オルフェは髪をかき上げると、ニヤッと笑った。
「そなた、誰にそんなことを訊いているんだ?私は侯爵家の長男だぞ。これくらいは余裕だ」
ウィレイはむっとして言った。
「何よ、座り込んだくせに。余裕だと言うのなら、私の代わりに結界を張ってくださったら良かったのに」
「張るつもりだったさ。私を待たずに始めたじゃないか」
「だって、何が起こるかわからないから待てなかったのですもの」
「はいはい」
「何よ!お兄様だってやったら疲れてへばるはずよ!」
「そういうことにしておこう」
「キーッ!」
「ウィレイ、やめなさい。淑女らしくないわよ」
ベルーラが止めに入った。
「だってお母様!」
「そんなの、スルーすれば良いのに」
「できません!」
「ぷっ」
アリストスは我慢できず、笑い出した。
「アリストスひどい!」
「ごめん。だって、君はお嬢様なはずなのに、すぐむくれるんだもの」
「……そんなことないわ」
「あるよ」
「…………」
「今、腹の中で『キーッ』って言ったろう」
図星だった。
ノックが聞こえた。
「入れ」
「失礼いたします。皆様、お食事のご用意が整いました」
「さ、ご飯だご飯」
「ちょっと!まだ話は終わってない!」
「第二ラウンドは、食べてからにしよう。さすがにお腹が空いた」
「むーっ!」
マーロンが呆れて言った。
「ウィレイよ、そなたもう少し大人になったかと思ったのだが、変わらぬなぁ」
「!そんなことありませんわ、師匠!下つ国でちゃんと経験値を上げて参りましたわ」
「そうかなぁ……どう見ても、アリストスに転がされている気が……ま、我が養子殿だからよいか」
ベルーラが手を叩いた。
「さあ、皆さん、参りましょう」
「「はーい」」
ようやく皆、夕食にありつけたのだった。




