下つ国への旅立ち 2
庭の一角に、転移用のガゼボがある。
それは大理石のような模様なのだが、半透明な不思議な石でできている。
ウィレイは荷物を持ち、その中心に立っていた。
周りには、父と母、兄。それから屋敷のほとんどの者たちがいる。
転移の布陣は自分で事足りるため、大掛かりな術をお願いしているマーロンには声をかけなかった。
「それでは、行って来ます」
寂しい気持ちを飲み込んで、ウィレイは明るく言った。
母はすでに泣いている。父も目を赤くしているが、どうにか堪えているようだった。兄のオルフェは、にこにこ笑っていた。
「あまりお転婆するなよ。歳がバレるからな」
ウィレイはプーッとふくれた。
「ひどいわ!もうそんな歳じゃないもの!」
オルフェは、仕方ないとでも言いたげに首を振った。
「そんな心配がなけりゃ、言わないさ私も」
カルラが視線を逸らした。
(あ、笑うの堪えてるわね!)
「ひどい!」
父母はさすがに別れを惜しんでくれているけれど、何だか他の皆は別の心配をしている気がする……
「くっ」
我慢だ我慢。ちゃんとやり切ってみせる。
そして、見返してやるんだから!
ウィレイは顔を上げると、優雅に微笑んだ。
「ご心配いただきありがとうございます、お兄様」
オルフェはギョッとした。これ、何かし返す気だな。
「2年間のうちに、素敵な婚約者様を見つけてくださいませ。私、お会いするのを楽しみにしておりますわ」
仕事に没頭し、数々の申し込みを見ないフリしているオルフェだけに、すぐには言い返す言葉が見つからなかった。今度はオルフェが「くっ!」と言う番だった。
母がガゼボのそばぎりぎりまで進み出た。
「くれぐれも、体には気をつけてね。そして、危ない目に遭ったり怖い思いをしたときは、すぐにこちらに戻ってらっしゃい」
「お母様……ありがとうございます」
「いつでも待っているからな」
「はい、お父様」
やはりお父様とお母様は、心から心配してくれている。お兄様は本当に腹が立つこと。
ウィレイは皆の顔を、ゆっくり見回した。
「では、行ってまいります」
そういうと、転移の布陣に取り掛かった。
「ちょっと待ったー!!」
大きな声が響いた。
一陣の風と共に、マーロンが現れた。
「マーロン様」
マーロンはガゼボの中にズカズカ入って来ると、ウィレイの手を取り、小さな指輪を渡した。
「私からのお守りだ」
そう言って、無精髭を生やした顔でくしゃっと笑った。
「ありがとうございます」
ウィレイは頭を下げて礼を述べた。マーロンは続けた。
「それは、どのような言葉も操ることができる指輪だ。下つ国なら、大概の国の者と話すことができるぞ」
「それは……すごいですね!ありがとうございます!」
(その効能は、百人力だわ!)
貴重な指輪だ。それにしても、これ、どうやって作るんだろう……?
マーロンはにやりと笑った。
「それは企業秘密だ」
企業秘密って……
マーロンの読心術に驚きながらも、受け取った指輪をしっかり握りしめた。そして、再び転移の布陣を始めた。
ウィレイの周りが薄く光りだした。
光はやがて、全身を包んでいく。
「行ってまいります」
全身を包んだ光が、パッと散った。次の瞬間には、もうウィレイの姿は消えていた。




