下つ国への旅立ち 1
ウィレイは、鏡に映った自分の姿を見ていた。
「お嬢様、また見てらっしゃるのですか」
侍女のカルラがさすがに呆れて声に出した。
本日何回目であろう?確かに呆れられるほど、鏡を覗き込んでいるのである。
「だって……こんなに変わるとは思わなかったんですもの。そして、面白い。」
本当ならば、18歳の私。でも、鏡に映っているのは、35歳の髪が黒くこじんまりとした姿の私。
「こんなに変化するなんて、本当におもしろいわ!」
カルラは頭をふるふると振って拒否感を表した。
「お嬢様。何もそんなに気合いを入れて姿を変えなくてもよろしいのではありませんか?」
そんなことはない。18の私の姿では、見た目的に務まらないのだから。
「だって。私、働くのよ?下つ国の学校で。若すぎたら舐められます。」
「何も下つ国でなくてもよろしいではありませんか。上つ国の美しき都を見物なさったらよろしいでしょうに」
カルラは、それが何より不満であったようである。
シャルトランジェ家の娘、ウィレイ。
彼女はいずれ、"秋の御方"として中つ国の秋を司ることになる。
爵位こそ兄君が継ぐけれど、季節を統べるのは、一の姫である彼女である。
シャルトランジェ家の慣例として、御方に立つ前の2年間、自由に過ごせることになっている。
それは、どこで何をしてもよい、ということである。
ほとんどの娘は、上つ国でキラキラした世界を眺めてくるものなのだが、ウィレイは下つ国での就労を選んだ。
「だって……あそこは遊びに行くのにはいいけれど、少しも達成感が感じられなさそうで」
「お言葉ですが、達成感を感じるための自由期間ではございませんよ。モラトリアムです、人生の」
「わかってるわ」
ウィレイはムッとした顔で言い返した。が、カルラは引かなかった。
「わざわざ苦労をなさりに行く理由がわかりませんよ、私も」
大きなため息が出てきた。
お嬢様は、本当に変わってらっしゃる。
下つ国で苦労するであろうことをわかっておいでなのに、わざわざ選ぶなんて。
「カルラ、顔に出てるわよ、言いたいことが」
「失礼しました」
そう言いながらも、少しも悪いと思ってなさそうである。
お嬢様ファーストのカルラでも、ウィレイの選択は受容し難いようであった。
(でも行くけど)
ウィレイは、もう一度鏡を見ると、これからしばらく身を預けることになる家や設定の再確認をした。
(35歳、中学校教師。祖母と両親、弟が1人。)
実際には存在しない人間になり、2年間を過ごす。その設定を組み込んだ複雑な魔法陣を、行く場所のある小さな国全体に敷くのだ。
さすがにウィレイの力では賄いきれないので、中つ国の最高術者にかけてもらうことにしていた。
「全く、マーロン様のお手を煩わせて」
カルラはまだ不満を述べている。一応、ウィレイは主人なのだが。いつまで続くのだろうか、この小言。
しかし、ウィレイもそれは申し訳ないと思っており、ちょっと眉毛を八の字にして首を落とした。
「それは……悪いと思ってるわ、私も」
「マーロン様もマーロン様です。可愛がっているからといって、甘やかして」
「えっ、そっち??」
カルラのポイントがだんだんわからなくなってきた。
「何でもはいはいとお嬢様のおっしゃることをきくから、こうなるんです」
それは貴女も……と言いたいけれど、そこは我慢した。ウィレイにも情けはある。
でも、こうまでも心配してくれるカルラとしばらく会えなくなると思うと、やはり寂しい。
ウィレイはカルラの背中に抱きついた。
「少しだけよ……少しだけ。2年したら、私は即位するわ。もう、自由などなくなるのだから……」
カルラは、背中の温もりがとても愛おしくなった。だからこそ、お嬢様には、何も苦労せずに楽しむ時間をもって欲しかったのに。
大きなため息をつくと、振り向いてウィレイを抱きしめた。
「……仕方ありませんね。でも、くれぐれもご無理はなさらないでくださいませ」
「……うん。ありがとう」
姉のように慕うカルラの優しさに包まれて、ここを離れるのがちょっと躊躇われた。
だめだだめだ。
自分で決めたんだから。
「では、そろそろ旦那様方にお声をかけて参りますね」
「ありがとう」
準備は整った。




