婚約
「は?……今何と言ったのだ?」
ウィレイは父に向かって、美しいカーテシーをした。
「私ウィレイ・シャルトランジェは、アリストスと婚約いたしました」
父は固まったままだ。
「……お父様は、ちょっと何を言われているのかわからないんだが」
「わかってください。婚約ですよ、こ・ん・や・く!」
しっかりアクセントをつけて伝えた。
「ウィレイ、しかし、それは……」
母も、さすがに早過ぎた展開についていけていないようだ。
「……いろいろ考えたり根回しをしたりするようだとわかっていて?」
「もちろんです」
「『好き』というだけでは成り立たないのよ?」
「無論です」
母は、ため息をついた。
父は、まだ固まったままだ。
「では、貴女の考えを聞かせてちょうだい」
「はい、お母様」
ウィレイは、アリストスを伴って長椅子に腰掛けた。
「今日の午後、マーロン様がいらっしゃいました。そのときに、この人の名前をいただきました。洋樹を改め『アリストス』と。それから、マーロン様と養子縁組をしたのです」
「養子縁組?!」
二度目の衝撃で、父の言語中枢が復活したようだ。
「はい。マーロン様が、養子にすると。そして、明日より午後はマーロン様の下で修行することになりました」
「……なるほど。それなら、家の名がなくても構いませんものね」
「はい。私では、そこまで考えることはできませんでした。全て、師のお考えです。でも、彼を私の隣に置くには、これ以上ない方策かと」
「確かに」
「私を取り込みたい王家にも、牽制になると思われます」
「いや、そうだが……ただなぁ……」
ウィレイは父の方を向いた。
「お父様、まさか私の知らぬところで勝手に王家と話を進めたりしてはいないでしょうね?」
「それはない。ないよ、本当に。……さすがにそなたに嫌われたくはないからな」
「それならいいです。王家といえども、秋は巡ってきます。私の気持ちを尊重していただけないときは、……例え王家であっても容赦しません」
「ウィレイ」
「当代は、私が御方。邪魔になれば消しにくるやもしれませんが、無理に消すと、しばらく『秋』はこの国には来なくなります。困るのは、私ではなくて国の方です。少なくとも、私の寿命の分は秋の恵がなくなるのですから」
「そなたではなく、ひ……アリストスに風当たりが強くなるぞ」
「「覚悟の上です」」
あ、揃った。
アリストスが続けた。
「皆さんにとって、下賤の国から来た私が大切な娘の伴侶となることは、許されることではないとわかっています。……それでも私は、彼女を諦められない。これまでの自分や家族、生きてきた環境を捨ててでも、側にいたい。そのためなら、どんなことにも立ち向かいます」
「アリストス……」
ウィレイは、アリストスに身を寄せた。
ベルーラは、じっと娘を見つめた。
「ウィレイ、貴女には、彼を守る覚悟はあるの?」
ウィレイは母を見て、アリストスを見た。
「はい、お母様。……私は、下つ国で彼に出会いました。好きになっていたのです。でも、それ以上は求めてはいけないと思っていました。……私は『秋の御方』。自分の相手を選べる立場にあります。が、それはあくまで中つ国での、という条件がありました。いずれ中つ国へ戻る。そして、そこで御配を選ぶ。それが私の為すべきこととわかっておりました。まさか自分が誰かをこうして好きになるとは思ってもみませんでした。そしてさらにまさか、彼が私を忘れず、ここまで来るとは思ってもみませんでした」
ウィレイは、アリストスの手をそっととった。
「彼には彼の生活がある。だから、ここで暮らすなどできまい……それまでの間だけ、……もう少しだけ一緒にいられたら、下つ国へ返そうと思っておりました。でも、彼は……自分の生まれた場所に戻ることよりも、私の隣にいることを選んだ。これまでの自分を全て捨てることになるのです」
「……人生は、一度しかない。自分にとって一番何を大切にしたいのか。私は迷いません。『舞先生』は、私よりずっと年上でした。ですが、私は彼女しか考えられなかった。見た目は変わりましたが、中身は彼女です。彼女を得られるなら、何でもします」
じっと聞いていた父が、口を開いた。
「……アリストス。我が家はこの国で、侯爵という地位にある。それは、『秋の御方』が何度も生まれてくる家系だからだ。『秋の御方』は、この国そして下つ国の『秋』を司る役目を背負っている。それはつまり、この世に実る作物の与奪権をもっているということだ。それは、王家にも匹敵する力であるのだよ」
「はい」
「この国には、春夏秋冬の『御方』がいる。だが、最も重要な役割を担うのが、『秋の御方』なのだ。王家は、その力を欲して、ウィレイをとりいれるべく画策している」
「それは……」
「それは、具体的には、王子との結婚を目論んでいる、ということだ。皇太子ではなくて他のだが。『秋の御方』は、即位したならこの家の側の『秋の宮殿』に住まうことになる。その婿となり、利益を得ようとしている」
「もし、私が御配となったら、何らかのこの家に圧力がかけられるのですか?」
「いや、それで秋の御方の機嫌を損ねてしまうと、死活問題となる。領地の収穫がゼロになるであろうから」
「では……」
「いや、そう簡単なことではないのだ。この国では、あまり大きな犯罪はない。それは、それぞれの役目を負いながらも豊かに暮らせるからだ。それで満足しておればよいのだが、稀に欲をもつ者もいる。それが、現王室の王なのだよ。彼は自分の欲のためなら、危ういこともしかねない。……つまり」
その後を、アリストスが引き受けた。
「私を亡き者にする、ということですね」
「そうだ。それが『害した』と言われぬように自然な形で為されることだろう」
「なるほど」
「御配として立った後なら、神のご加護があるので手は出せまい。だが、それまでの間、恐らく何らかの手を打ってくるものと思われる」
「だからマーロン義父は『牽制』と……」
「そうであろう。マーロン師なら、それができる。彼はこの国の魔術師の頂点に立つ男だからだ。実力でその位置にいるのだから」
ウィレイは父を見た。
「お父様、明日、登城の先触れをお願いしてもよろしいでしょうか」
「早々に乗り込む気か?」
「先手必勝ですわ」
「そうだな」
オウトゥクスは、リュークを側に呼んだ。
「王家に先触れを。明日の午後に伺いますと。それから、マーロン師にも。午前中にこちらにお越し願いたいと。一緒に登城をお願いしたいと」
「かしこまりました」
それから、とサイモンを見た。
「サイモン、今すぐに衣装のユーリを呼べ。アリストスの服を大至急作らねばなるまい」
「かしこまりました」
二人の男が、消えた。
「カルラ」
今度はカルラだ。
「はい、旦那様」
「マナーの教師を呼べ。それから、クルーたちに言って、アリストスの今夜の風呂の世話人を何人か用意させておいてくれ」
「かしこまりました」
ベルーラは、紅茶を片手に夫の段取りを黙って眺めていたが、カップを置くと別の侍女を呼んだ。
「フェリーネ」
「はい、奥様」
「ウィレイも磨いてちょうだい」
「かしこまりました」
「さ、久々の戦いね」
ベルーラは楽しそうに微笑んだ。




