父の葛藤
オウトゥクスは、風呂から自室に戻った。
ベッドでは、ベルーラが本を読んでいた。
娘が帰って来たことの喜びはとても大きかったが、その「恋人」が追ってきたということが、引っかかっていた。
オウトゥクスは呼び鈴を鳴らした。
間もなく、ノックの音がした。
「お呼びでしょうか」
リュークが入ってきた。
「遅くにすまない。何か飲むものを持ってきてくれないか」
「かしこまりました」
何を、とは訊かずにリュークはドアを閉めていった。
5分ほど経ったころ、再びノックの音が聞こえてきた、
「入れ」
「失礼いたします」
リュークは、琥珀酒の入ったグラスと、ワインのボトル、ワイングラスをトレーに載せて持ってきた。ナッツの入った小ぶりの皿と、三種類ほどのチーズを盛った皿を添えて。
「お、ありがとう」
「奥様もよろしければ」
「ありがとう」
ベルーラは本を閉じて部屋履きを履くと、ソファーに座った。
リュークはワインの封を切った。
「夜も更けてまいりましたので、今日はミドルのものです」
「嬉しいわ」
オウトゥクスは、さっさと自分用の琥珀酒を飲んでいた。
「「ふぅ」」
リュークが微笑んだ。
「揃いましたね」
ベルーラが笑った。
「そうね」
オウトゥクスは、目を閉じて天を仰いだ。
「沁みるな」
「……いろいろありましたものね」
「そうだな」
「そうですね」
男二人も頷いた。
「リューク、あの男を何と見た?」
オウトゥクスが訊いた。
リュークはしばらく宙を見つめていたが、オウトゥクスを見て言った。
「まだ、何とも申しがたいですね」
「そうか……」
ベルーラは、グラスをゆったり揺らしながら言った。
「信用できるとお思い?」
リュークは少し間を空けて答えた。
「恐らくは」
オウトゥクスが鋭くリュークを見た。
「その根拠は?」
リュークは目を閉じると、反芻するかのように慎重に言葉を紡いだ。
「お気に障るかもしれませんが……お嬢様はあの通り真っ直ぐな方です。素直ですし。一見、悪い者がいたら、騙されそうな感じを受けます。
しかし、その実、非常によく見ていらっしゃる。人も周りも。単に空気を読むのが上手い、というのとも違います。冷静に状況を掴み、冷静に判断する力をおもちです。
そのお嬢様が、単なる馬の骨を選ぶとは思えません。何らかのメリットがあるか、若しくは好きになられるだけの要素を彼がもっているか。どちらにしても、お嬢様は人の本質を察知する能力が非常に高いので、そのお眼鏡にかなうのであれば、信用に足るかと思われます」
「なるほど」
「確かにそうだわ」
二人は頷いた。
「しかし」
オウトゥクスは、グラスの中を覗いた。
「彼の扱いをどうするべきか」
リュークは答えなかった。
ベルーラが言った。
「ウィレイが本気なら、彼を鍛えるしかないわね。出自は……どうにもならない。でも、それを乗り越えるくらいウィレイを好きというなら、御配となることも不可能ではないわ」
ベルーラは、ワインを飲んで口を湿した。
「だって、四季の御方は、御配を選ぶ権利をもっているのですもの。そしてそれは、如何なる者にも止められないことになっているのだから」
「……そうだな」
リュークが言った。
「私が申すのも何ですが、彼は、それを望みますでしょうか?」
「ここまで来たのだ。……どうやってかはわからぬが。よほどの思いがなくば、記憶操作から免れるなんてことはできまい」
「ここで生きる覚悟があるかを、まず訊きましょう。本気であるなら、御配となるための力をつけてもらわねばなりません」
「そうだな」
「そうですね」
オウトゥクスは、グラスを置いた。
「……にしても、久々に娘と暮らせるというのに、まさか男ができたとは」
「旦那様」
「わかっている。わかっているんだ。でも……」
ベルーラが笑った。
「鬼の侯爵も形無しね」
「フン!父親なんぞ、どこの奴もそんなものだ」
「フフフ」
「笑うな!」
リュークは、「お早いお休みを」と言って、辞した。
「さて、何から始めるかな」
「そうね……うちの術師様方にお手伝いいただこうかしら。あとは、子どもたちがお世話になった先生方にも」
「そうだな。……どこまでできるか、見ものだな」
「あらあら、舅のいじめが早くも始まるのね」
「い、いじめる気は……」
「ないとは言わせませんよ。娘ラブの人なのに」
「フン!もう寝る!」
オウトゥクスは、布団を被った。
「男親って、面倒ねぇ……」
ベルーラはもう一杯、ワインを注いだ。




