邂逅
夜の種まきにも、だいぶ慣れてきた。
今では、籠も十個に増えている。それでも、あまり遅くならずに戻れるようになっていた。
「今日の分も、これで終わりね」
そういうと、一際大きな反動をつけて種を蒔いた。
種はいつもと同じようにキラキラ月を反射しながら、下に広がる闇へと消えていった。
籠を重ねると、背もたれに寄りかかった。
(そろそろ夏も本番ね)
夜の馬車でも昼の暑さの名残が感じられる。
術をかけて、冷やそうかな……そうぼんやりと考えていたときだった。
星の道の少し先のところに、何かがいる。
「!」
それは、人の形に見えた。
馬車の速度を下げて、そろそろと近づいてみた。
「まさか……」
そこには、Tシャツにハーフパンツ姿の洋樹が座っていた。
「洋樹先生!なぜここに??」
馬車を止めると、ウィレイはそばまで近づいていった。
洋樹は、虚な目でウィレイを見た。
「貴女は……どなたですか。ここは……」
……そうでした。私の姿は、下つ国のときとは違う。本来の姿に戻っているのだから。
「あの……舞です……わかりますか……?」
「ま……い先生?」
「はい」
洋樹は首を振った。
「いや、舞先生は、貴女のような若い方ではないです」
「そこ??」
「はい……え?」
洋樹は顔を上げ、しげしげとウィレイを見た。
「目……の感じは、似ています。でも、髪の色が違う。体の細さも似ていますが、……舞先生はもう少し小さかった」
「そうね。小柄な人に化けていたから」
「それに、貴女より胸の大きさも控えめでした」
おいコラ。
「あんたって人は、見知らぬ女性に言う言葉じゃないよね、それ!」
ウィレイは、胸ぐらを掴んで言った。
「な、何するんですか…………?この感じ、舞先生のようだ」
「だーかーらー!本人だと言ってるでしょう?!」
「いや、言ってはいません。私の問いを肯定はしましたが」
「キーッ!!ホントにこの男は!」
洋樹は、目を見開いた。
「この物言い、この返し。本当に、本当に、舞先生ですか??」
「ええい、何度言えばわかる!」
ウィレイは、姿を舞に変えた。
「ほら!これならいいでしょ?実物でしょう!」
腕を組むと、ふんぞり返ってドヤ顔で言った。
「舞先生……!」
洋樹は舞となったウィレイを、抱きしめた。
「ちょ……ちょっと!何するのよ!」
「やっと……やっと見つけた……!」
「ずっと、ずっと探していたんです。誰に聞いても、そんな人は知らないと言われて」
抱きしめたまま、そう言った。
ウィレイは、背中をポンポンと優しく叩いた。
「そうね、皆の記憶を消したのだから。貴方はなぜ私を覚えているの?むしろこっちが聞きたいわ」
洋樹は、首を傾げた。
「忘れるもんかと思っていたからじゃないですか」
「私という存在自体が『存在しなかった』ことにしていたはずなんだけど」
「それくらいで簡単に忘れられるようなもんじゃありません」
「いやいやいや」
ウィレイは、元の姿に戻った。
「ほら、ご覧なさい。これが本来の私。貴方が見ていたのは、仮の姿なのよ」
洋樹は、ウィレイをじっと見た。
「姿なんて、どうでもいいです。貴女が貴女ならばそれで」
……突っ込みどころが多すぎて、どうしてよいかわからない。
とりあえず、大きな疑問が一つある。
「あの、ここまで、どうやってきたの?」
とりあえずの疑問をぶつけてみた。
「自分でもわかりません」
「……さよか」
洋樹は視線を一点に定めると、何かを思い出そうとした。
「……月を、見ていたんです。そのうち、貴女に会いたくてたまらなくなりました。……気がついたら、ここに座っていたんです」
「そっか……」
どういう論理かわからない。わからないが、彼がここにいるのは、事実だ。
「ハッ!!大変!!」
「どうしましたか?」
「ねえ、何にしても、ここに来てしまった以上は、あちらの世界から貴方が消えている状態なのよ」
「まぁ、そうですね」
「それは、まずいわ」
「確かに」
「……全然まずそうに聞こえないのだけど」
「まずいとは思いますが、それをどうすればいいのかがわからないので。慌てたくても慌てようがありません」
「もう!何でこんなときまで冷静なのよ、全く!」
「人格者ですから」
「キーッ!!」
「猿の真似ですか」
「ホントに腹立つ!!」
ウィレイはポカポカとグーで叩いた。
「痛いですよ」
フンッと鼻から息を出すと、ウィレイは馬車の扉についているボックスから掌二枚ほどの箱を取り出した。
「髪の毛を三本ちょうだい」
「何でですか」
「貴方のコピーを作って、下つ国に送るためよ」
「コピー?」
「そう。コピーを。だって、突然消えたら、周りの人たちが悲しむでしょう?」
「そうですね、確かに」
うんうんと頷いている。何が言いたいんだ。
「わかりました。抜きます」
イテッと言いながら三本髪を抜くと、ウィレイに渡した。
ウィレイは、箱から人の形をした透明なものを取り出した。それは縦に二つに分かれていた。中から何やら粘土のようなものを取り出すと、それに髪の毛を入れて形を整え、また透明な容器に入れて閉じた。
ウィレイは自分の髪の毛を一本抜くと、その透明なものに巻きつけた。
急ぎではあるが、丁寧にやらないといけない。
術式を組み立てると、掌の上に透明な術具を置いた。
精神を集中させると、手から淡い光が漂い始めた。光は次第に明るさを増し、人形を包み込んだ。
人形は、じわじわと大きさを増してきた。ぼんやりとしていた顔が、はっきりと輪郭を成してきた。間もなくそれは、洋樹の顔となった。手足も伸びてきたかと思ったら、着ている服まで全く同じ「洋樹」が出来上がった。
ウィレイは、ふぅと息をついた。
とりあえずは、できた……かな。
洋樹は、自分が出来上がっていくのをじっと見つめていた。
何てことだ、これは"俺"じゃないか。
何から何までそっくりな"俺"。
これを、元の世界にどうやって送るんだ?
ウィレイは右手に嵌めていた指輪に、キスをした。するとそこから、しゅるんと煙が上がった。煙はやがて、人の形をとった。
「マーロン様」
ウィレイは呼びかけた。
「マーロン様」
「何か用か、弟子よ」
「すみませんが、お力をお貸しください」
マーロンは、眉を顰めた。
「お前……帰ってくるなりそれか。全く。……よかろう。どうすればよいのだ?」
「はい。では、このコピーを下つ国に送りたいのです」
「送れ、と」
「はい」
「ホントに人使いの荒いこと。……では、術式を組み立てるぞ。しばし待て」
「はい。お願いします」
「何か条件はあるのか?」
「いいえ、特には」
「よし」
マーロンは、美しい陣を敷いた。
その上に、術式に沿って、術を展開した。
「もう少しだぞ」
ウィレイは、頷いた。
陣はだんだんと小さくなって、洋樹のコピーに張り付いた。と、今度は、全身に広がり始めた。
広がりきった陣は、染み込むように中へと消えていった。すると、今度はコピーの体全体から、光が発せられ始めた。
光は一瞬眩しいほどに輝いたあと、薄れてきた。
それと同時に、コピーの体も薄れてきたのである。
気がついたときには、コピーは消えていた。
「ふむ、無事に着いたようだな」
マーロンが言った。
「ありがとうございます」
ウィレイは御礼を述べた。
「あとはよいな」
マーロンは、帰ろうとした。
「師匠、もう一つお願いがあります!」
「何だ?」
さすがのウィレイも、言いづらかったが、言わねばならなかった。
「私にくださった指輪と同じものを、この人にもいただけませんか……いえ、ください!」
そういうと、ウィレイは膝をついて頭を下げた。
「うぅむ…………」
マーロンは、しばし悩んだように目を閉じて腕を組んでいた。それから、意を決したように言った。
「よかろう」
「ありがとうございます!」
「ただし」
「へ?ただし?」
「うむ。その男は、お前にとって、どのような存在なのかをはっきりと言え」
「えっ……」
「言えぬなら、渡さぬ」
「そんな……」
マーロンは、真顔であった。
「これは、使い用によってはいろいろ問題が出てくるものだ。それを、単なる知り合いのような……しかもこの男、下つ国の者であろう?そんな者に簡単には渡すことはできない。お前にとってどういう存在なのかがはっきりしていれば、その関係に見合ったものを作ってやろう」
「……わかりました。この人は……」
何と答えるのが正解なのか。
恋人?……ではない。まだ。でも、気持ちは通じあっている。どうしよう…………
それまで無言だった洋樹が、口を開いた。
「恋人です」
マーロンは。目をぱちくりと開いた。
「へ??」
ウィレイもまた、驚いた。
「へ??」
「いや、何で貴女まで驚いてるんですか?」
「えぇと……すみません」
とりあえず、謝ってみた。
洋樹は両手を広げながら、さらに重ねて言った。
「私はここまで追ってきた。貴女は受け入れた。恋人でしょうがそれは」
「……はい、そうです」
そうか。そうだよな。
よくわからないが、そう言われればそうだ。
「恋人……です」
ウィレイは、顔を赤らめながら言った。
マーロンはそんなウィレイを見て、また目をぱちくりとした。
それから、大きな声で笑い出した。
「ハッハッハ!!こいつはいい!!ウィレイが恋人を連れて帰って来たのか!!これはおもしろい!!」
しばらく笑った後、マーロンは言った。
「よかろう。指輪をやろう」
両手で球を作ると、そこに魔力を込めた。
すると、だんだん光が増してきた。光はやがて小さくなると、強烈な光を一瞬放ち、消えた。
マーロンの手の中には、指輪が生まれていたのである。
「大切に使えよ」
「ありがとうございます」
洋樹は受け取ると、ウィレイと同じように右手の指にそれをつけた。
「では、またな」
「「ありがとうございます」」
マーロンは、帰っていった。
「では、行きましょうか。私の家に」
二人が馬車に乗り込むと、馬車は緩やかに動き出した。




