星の道
帰って来た次の日から、ウィレイは夜の種まきを開始した。春まだ浅いとはいえ、春であることに違いはない。春から夏にかけ、なるべく多くの土地に実りの"種"を蒔かねばならないのだ。
(さあ、出かけよう)
夜の種まき用のドレスを纏うと、ぐっと大人っぽく見える。襟ぐりが大きく開いた、シンプルなラインのドレスであるが、裾にかけて星空の模様があしらわれており、とても美しい。袖は七分丈であるが、レースで作られている。これまた濃紺の星空のようで、美しいのである。
「素敵」
思わず呟いた。
種を入れたカゴを乗せると、屋根のない馬車は動き始めた。引くのは、天馬である。ゆっくりとした速度で、星の道へと上り始める。
(さて、始めますか)
手に種をとると、外に向けてサーッとふり蒔いた。種は手を離れ、キラキラ月明かりに照らされながら、道の下方へ吸い込まれていく。
今夜の籠の数は、全部で六つ。
全て蒔いたら、今夜の分はおしまいとなる。
右に左と蒔き、一つ目の籠が終わった。
二つ目の籠に手を入れる。そして、蒔く。
何回もその作業を繰り返し、ようやく六つの籠が空になった。
(終わりね)
ウィレイはため息を一つつくと、空になった籠を重ねて、座席に座った。
あとは、家に戻るだけである。
「明日はもう少し増やしてみようかしら」
ふと感じたことを、声に出してみた。
天馬が、同調するかのように、首につけた鈴をシャランと鳴らした。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさいませ」
カルラが出迎えてくれた。
「お疲れ様でした、お嬢様」
「ありがとう。お風呂に入って早く休みたいわ」
「準備はできております」
部屋に戻り、就寝用のドレスを持つと、お風呂場に向かった。
お風呂場は、暖かい湯気で満ちていた。
体を洗って、大きな浴槽に浸かった。
下つ国では、入浴剤というものを使っていたが、こちらでもさまざまな薬草やハーブをブレンドした入浴用のパックがある。薬草の香りと花のような香りがして、とてもリラックスできるものだ。
「ふぅ」
ゆっくり浸かりながら、天井を仰いだ。
(下つ国の皆さん、どうしているかな……)
記憶は消えているから、私のことなど覚えてはいまい。寂しい気はするが、仕方ない。
(……そうね、そもそも記憶を消したのよね)
そっと目を閉じた。
毎日が、戦場のようだった。
生徒は好き勝手、保護者はクレームの嵐。
もう、教師なぞやることはないが、それにしてもキツい仕事だったわ……
しみじみ、思い返していた。
お風呂から上がると、カルラがレモン水を用意してくれていた。
「ありがとう」
ゆっくり飲み干すと、寝る準備をしてベッドに入った。
目を閉じると、また下つ国の日々が浮かんできた。
(馬鹿ね、私。何を思い残したというのかしら)
……わかってはいた。でも、まさかこんなに心残りであったなんて。
「いっときの感情よ。私は『秋の御方』。やるべきことが、担うべきことがある」
そう、自分に言い聞かせて、毛布を頭まで被った。
柔らかな毛布が、優しく包んでくれた。




