因果は巡る
目を開けると、目の前には夜の海が広がっていた。
波が静かに浜辺へ寄せては返し、月明かりが水面を淡く照らしている。
「……戻ってきたか。」
浜辺には、椅子がそのまま置かれていた。
悠真はその椅子に腰を下ろすと、しばらく何もせず、ぼんやりと夜の海を見つめていた。
静かな波の音だけが耳に届く。
やがて――。
「悠真さん。悠真さん。起きて下さ〜い。」
「……ん?」
聞き慣れた声に、悠真はゆっくりと目を開けた。
目の前には、フィルが立っている。
空はすでに明るくなっていた。
(……寝てたのか。)
どうやら椅子に座ったまま、そのまま眠ってしまったらしい。
「おはよう。フィル。」
「おはようございます〜。……って、いつ戻ってきたんですか〜?」
「ん〜。夜中?」
「そのまま寝てしまったんですか〜?」
「そうみたい。」
フィルは少し心配そうに悠真の顔を覗き込む。
「大丈夫なんですか〜?」
「大丈夫だよ。」
そんな話をしていると、ツバキとゼノンも起きてきた。
「おう、悠真。おはよう。」
「悠真さん、おかえりなさい。」
「おはようございます。そして、ただいま。」
悠真は二人に答えながら周囲を見回した。
「……? リシェルたちは?」
「悠真さんが戻るまでに二日経ったんですが、リシェルさんたちは昨日、王都から派遣された騎士団の人たちに呼ばれて、先に王都へ戻ってしまいました〜。」
「そうなんだ。」
「リシェルさんから、『すまないが先に行ってる』って言われました〜。」
「そうか。騎士団隊長が、そんなにのんびりしていられないか。」
悠真は納得するように頷いた。
「フィルたちは何してたの?」
「村の人たちに頼まれて、魔物を狩ったり、漁のお手伝いをしてましたよ〜。」
フィルは楽しそうに笑う。
「また、小さいですけどグランガヴラスを食べたりしてました〜。ふふ、美味しかったですよ〜。」
「そうなんだね。」
悠真も小さく笑った。
「待たせてごめんね。それなら、僕たちも出発の準備をしちゃいましょう。」
野営の片付けを済ませ、悠真たちは出発の準備を進めていた。
荷物をまとめ、馬車へ積み込んでいると、何人かの村人たちが村長を連れてやってきた。
「皆さん、いろいろとありがとうございました。」
村長が悠真たちへ深く頭を下げる。
「この村での特産品もできましたし、魔物の討伐にも困っていたので、本当に助かりました。」
フィルが笑顔で答える。
「大丈夫です。困っていたら助け合うのは当然のことです〜。」
「ふふ、そうね。」
ツバキも穏やかに微笑む。
「おう。こっちこそ、いろいろ世話になったな。」
ゼノンがそう言うと、村長は村人たちへ目配せした。
「こちらは少ないですが、持っていってください。」
村人たちから渡されたのは、この村で採れたさまざまな食材だった。
次々と渡される食材を受け取りながら、悠真は少し驚いた顔をする。
「こんなに? ありがとうございます。」
受け取った食材を積み込み、出発の準備を終える。
「それでは、また。」
「はい。グランガヴラスを食べに来ますね〜。」
「ありがとう〜!」
「またな〜!」
村人たちの声に見送られながら、悠真たちは馬車へ乗り込んだ。
そして、中継都市へ向けて馬車を走らせた。
しばらく海岸沿いを進んでいた馬車は、やがて広い草原へと出た。
穏やかな風が草を揺らし、馬車はのんびりと草原を進んでいく。
「今日は平和ですね〜。」
手綱を握るフィルが、御者台から景色を眺めながら、のんびりとした声を上げる
「そうですね。たまには、こういう日もいいですね。」
ツバキも穏やかに微笑んだ。
そのまま何事もなく進み続け、日が傾き始めた頃、一行は川辺へとたどり着いた。
悠真は周囲を見渡す。
「今日はこの辺で野営しましょう。」
「はいです〜。」
馬車を止め、悠真は積まれていた道具へ目を向けた。
「ゼノンさんも、道具の手入れありがとうございました。」
「な〜に。馬車に乗ってても暇だからな〜。何かしてた方がいいってもんよ〜。」
ゼノンはそう言って笑った。
「ツバキさんとゼノンさんは、野営の準備をお願いしていいですか? 僕とフィルは夕飯用に魚を釣ってきます。」
「ええ。いいわよ。」
するとフィルが、楽しそうに悠真を見る。
「悠真さん。なら、どっちがたくさん釣れるか勝負ですよ〜。」
「よし。負けないよ。」
四人はそれぞれ分かれ、準備を始めた。
悠真とフィルは川辺へ向かうと、悠真は《アイテムBOX》から二本の釣竿を取り出した。
「悠真さん。それは?」
「ん? 向こうから持ってきた釣竿だよ。使い方を教えるから、やってみて。」
「はいです〜。」
悠真に教えてもらいながら、フィルはさっそく釣りを始めた。
しばらくすると――。
「すごいです〜! この釣竿だと、すごい釣れます〜!」
フィルの横には、すでに何匹もの魚が並んでいた。
対する悠真の横には――。
「あれあれ〜? 悠真さんはどうしたんですか〜? 慣れてるんですよね〜?」
「……今日は調子が悪いのかな。」
「ふふ〜ん。そうですか〜。調子がね〜。」
「……。」
悠真は無言で釣竿を置いた。
そして立ち上がると、そのまま川のすぐそばまで歩いていく。
「悠真さん。何してるんですか〜?」
悠真は答えない。
ゆっくりと腕を振り上げ、小さな声で呟いた。
「《サンダーエンチャント》」
バチッ――!
悠真の腕に稲妻が走る。
「《ライジングインパクト》!」
そのまま川へ向かって拳を振り下ろした。
次の瞬間――。
バチバチバチッ!
振り下ろされた拳から放たれた稲妻が、水面を一気に駆け抜ける。
しばらくすると、痺れた川魚が次々と水面へ浮かび上がってきた。
「あー! ズルいです〜!」
フィルが声を上げる。
「ふふ〜ん。魚を取れれば一緒だもんね。」
「なら、その浮いた魚も私が取ります〜!」
「え?」
「《グラビティ》!」
水面に浮かんでいた魚が、ふわりと宙へ浮き上がる。
さらにフィルが杖を向けた。
「《ウィンドウォール》!」
巻き起こった風が川面を巻き上げた。
「な! ちょっと!?」
宙に浮いた魚と一緒に、大量の川の水が悠真めがけて押し寄せる。
バシャーン!
「…………。」
頭から川の水をかぶった悠真は、その場でびしょ濡れになっていた。
「あははは。悠真さ〜ん。大丈夫ですか〜?」
「……。」
「ズルした悠真さんが悪いんです〜。」
フィルは楽しそうに笑っている。
すると、少し離れたところから声が聞こえてきた。
「悠真さん。フィル。いつまで遊んでるんですか?」
振り返ると、ツバキが呆れた顔で二人を見ていた。
「は〜い。すみませ〜ん。でも、この通り大漁です〜。」
フィルが宙に浮いた魚を指差す。
悠真は全身から水を滴らせながら、小さく呟いた。
「……着替えてきます。」
その日の悠真たちの野営は、いつにも増して賑やかだった。




