増える約束
翌朝。
まだ薄暗さの残る海辺に、静かな波の音が響いていた。
村の近くの浜辺で野営をしていた悠真たちは、まだ眠りについている。
少し早く目を覚ました悠真は、一人テントを抜け出し、浜辺に置かれていた椅子に座った。
水平線の向こうは、少しずつ明るくなり始めている。
悠真は椅子に身体を預けながら、朝日が昇るのを静かに待っていた。
すると、後ろから砂を踏む音が聞こえてくる。
「悠真。おはようございます。」
聞き慣れた声に、悠真が振り返った。
「リシェル? おはよう。」
リシェルは悠真の隣に置かれていた椅子へ腰を下ろす。
悠真は再び海へ視線を戻した。
「いい朝だね。」
「ええ。早いのね。」
「なんか、目が覚めちゃって。」
「ふふ、私も。」
二人の前では、水平線がゆっくりと朝の色へ変わっていく。
「昨日のカニパーティーは楽しかったね。」
「うん。初めて食べたけど、本当に美味しかった。」
リシェルは昨日の宴を思い出すように微笑んだ。
「悠真に出会って、いろんな初めてを知っていくね。」
「僕だって、知らないことばかりだから、すべてが新鮮な感じだよ。」
「ふふ。」
しばらく海を眺めていた悠真は、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、リシェルも僕が夢渡りってことを知っていたよね。」
「ええ。私も幼い時に聞いたことがあって。」
「それって、リシェルも七英雄の子孫かもしれないってことかな〜。」
「それは、わからないわ。」
リシェルは少し考えてから続けた。
「戻ってみたら、いろいろ調べてみるつもり。」
「そうか。」
それから二人は言葉を交わすことなく、水平線を見つめていた。
やがて、海の向こうから朝日がゆっくりと姿を現す。
その光が海面を照らし始めた――その時だった。
(ゴーン。)
「え?」
頭の中に聞こえた鐘の音に、悠真が顔を上げる。
「何?」
リシェルが不思議そうに悠真を見る。
悠真の身体が、淡い光に包まれ始めていた。
「ごめん。そろそろ向こうに帰る時間みたいだ。みんなに伝えてくれる?」
「わかったわ。」
リシェルはそう答えると、光に包まれていく悠真を見つめる。
そして、少し恥ずかしそうに――
「……いってらっしゃい。」
悠真は一瞬だけ目を見開き、微笑んだ。
「うん。いってきます。」
光がさらに強くなる。
朝日に照らされた浜辺で、悠真の姿は次第に光へ溶けるように消えていった。
◇◇◇
悠真が目を開けると、そこには見慣れた天井があった。
「……戻ってきたのか。」
身体を起こし、自分の部屋を見回す。
夢世界では一週間を過ごしていた。
そのせいか、見慣れているはずの自分の部屋なのに、どこか久しぶりに感じる。
少し戸惑いながらもベッドから降りると、悠真はいつものように朝の支度を始めた。
テレビをつけると、ニュース番組が流れていた。
『――現在、各地で原因不明の異常が相次いで確認されています』
「異常……?」
悠真は支度をする手を止め、テレビへ視線を向ける。
詳しい原因はまだ分かっていないらしく、ニュースでは各地で異常な出来事が起きていることを伝えていた。
(あの歪みと、何か関係があるのだろうか……。)
しばらくテレビを見つめていた悠真だったが、やがて時計を確認する。
「そろそろ行かないと。」
テレビを消し、仕事へ行く準備を整える。
そして家を出ると、いつもの職場へと向かった。
職場へ到着した悠真は、いつものように朝のミーティングを終えた。
それぞれが仕事へ向かおうとしていると、蓮が声をかけてくる。
「おはよう、悠真。」
「蓮、おはよう。」
「ニュース見たか? なんか、あちこちで異常なことが起きてるみたいだけど、このあいだの飛行機もそうなのかな〜。」
「どうかな。僕にはわからないな。」
そう答えながら、悠真は先日の出来事を思い出していた。
(あの、飛行機でワイバーンに襲われた時のことだよな〜。)
それを蓮に話すわけにもいかず、悠真は誤魔化すように返事をした。
「そうだよな〜。ま〜気のせいならいいんだけど、結局、無事だったしな。」
「そうだよ。よし、今日も一日頑張ろ。」
「おう。」
そう言って、二人はそれぞれの部署へ分かれ、仕事についた。
昼休み。
いつもなら蓮も一緒に食事をするところだったが、今日は外回りへ出ていたため、悠真は食堂で美月と二人で昼食をとっていた。
食事をしていると、美月が悠真へ声をかける。
「悠真さん。今度、一緒にアウトドアショップに行きませんか?」
「うん? いいけど、どうしたの?」
「いえ、あの、前回一緒にBBQとかして、今度はキャンプもしてみたいと思いまして。」
「へ〜。みんなで?」
「いえ。ソロでやってみたくて。悠真さんもソロキャンプやってるって聞いたので。」
「お〜。いいね。美月は読書とかも好きみたいだから、キャンプしながら本を読むのもいいね。」
「はい。なので、道具とか教えていただきたいのと、もしよかったら二人でソロキャンプの練習をしてほしいなと思いまして。」
「いいよ。でも、ショップなら陽菜に聞いた方がいいかもしれないよ?」
「いえ、悠真さんに聞きたいのでお願いします。」
「わかった。じゃ〜、次の週末なんかどう?」
「はい。大丈夫です。」
「うん。じゃ〜、週末に。」
「ありがとうございます。」
昼休みが終わると、美月は設計事務所へ戻っていった。
その後ろ姿を見送りながら、悠真は首を傾げる。
(女の子同士でも、聞きづらいこととかあるんだな。)
悠真も組立工場へ戻り、午後の仕事を始めた。
午後も特に問題はなく、むしろいつも以上に効率よく仕事が進んでいく。
(やっぱり、いろんなスキルがあると仕事も捗るな。)
やがて一日の仕事を無事に終え、悠真は帰路についた。
その途中、ふと思い出す。
(そうだ。いろいろ切らしてたから、ドラッグストアとスーパーに寄っていこう。)
夢世界では、明日から再び旅が始まる。
(いろんなおつまみとお菓子を買っていけば、みんな喜ぶしな。)
悠真は途中で店へ立ち寄り、必要な物を買い揃えてから家へ帰った。
買ってきた物を整理し、夢世界へ持っていく物の準備を整えていく。
(よし、旅の準備はこんなところかな。)
支度を終えた悠真は、テレビを見ながらゆっくりと過ごしていた。
その時だった。
《気配察知》に、突然反応が現れた。
「……?」
悠真が身体を起こす。
直後――スマートフォンから警報音が鳴り響いた。
テレビの画面も切り替わり、緊急速報が流れ始める。
少し離れた場所で、地震が発生したらしい。
揺れそのものは、それほど大きなものではなかった。
だが、悠真が気になったのは地震ではない。
(今まで、地震で《気配察知》が反応することなんてなかった……。)
悠真は《気配察知》へ意識を集中させる。
しかし――
先ほどまで感じていた反応は、すでに消えていた。
(また、歪みだったのか……。)
テレビでは地震についての情報が流れ続けている。
悠真はしばらく考えていたが、やがて小さく息を吐いた。
(うん。考えたってしょうがない。寝るとしよう。)
夢世界では、明日からまた旅の続きが待っている。
悠真は旅の続きを思いながらベッドへ入り、ゆっくりと目を閉じた。




