カニパーティー
フィルは氷の上に倒れているグランガヴラスへ杖を向けた。
「《グラビティ》〜。」
重力魔法によって、五メートルもある巨体がふわりと軽くなる。
続けて風魔法を使い、グランガヴラスの身体をゆっくりと浮かせると、そのまま海辺まで運んでいった。
砂浜へ下ろされた巨大なグランガヴラスを見上げながら、フィルが首を傾げる。
「悠真さん、これ、ほんとに食べられるんですか〜?」
「ああ。僕の国ではカニって言って、めちゃくちゃ美味いから。」
悠真は巨大な甲羅を眺めたあと、ツバキへ振り返る。
「ツバキさん。錬成で、このサイズが入るくらいの鍋は作れますか?」
「ええ。」
ツバキは足元の砂へ視線を落とす。
「浜の砂を使って、《物質の昇華》で強化すれば大丈夫だと思うわ。」
「じゃあ、お願いします。僕は燃やす物を集めてきます。」
すると、ミリアがすぐに手を挙げた。
「自分も手伝います。」
「ありがとう。」
悠真とミリアが辺りを見回していると、先ほどまで少し離れた場所にいた獣人たちも、巨大なグランガヴラスの周りへ集まり始めた。
「おい……ほんとに食べるのか?」
「はい。」
悠真は当然のように答える。
「みなさんもどうですか?」
獣人たちは顔を見合わせる。
今まで捨てていた魔物を食べると言われても、すぐには想像できないようだった。
だが、一人の獣人が笑いながら前へ出る。
「なら、俺たちも手伝うよ。」
「おう。漁にも出られるようにしてもらったしな。」
「ありがとうございます。」
こうして悠真たちは獣人たちと一緒に、海辺に流れ着いた木や、燃やせそうな枝を集め始めた。
「よし、このくらいかな。」
集めた木や枝を確認した悠真は、ツバキへ振り返る。
「釜もお願いします。」
「はい。」
ツバキは浜辺の砂へ手を触れた。
《古代錬成》――《物質の昇華》。
砂が形を変えながら強度を増し、やがて巨大な鍋を乗せられるほどの大きな釜へと姿を変えていく。
その間に、悠真たちは集めた木や枝を釜の中へ並べていった。
準備が整うと、悠真はフィルを呼ぶ。
「フィル、お願い。」
「はいです〜。」
フィルは《グラビティ》でグランガヴラスの入った巨大な鍋を軽くすると、風魔法を使ってゆっくりと持ち上げ、釜の上へと乗せた。
「フィル、海水を鍋に入れてくれるか?」
「水じゃないんですね〜。」
「うん。海水の方が一段と美味しくなるぞ〜。」
「分かりましたです〜。」
フィルが魔法で海水を鍋へ入れていく。
十分な量が入ったところで、悠真は釜に火をつけた。
巨大な鍋の下で炎が燃え上がる。
フィルは鍋を見上げた。
「これだけ大きいと、煮えるまで時間がかかりますね〜。」
「その間に、野営の準備をしてしまおう。」
悠真は《アイテムBOX》から二つのテントを取り出し、砂浜に設営を始めた。
その様子を見ていたミリアが、不思議そうに首を傾げる。
「なんですか、これは〜?」
「ミリアちゃん、私が教えてあげますよ〜。」
フィルは得意げにそう言うと、ミリアと一緒にもう一つのテントを設営し始めた。
一方、リシェルは悠真が取り出した別の道具に興味を示していた。
「悠真。テントは知っているが、こっちの簡易ベッドは初めて見たぞ。」
「ああ。これで硬い地面とはおさらばだよ。」
「それはいいな。」
リシェルは感心したように簡易ベッドを眺める。
しばらくすると、ツバキが巨大な鍋の様子を確認した。
「悠真さん、そろそろグランガヴラスが煮えそうですよ。」
「分かりました。」
鍋の周りには、いつの間にか村人たちも集まっていた。
フィルが巨大なグランガヴラスを覗き込みながら尋ねる。
「どうやって食べるんですか〜?」
「甲羅は硬いけど、ここの関節から逆に折ると――」
悠真は巨大な足を関節から折った。
甲羅が外れ、中から白い身が姿を現す。
「ほら。」
「中身はこうなっているのか〜。」
リシェルが目を輝かせながら覗き込んでいる。
ツバキも巨大な身を見ながら尋ねた。
「大きいから、切り分けましょうか?」
「いや、できればそのままかぶりついてみてください。」
「そのままですか〜?」
フィルは取り出された身を恐る恐る口へ運び――小さくかぶりついた。
「んーーー!」
その瞬間、フィルの表情が変わる。
そして二口、三口と続けてかぶりついていく。
その姿を見ていたリシェルが、すぐに身へ手を伸ばした。
「わ、わたしも!」
「自分も食べます!」
ミリアも続く。
さらに、それまで遠巻きに見ていた獣人たちも、悠真たちの食べ方を真似しながらグランガヴラスの身へかぶりついた。
「んーーー! 美味い!」
「こんなに美味かったのか〜!」
「今まで捨ててたのがもったいなかったな〜。」
「でも、あまり大きくなるとな〜。」
すると、隣にいた獣人が笑う。
「そこはギルドに頼むってのがあるだろ〜。」
「そうだな!」
盛り上がる獣人たちを見ながら、悠真が声をかける。
「それと、小さくても、この煮込んだ汁は使えますよ。」
「汁を?」
悠真はグランガヴラスを煮込んだ汁を別の鍋へ移すと、《アイテムBOX》からガスコンロを取り出した。
そこへご飯を入れ、火にかけて煮込んでいく。
カニの旨味をたっぷりと含んだ汁を米が吸い込み、辺りに再び食欲を誘う香りが広がった。
「これを食べてみてください。僕の国では、シメの雑炊っていいます。」
出来上がった雑炊を受け取った獣人が、一口食べる。
「これは、めちゃくちゃ美味いな!」
「米はここで作ってるから、ちょうどいいな!」
別の獣人が声を上げる。
「村長〜! これは、この村の特産になりますよ〜!」
「うん。他にも広めていこう。」
そんな話を聞いていたフィルが、悠真のところへ器を持ってやってくる。
「悠真さん、わたしも食べたいです〜。」
「わたしも、もらっていいか?」
リシェルも器を差し出す。
「うん。どんどん作るから、みんなで食べよう。」
悠真は笑いながら、二人の器に熱々の雑炊をよそった。
やがて日が傾き、海は夕日に染まり始めた。
巨大な鍋を囲む笑い声は、日が沈んでからも途切れることはなかった。
魔物の討伐から始まった一日は、いつの間にか村人たちを巻き込んだ賑やかな宴へと変わっていた。
波の音と笑い声が響く中、悠真たちの旅の一日目はゆっくりと夜を迎えた。




