魔術師
悠真たちは階段を下り、十階層へと辿り着いた。
静まり返った部屋の中央には、小さな祠が佇んでいる。
リシェルがそれを見つめながら口を開いた。
「ここが十階層……そして、あれが祠か?」
「そう。フィル、また古文書の確認をお願い」
「わかりました〜」
フィルは祠へと歩み寄り、残されていた古文書を慎重に確認していく。
しかし、長い年月による腐食は避けられなかったらしい。
「やっぱり、これもあまり読めるところはありませんね〜」
傷んだ古文書を一枚ずつ確認していたフィルの手が止まる。
「あっ。でも、古代種のことが少し読めそうです」
悠真たちはフィルの周りへ集まり、その言葉を待った。
「……ほとんど、風の神龍から聞いたことが書いてありますね。でも――」
フィルの表情が少しだけ変わる。
「古代種が目覚める時、邪悪なエネルギーによって天変地異が起こるって書いてありますよ」
「それなら、封印が解けるのもしばらくは大丈夫そうね」
ツバキの言葉に、悠真は顔を上げた。
「本当ですか?」
「ええ」
その答えを聞いても、悠真の表情から不安は消えなかった。
「悠真、大丈夫か?」
リシェルが心配そうに悠真の顔を覗き込む。
「……うん。でも、なんだか落ち着かなくて」
その時、悠真は昨日のガーディアン戦で得たスキルを思い出した。
「《リフレッシュ》!」
次の瞬間、悠真の身体が淡い光に包まれる。
「なんだ!?」
「悠真さん、それはいったい?」
驚く二人に、悠真は自分の胸へ手を当てながら答えた。
「うん。《リフレッシュ》っていうスキル。なんか……落ち着いてきたよ」
「それなら、いいが……」
リシェルがほっとしたように息を吐く。
「まったく、悠真さんは不思議さんです!」
「ふふ、悠真さんらしいわね」
微笑んだツバキは、再び古文書へ視線を向けた。
「今回は、霊薬のことは書かれていなかった?」
「はいです〜。その辺は何も確認できませんでした〜」
「そう。でも、まだ残り四つの神殿があるし、気長にいきましょ」
その時、黙って話を聞いていたゼノンが口を開いた。
「そろそろ行くか?」
悠真は思わず笑う。
「ゼノンさんは、もう飲みたくなったんですか?」
「あたりまえだ。さっき《炎神武装》を使って、喉も渇いてきたからな」
「はは。そうですね。では、ソレイアに戻りますか」
「わかった」
「はいです〜」
「ええ」
「よし」
それぞれが頷く。
こうして悠真たちは祠を後にし、一階層の入口を目指して歩き始めた。
◇◇◇
九階層まで戻ってきた悠真たちは、龍核兵たちを小型化すると、そのまま一階層を目指して階段を上り始めた。
「なんで、毎回こんなに階段を登ったり降りたりしなきゃなんですかね〜」
長く続く階段を見上げながら、フィルが不満そうに声を漏らす。
「まあ、それも試練の一つだということかしらね」
「そんな〜」
肩を落としたフィルだったが、不意に何かを思いついたように顔を上げた。
「あ! そうだ。少し試してもいいですか?」
フィルが悠真へ振り返った。
「どうした?」
「わたし、《古代魔術》ともう一つ、《無属性魔法》も授かったんです〜」
「無属性魔法?」
「はいです〜。とりあえず理解したのは、《グラビティ》と《ディメンションムーブ》って魔法です〜」
悠真は首を傾げる。
「それは、どんな魔法?」
「そうですね〜。例えば――」
フィルは階段の上へ視線を向ける。
その頂上を確認した――次の瞬間。
フィルの姿が消えた。
「うわ!?」
「え?」
リシェルとミリアが同時に声を上げる。
「なんと!?」
ゼノンまで目を見開いた。
「これは、すごいわね」
ツバキが見上げた先。
そこには、つい先ほどまで悠真たちの隣にいたはずのフィルが立っていた。
「こんな感じで、一瞬で移動できるみたいです〜!」
階段の頂上から、フィルが嬉しそうに手を振る。
「はは……古代魔法。ますます凄いね」
「ああ。本当にすごい……」
リシェルも驚きを隠せない。
「フィルちゃん、本当に大魔法使いみたいです」
ミリアの言葉に、フィルは得意げに胸を張った。
「ミリアちゃん。今は大魔法使いじゃなくて、魔術師なんですよ〜」
「でも、フィルのそのいつもの感じだと、あまり魔術師って感じはしないね」
「悠真さんは、またそうやって〜!」
そんなやり取りをしながら、悠真たちはフィルの待つ階段の頂上へと上っていった。
しばらく階段を上っていると、フィルが悠真の隣へ並んだ。
「どうでしたか〜?」
「はいはい、すごかったよ」
「む〜、いいですよ〜」
悠真の反応が気に入らなかったのか、フィルは頬を膨らませる。
「階段を上がるたびに毎回、先に階段の頂上で待ってますからね〜」
「それって、みんなには使えないの?」
悠真が尋ねると、フィルは少し考えてから首を横に振った。
「ん〜。ダメみたいですね〜」
「本当に?」
「本当です〜」
二人のやり取りを聞いていたツバキが、くすりと笑う。
「ふふ。そう言いながら、今は一緒に歩いているじゃない」
「……なんか、わたし一人だけだとズルしたみたいじゃないですか〜」
「フィルも、抜けているのかしっかりしているのか……」
呆れたように呟くリシェルに、フィルが振り返る。
「リシェルさんまで〜」
「はは。ほら、喋りながら歩いてたら、もう少しで入口に着いちゃうよ」
悠真の言葉に、フィルは前方へと目を向ける。
「それなら、神殿の入口に着いたら、みなさんをもっと驚かせますよ〜」
しばらくして、悠真たちはようやく神殿の入口まで辿り着いた。
巨大な蔓の道が、遥か下の地上へと続いている。
悠真は隣にいるフィルへ視線を向けた。
「で? 何を見せてくれるんですか? 魔術師さま」
「も〜、悠真さんは〜」
フィルはそう言うと、静かに目を閉じた。
そのまま意識を集中させるように、しばらく瞑想を続ける。
「……うん。いけます」
フィルが目を開いた。
フィルの周りに風が集まり始め――身体がふわりと地面から離れた。
「え?」
悠真とミリアの声が重なる。
「うそ?」
「おい。浮いとるぞ」
リシェルとゼノンも驚いたようにフィルを見上げる。
フィルの身体は徐々に高度を上げていき、そのまま神殿の上空を自由自在に飛び回り始めた。
「すごい……僕の《空歩》とは全然違う」
悠真の《空歩》は、空中に足場を作って駆けるスキルだ。
だが、今のフィルは違う。
まるで空そのものが道であるかのように、自由に飛び回っている。
「どうですか〜? 悠真さん」
「ああ、すごいよ!」
満足そうなフィルを見上げながら、ツバキが尋ねる。
「どんな魔法を使っているの?」
「これは、風魔法の応用です〜。魔術師になって、加護で魔力が上がったので出来るようになりました〜」
「魔法使いとしては最強だな……」
リシェルは空を飛ぶフィルを見つめる。
「一瞬で移動が出来て、空まで飛べたら、相手は遠距離から攻撃を受けるだけだぞ……」
「それと、もう一つ」
フィルが空中で杖を構えた。
「今からみなさんに《グラビティ》をかけますので、驚かないでくださいね〜」
そのままフィルが《グラビティ》を唱える。
「うわ! 身体が軽くなった」
悠真は、自分の身体の感覚が一気に変化したことに驚いた。
「ええ。なんだか身体がフワッと浮いてしまいそうになるくらい……」
リシェルも不思議そうに自分の身体を確かめている。
「今、みなさんを重力魔法で限りなく軽くしてあります。なので、あとはわたしの風魔法に乗って、神殿の下まで飛んでいってしまいましょ〜」
「え?」
ゼノンとミリアが同時に声を上げた。
「それはいいことね。この蔓を歩いて下らなくていいのね」
ツバキは嬉しそうに巨大な蔓を見下ろす。
「フィル、大丈夫なんだよな?」
リシェルが少し警戒しながら尋ねた。
「はいです〜。しっかりコントロールしますから〜」
そう言って、フィルが杖を振る。
次の瞬間――悠真たちの周りに風が集まり始めた。
その風に包まれるように、悠真たちの身体が一斉に地面から浮き始める。
「お、俺はいいから! 歩いて帰るから!」
「そんなこと言わず、いきますよ〜」
「うわ〜〜〜! おろしてくれ〜〜〜!」
必死に叫ぶゼノンとは対照的に、ミリアは目を輝かせながら周囲を見渡していた。
「フィルちゃん、すごいです! 私たち飛んでますよ!」
「悠真さんとリシェルさんは、この間みたいに抱き抱えて降りていってもかまいませんけど〜?」
「大丈夫だ! そんなことより、しっかり制御してくれ!」
「わかりました〜。それなら、このままソレイアの近くまで飛んでいっちゃいましょ〜」
「俺は、おろしてくれー!」
「はいはい、大丈夫ですよ〜」
「楽できてよかったわ」
ツバキの呑気な声が風の中へ消えていく。
フィルの魔法に乗った悠真たちは、巨大な蔓を遥か下に見ながら空を進んでいく。
その先には、夕日に染まり始めたソレイアの街が見えていた。
悠真たちはその景色を眺めながら、ソレイアへと戻っていった。




