核心
火の龍核兵に押さえ込まれている神龍へ向かって、神炎で形作られた巨大な拳が放たれた。
次の瞬間――
ドゴォォォンッ!!
凄まじい音が九階層に響き渡る。
神炎の拳をまともに受けた神龍の巨体が吹き飛び、そのまま奥の壁へと激突した。
衝撃に大気が震え、辺りに土煙が舞い上がる。
やがて煙が薄れていくと、壁際に倒れた神龍の姿が見えた。
神龍は気を失ったのか、ぴくりとも動かない。
「ゼノンさん、大丈夫なんですか?」
思わず悠真が尋ねる。
ゼノンは何でもないことのように答えた。
「手加減したわい。見た目ほどダメージは受けとらんよ。」
「それなら、よかったですが……。」
悠真は倒れている神龍を見つめながら、苦笑する。
その一方で、リシェルとミリアはあまりの光景に立ちすくんでいた。
「……悠真、どうなってるんだ?」
リシェルが呆然としたまま口を開く。
「古代魔法とは、こんなにすごいものなのか?」
「たぶん……。僕も驚いてるよ? でも、確かにツバキさんの古代錬成も近いものがあるよね。」
悠真がツバキへ視線を向ける。
「ふふ、そうね。」
ツバキは小さく笑った。
その時、後ろからフィルの声が聞こえてきた。
「そろそろ、いいですか?」
「あ、ごめん。フィルは浄化魔法をお願い。」
「はい。とっくに準備出来てましたが、なんかすごい事になっていたので。」
フィルは神龍へ向き直る。
「いきますよ〜!」
そして、両手を神龍へ向けた。
「《サンクチュアリー》!」
倒れている神龍の周囲が、淡い光に包まれていく。
その光は徐々に広がりながら、神龍の巨体を優しく包み込むように輝いていった。
神龍の逆鱗から溢れ出していた邪悪な霧が、少しずつ薄れていく。
《サンクチュアリー》の優しい光に包まれながら、その霧は次第に勢いを失い――やがて、跡形もなく消えていった。
ーーーー
【緊急クエスト達成】
風の神龍を救え!
情報報酬:千年前の真実
ーーーー
(情報報酬……?)
それからしばらくして、神龍を包んでいた光もゆっくりと収まっていく。
静寂が訪れた九階層で、神龍がゆっくりと目を開いた。
そして、その巨体を起こすように立ち上がる。
悠真たちが見守る中、神龍はまっすぐフィルへと視線を向けた。
『ありがとう。あなたたちのおかげで助かったわ。』
穏やかな声が響く。
『本来なら、適合者であるあなたに力を示してもらうつもりだったけれど――もう十分、示してもらったわ。』
神龍はフィルを見つめる。
『適合者よ。あなたは古代魔法を受け継ぎますか?』
フィルの答えは、とっくに決まっていた。
念願だった、神殿で古代魔法を授かること。
それが今、本当に叶おうとしている。
フィルは迷うことなく頷いた。
「はい。お願いします。」
『わかったわ。』
その言葉とともに、神龍の身体が光り始める。
柔らかな光が九階層を満たし、その輝きはフィルの身体を優しく包み込んだ。
「わぁ……。」
フィルが小さく声を漏らす。
やがて光はフィルの身体へ吸い込まれるように集まり――
ゆっくりと、その中へ入っていった。
フィルがゆっくりと目を開く。
身体を包んでいた光は、すでに消えていた。
ふと自分の手を見ると、そこには龍核と一枚の逆鱗があった。
「これ……。」
それと同時に、フィルは自分の中に今までとは違う何かがあることに気づく。
魔力とは似ているようで、どこか違う。
けれど、不思議とその存在を感じ取ることができた。
「……《古代魔術》?」
フィルが呟くと、神龍が答えた。
『それは、今の時代とは違うものよ。今は魔法と呼ばれているものだけれど、昔は魔術と呼ばれていたの。』
「魔術とは何ですか?」
神龍は少し考えるように間を置いた。
『そうね。簡単に言えば、あなたたち魔法使いより上の存在ということかしら。』
「上の存在……。」
『そして、あなたは古代魔法を授かった時点で、すでに魔術師になっているわ。』
フィルは自分の手を見つめる。
今までとは明らかに違う感覚。
それが何なのか、まだ完全には理解できていない。
それでも――。
「それは……何となく分かります。」
『ええ。あとは、あなた自身が理解していけばいいだけよ。』
神龍は穏やかにそう告げた。
「フィル。どう?」
悠真が声をかけると、フィルは自分の中にある変化を確かめるように目を閉じた。
「はい。感じます。」
そして、ゆっくりと目を開く。
「それに、風の神龍の加護で魔力もだいぶ上昇しているのがわかります。」
フィルは自分の手を見つめた。
「今まで、多重詠唱でやっと出来た上級魔法も、今なら無詠唱で出来る気がします。」
「それは、すごいな!?」
悠真が驚きの声を上げる。
『あなたなら、この力を使いこなせるでしょう。』
風の神龍が穏やかに告げた。
その言葉を聞いていたリシェルが、一歩前へ出る。
「この力……古代魔法とは何か、教えてもらえるか?」
風の神龍は静かにリシェルを見つめた。
そして、ゆっくりと語り始める。
『今からおよそ千年前、この世界を脅かす存在――古代種が目を覚ましました。』
「ディア・ゾルガルデとは?」
『ディア・ゾルガルデは、千年前よりも遥か昔から存在する古代種。破滅をもたらす存在です。百年から二百年ほどの周期で目を覚ましては、破壊の限りを尽くしていました。』
悠真たちは黙って神龍の話に耳を傾ける。
『千年前にも、眠りから目を覚ましたディア・ゾルガルデは、この世界で破壊を繰り返していました。』
神龍は一度言葉を切った。
『その頃――一人の夢渡りが現れました。』
「夢渡り……。」
悠真が小さく呟く。
『夢渡りは六人の仲間と共に、ディア・ゾルガルデへ挑みました。しかし、その力をもってしても倒すことは出来ませんでした。』
誰も言葉を挟まない。
『それでも七人は戦い続け、なんとかディア・ゾルガルデを弱らせることに成功しました。そして、七つの神殿にある祠の力を使い、封印することが出来たのです。』
「それが……。」
リシェルが呟く。
『ええ。後に、その七人は《七英雄》と崇められるようになりました。』
悠真は、これまで旅の中で何度も耳にしてきた七英雄という言葉を思い返していた。
ただの伝説だと思っていた存在。
その中心にいたのが、自分と同じ夢渡りだった。
風の神龍は話を続ける。
『やがて七英雄にも寿命が訪れました。その時、彼らが持っていた古代の力を、祠を守る私たち神龍がそれぞれ引き継いだのです。』
「神龍が……古代魔法を?」
『ええ。いつの日か、再びディア・ゾルガルデの封印を抑えきれなくなった時のために。』
リシェルの表情が変わる。
「では……今がそうなのか?」
『おそらく。』
風の神龍の視線が、ゆっくりと悠真へ向けられた。
『そこにいる夢渡りの存在が、その意味を示しているのでしょう。』
「そうだったのか……?」
悠真は自分の手を見つめる。
「僕がこの世界に来た理由は……。」
これまで、ずっと分からなかった。
なぜ自分だけが、この世界へ来ることが出来るのか。
なぜ自分が夢渡りなのか。
その答えが、少しだけ見えた気がした。
しかし――。
『ただし、忘れてはいけません。』
風の神龍の声が響く。
悠真が顔を上げた。
『ディア・ゾルガルデの封印が解けた時、あなたたちは選択することが出来ます。』
神龍は悠真たち一人一人を見つめる。
『この力を使い、ディア・ゾルガルデと戦うのか。逃げるのか。それとも、滅ぼされるのか。』
静かな声だった。
だが、その言葉は重く九階層に響いた。
『それを決めるのは、あなたたちです。そのことを忘れないように。』
しばらく誰も言葉を発することが出来なかった。
やがて、フィルが口を開く。
「適合者とは、何ですか?」
『適合者とは、七英雄の子孫です。』
「七英雄の……。」
『ただし、血が繋がっているというだけでは、適合者にはなりません。』
「そうなんですか。」
フィルは自分の中に宿った新たな力を感じながら、その言葉を受け止める。
すると、ツバキが静かに口を開いた。
「なんとなく、わかりました。」
全員の視線がツバキへ向く。
「だから、私たちは夢渡りの存在や古代魔法のことを、代々受け継いできたのね。」
悠真はツバキの言葉を聞きながら、再び風の神龍を見る。
「では、なぜ僕が夢渡りなんですか?」
『……私にも、そこまではわかりません。』
「そうですか……。」
『ただし、すべてのことには意味があります。』
神龍はまっすぐ悠真を見つめる。
『この先に何があっても、しっかりと受け止めなさい。』
悠真は少しの間黙ったあと、静かに頷いた。
「わかりました。ありがとうございます。」
『あなたたちの祠への出入りを許可します。私は少し、眠りにつきます。』
そう告げると、風の神龍はゆっくりと身体を横たえた。
やがて瞳を閉じ、静かな寝息を立て始める。
九階層に、しばらく沈黙が流れた。
誰もが、今聞かされた話をそれぞれに受け止めていた。
その沈黙を破ったのは、ツバキだった。
「悠真さん。今は、考えたって仕方がないわ。祠に行ってみましょう。」
悠真は少し俯いたまま、短く息を吐く。
そして顔を上げた。
「……はい。」
悠真たちは眠りについた風の神龍をあとにして、十階層へと向かった。




