次へのひととき
ソレイアの街へ戻る頃には、すでに日は落ちていた。
街のあちこちには明かりが灯り、昼間とはまた違った景色が広がっている。
「やっと着いた〜」
悠真たちは長い道のりを歩き、ようやく宿へと辿り着いた。
「ただいま」
「ただいまです〜」
三人が宿へ入ると、食堂にはリシェルたちが集まって待っていた。
「おかえりなさい」
リシェルが三人を迎える。
「どうでしたか?」
「バッチリさ」
悠真は笑って答えた。
「風鉱石もちゃんと手に入ったよ。ただ、最後にワイバーンに遭遇したのは大変だったけどね」
「ワイバーンに!?」
リシェルの表情が変わる。
「よく無事でしたね。ここに生息するゲイルワイバーンは、騎士団の一個小隊でも苦戦する相手なんですよ。特に、離れた場所から放ってくる風魔法が厄介でして」
「そこは、悠真さんですから〜」
フィルがどこか諦めたような口調で言う。
「……悠真さんは途中、空を飛んで倒してました……であります」
ミリアの言葉に、リシェルが目を見開いた。
「空を飛んだだと!?」
「いや、飛んだっていうか……空中を蹴って移動したというか……」
「どっちも同じだ!」
リシェルは呆れたように悠真を見る。
「……まったく。悠真には、自分がどれだけ常識外れなのか、ちゃんと理解してもらいたいです」
「そうね。悠真さんは少し普通じゃないわね」
ツバキもリシェルに同意するように頷いた。
「ガハハハ! まあ、いいじゃねえか!」
ゼノンが豪快に笑う。
「それより、風鉱石も手に入ったんだ。飲むぞ!」
「って、もう飲んでるじゃないですか〜」
フィルがゼノンの手元を見ながら突っ込む。
そして、そのまま自分のお腹を押さえた。
「わたしもお腹空きました〜」
「うん。夕飯にしよう」
悠真たちはそのまま宿の食堂で、夕食を取ることにした。
食卓には料理が並び、フィルは待ってましたと言わんばかりに次々と口へ運んでいた。
その様子を見ていた悠真が、苦笑しながら声をかける。
「フィル、そんなに急いで食べると喉に詰まるよ〜」
「大丈夫でふ〜。……ん、ん、ん〜!」
「フィルちゃん、大丈夫ですか?」
隣に座っていたミリアが、慌てて水を差し出す。
フィルはそれを受け取ると、一気に飲み干した。
「ほら〜」
悠真は呆れたようにフィルを見る。
「フィル。ゆっくり食べなさい。食べ物は逃げないわよ」
ツバキも苦笑しながら声をかける。
「ああ。フィルみたいに、そんなに急いで食べる人はいないぞ」
リシェルも呆れたように続けた。
「ガハハハ! フィルは元気があっていいじゃねえか!」
ゼノンだけは楽しそうに笑っている。
「ほんとに、さっきまでヘトヘトだったフィルはどこにいったのか……」
悠真がそう言うと、フィルは頬を膨らませた。
「も〜、みんなして〜」
そして、テーブルに並んだ料理を両手で囲うようにする。
「ここにあるのは、ぜ〜んぶ私のですからね〜」
「フィルちゃん、それは困ります」
「ミリアちゃんは一緒に食べようね〜」
フィルがミリアに笑いかける。
それを見た悠真は、目の前にあった料理へ手を伸ばした。
「何〜? じゃあ、これはも〜らい」
「あ〜! それ、最後に取っといたのに〜!」
「ふふん」
悠真は得意げに笑う。
「も〜! 悠真さん!」
「クスッ。悠真たちはほんとに……」
リシェルはそんな二人を見ながら、小さく笑った。
その後も笑い声の絶えないまま、賑やかな夕食の時間は過ぎていった。
◇◇◇
夕食を終えた悠真たちは、それぞれの部屋へ戻っていく。
部屋の前まで来たところで、悠真はリシェルへ声をかけた。
「リシェル、おやすみ」
「お、おやすみなさい」
リシェルはそう答えたものの、その場を離れようとはしなかった。
「……あの」
「うん?」
「……いや、なんでもない」
一度視線を逸らし、もう一度悠真を見る。
「無事に帰ってきて良かった。おやすみなさい」
「うん。ありがとう」
リシェルは小さく微笑むと、自分の部屋へと戻っていった。
◇◇◇
翌朝。
ゼノンとミリアは、昨日と同じく族長のナディアに用意してもらった鍛冶場へと向かった。
そして、ミリアが行くと聞いたフィルも、一緒についていくことになった。
「悠真さんとリシェルは、明日からの旅のためのお買い物をしてきたらどうかしら?」
ツバキの言葉に、悠真が首を傾げる。
「ツバキさんは?」
「私は、他にやることがあるの。……ね」
そう言って、ツバキはリシェルへ視線を向けた。
「……」
リシェルは少し戸惑ったような表情を浮かべる。
「分かりました。リシェルもそれでいい?」
「あ、ああ」
どこか照れた様子で、リシェルが頷いた。
「では、いってらっしゃい」
「はい。いってきます」
悠真とリシェルは二人で宿を出ると、明日からの旅に必要な物を揃えるため、ソレイアの街へと繰り出した。
だが――。
「……」
「……」
しばらくの間、二人の間に会話はなかった。
並んで街を歩きながら、悠真がその沈黙を破る。
「り、リシェルの剣はどんな感じになったの?」
「わ、私のか?」
「ああ」
「ゼノンは凄いぞ! さすが伝説の鍛冶師だ」
剣の話になった途端、先ほどまでの様子が嘘のようにリシェルが話し始めた。
「今回は斬れ味と耐久性を上げてもらったんだ。属性はまだ上手く扱えないから、今度にしてもらった」
「そうか。それは良かったな」
「うん」
リシェルは嬉しそうに頷いた。
「それにしても、神殿の攻略に必要なものって?」
「まあ、旅の支度とそんなに変わらないかな〜」
悠真は少し考えながら答える。
「ガーディアンを倒したら、一度戻った方がいいかもしれないな〜。族長にも報告した方がいいと思うし」
「そうだな。焦る必要はない」
リシェルも頷く。
「それに、扉が開くかも分からないしね」
「うん。そこなんだよ〜」
悠真は困ったように笑った。
「とりあえず、みんな順番に扉の魔石へ魔力を流してみるしかないね」
「悠真は相変わらずだね」
「そうかな?」
「うん」
二人は顔を見合わせた。
すると、悠真が辺りを見回す。
「あっ。何か食べていこうよ!」
「そうだね」
「リシェルは何か食べたいのある?」
「そうね……あ! あのお店に行ってみましょう」
「ん?」
「ほら、スパイスを売ってたところよ」
「あ〜」
悠真も思い出したように声を上げる。
「そろそろカレーも完成してるかもしれないな。行ってみよう」
「うん」
二人は以前訪れた、スパイスを売っていた店へと向かうことにした。
しばらく歩いていると――。
「……ん?」
店に近づくにつれて、どこか懐かしい香りが漂ってくる。
「う〜ん。いい香りだ! 上手くいったみたいだね」
「そうね。早く食べてみたい」
リシェルもどこか嬉しそうだ。
だが、店が見えてくると二人は足を止めた。
「うわっ。凄いことになってるな〜」
「ええ。本当に……」
店の前には、大勢の人が列を作っていた。
「これはちょっと厳しそうだね〜」
悠真は行列を眺めたあと、リシェルへ振り返る。
「ちょっと待ってて。お店の人に声をかけてみるよ」
「わかったわ」
悠真は列の横を抜け、店の人へ声をかけた。
「こんにちは〜。凄いですね〜」
「お〜! あん時の兄ちゃんか?」
店主は悠真の顔を見るなり声を上げた。
「いや〜、見ての通り凄いことになっちゃってさ〜」
次々とやってくる客を見ながら、店主が苦笑する。
「少し手伝ってくれね〜か?」
「え?」
悠真は思わぬ言葉に戸惑った。
「う〜ん……」
そして、少し離れたところで待っているリシェルを見る。
「……リシェル、いいか?」
「私はかまわない」
「そうか、ありがとう」
悠真は店の中へ入ると、並べられている料理を見回した。
「お〜、いろんな種類がありますね?」
「まあ、試してくうちにな」
いくつものカレーを見ていた悠真は、その中の一つに目を止めた。
「この水分が少ないカレーは……」
少し考え、店主へ提案する。
「パンに挟んで出してみてください。手軽に食べられるし、お客さんを待たせずに出せますから」
「お〜、いいな〜!」
店主が嬉しそうに頷いた。
悠真はリシェルへ振り返る。
「リシェルは、カレーサンドを渡してもらえるか?」
「わ、わかった!」
しばらくして――。
ようやく客足も落ち着き、店の前にできていた長い列もなくなっていた。
「兄ちゃんたち〜、ありがとよ〜。おかげで助かったよ〜」
「いえいえ」
悠真もようやく一息つく。
「そういえば、兄ちゃんたちはどうしたんだ?」
「え?」
店主に聞かれ、悠真は一瞬考える。
そして――。
「あっ!」
すっかり忘れていた本来の目的を思い出した。
「そういえば、俺たちカレーを食べに来たんだった!」
「そ〜だったのかい?」
店主は豪快に笑った。
「なら、好きなだけ食ってくれ〜。もちろん、お代はいらないからよ〜」
「ありがとうございます」
悠真はリシェルの方を見る。
「なら、リシェル。食べようか?」
「うん」
「どれにする?」
「私は、カレーサンドが食べてみたい!」
「そうだね!」
悠真も頷く。
「どうせなら、大盛りにしちゃおう!」
「ふふっ」
二人は出来上がったカレーサンドを手に取る。
「いただきます」
一口かじったリシェルの表情が、ぱっと明るくなった。
「うん。美味しい」
「やっぱり、カレーは美味しいね」
悠真もカレーサンドを頬張る。
思いがけず店を手伝うことになり、二人ともすっかり疲れてしまっていた。
それでも顔を見合わせれば、自然と笑みがこぼれる。
そんな二人のもとへ――。
「あー!」
聞き慣れた声が飛んできた。
「ん?」
振り返ると、そこにはフィルが立っていた。
「悠真さんたち、どうしたんですか〜?」
フィルは二人の姿を見ると、ニヤニヤしながら近づいてくる。
「二人そろって、仲がいいですね〜」
「ただ、神殿調査のために買い出しに来ただけだ……」
リシェルが少し照れたように答える。
「そのわりには、仲良さそ〜にカレー食べてるじゃないですか〜?」
「……」
リシェルが言葉に詰まる。
そんなことなど気にもせず、フィルの視線は二人が持っているものへ移った。
「え? カレーをパンに挟んで食べてる〜!」
フィルの目が輝く。
「私も食べたいです〜!」
「フィルは意地悪だから、あげない」
「え〜!」
フィルは慌ててリシェルへ駆け寄る。
「悪かったです〜。許してください〜」
「どうしようかな」
「リシェルさ〜ん!」
必死に謝るフィルを見ながら――。
悠真とリシェルは目を合わせ、笑っていた。




