二つの居場所
目が覚めると、そこにはゼノンの工房が見えた。
ついさっきまで現実世界にいたはずなのに、目の前にはもう見慣れた景色が広がっている。
工房の前では、ツバキが洗濯物を干していた。
その傍では、小型化した土の龍核兵が洗濯物を抱え、ツバキのお手伝いをしている。
少し離れたところでは、フィルが魔導書を開いていた。
いつもと変わらない光景だった。
「おーい。ただいま〜」
悠真が声をかける。
二人がこちらを振り向いた。
「おかえりなさ〜い」
「おかえりなさい」
二人の声が返ってくる。
ツバキは手にしていた洗濯物を干すと、悠真へ視線を向けた。
「そちらの世界はどうでした?」
「ん〜、こないだからもそうなんだけど……」
悠真は少し考えてから続ける。
「なんか、不思議なことが起きてるんだ」
「そう。とりあえず、中に入りましょか」
「はい」
ツバキが残りの洗濯物を片付ける。
小さな土の龍核兵も、その後を追うようにせっせと動いていた。
フィルも開いていた魔導書を閉じる。
三人はそのまま家の中へ入っていった。
◇◇◇
家の中へ入ると、鍛冶場から金属を打つ音が聞こえてきた。
カンッ――。
カンッ――。
ゼノンはまだ鍛冶をしているようだ。
三人は腰を落ち着けると、悠真は現実世界で起こり始めていることを二人に話した。
歪んだ空気の裂け目のようなものが現れたり、本来いるはずのない魔物が現れたりしていることを――。
「そうなんですか〜?」
フィルが驚いたように悠真を見る。
「不思議ね。何でそんなことが起き始めているのかしら?」
「僕にも、さっぱり分からなくて」
しばらく考えていたフィルが口を開く。
「悠真さんの夢渡りと何か関係があるんですかね〜?」
「ん〜。どうなんだろう〜」
悠真にも、その答えは分からない。
「でも、こっちの世界で強くなって、向こうでも魔物の討伐はできたからよかったけど……」
「そうね。悠真さんが居なかったらどうなっていたことやら」
話している間も、鍛冶場からは金属を打つ音が響いている。
カンッ――。
カンッ――。
やがて、その音が止まった。
少しして――。
ガチャ。
「何だ、悠真、帰ってたのか?」
鍛冶場からゼノンが出てきた。
「帰ってたんなら、声をかけてくれりゃ〜いいじゃね〜か」
「はい。すみません。ゼノンさんも作業中だったので」
「そうか。それよりもコレ見てくれよ」
ゼノンはどこか嬉しそうに、自分の斧を見せる。
「古代の知識と《古代鍛錬》で、武器に属性を付けることができるみたいでな。さっそく自分の斧とツバキの短剣に属性を付与してみたんだ」
ゼノンは満足そうに斧を見る。
「いい出来だぞ〜。斧は振ると炎が出るんだ」
「へ〜」
「ツバキの短剣は土属性にしたから、悠真みたいに土を纏わせることができるぞ」
ツバキも自分の短剣に目を向ける。
「悠真さんほどではありませんが……」
「へ〜。凄いですね〜」
悠真が感心していると、ゼノンが手を差し出した。
「だから、ほれ、お前の剣も貸せ」
「え? は、はい」
悠真は剣をゼノンに渡す。
受け取ったゼノンは、待ってましたと言わんばかりに剣を見る。
「待ちくたびれたぞ。早く火の神龍の逆鱗を使って打ち直したくてな」
「え? 今からですか?」
「何だ? ダメか?」
「いや、そんなことないですけど……」
悠真は鍛冶場の方を見る。
「すでに今日は鍛冶を終えたんじゃ?」
「俺は、すぐに打ちたいんだがな」
ゼノンはまだやる気満々だった。
そんなゼノンを見て、ツバキが口を挟む。
「ゼノン。もうすぐ夕飯だし、明日にしたら?」
「ん〜……」
少し考えてから、ゼノンは剣を置く。
「そうだな! 今日は、もう温泉入ってくら〜」
「そうして下さい」
ツバキは悠真へ顔を向ける。
「悠真さんも一緒に行ってきたらどうですか? 急に帰ってしまって、温泉入れてないですから」
「え? いいんですか?」
「はい、いってらっしゃい」
そして、ツバキはフィルを見る。
「フィルは手伝ってくれるかしら?」
「はいです〜」
◇◇◇
温泉から立ち上る湯気が、ゆっくりと流れていく。
悠真は肩まで湯に浸かり、身体の力を抜いた。
「ふぅ〜……」
思わず息が漏れる。
向かいでは、ゼノンが気持ちよさそうにエールを飲んでいた。
「ふ〜、鍛冶の後のエールと温泉はしみるな〜」
「そうですね〜」
ゼノンはもう一口エールを飲むと、傍に置いてあるつまみに手を伸ばした。
「それにこの、何だったか」
「チータラとさきいかですか?」
「そうそう」
ゼノンはさきいかを口に放り込む。
「悠真はエールに合うもんをいつも用意してくれるな〜」
「そんなことないですよ。たまたまです」
「それに、この明太子ってやつはピリっとしてていいな〜」
ゼノンが明太子にも手を伸ばした、その時だった。
「あー!」
聞き慣れた声が響く。
「ツバキさん。もう、なんか食べてますよ〜。ずるいです〜」
夕飯の支度を終えたフィルとツバキが温泉に入ってきた。
「そうね。悠真さんが用意してくれる、おつまみ? はどれも美味しいですからね〜」
ツバキも自然につまみに手を伸ばす。
それを見て、悠真は笑いながらエールを手に取った。
「じゃ〜、あらためまして」
みんながそれぞれ杯を手にする。
「火の神殿の調査完了を祝して、カンパーイ!」
「かんぱーい!」
杯を合わせる音が、温泉に響いた。
フィルもさっそくつまみに手を伸ばそうとする。
「フィルは夕飯前ですから、ほどほどにしておきなさい」
「え〜、ツバキさんも食べてるじゃないですか〜」
「私は、いいんですよ」
「え〜、なっとくできませんよ〜」
そんな二人のやり取りを見ながら、悠真は笑っていた。
(あ〜、いいな〜)
温泉に浸かりながら、みんなでくだらない話をして笑う。
(帰ってきたって感じがしてしまうな〜)
そう思ってから、悠真はふと首を傾げる。
(ん? どっちなんだ?……)
現実世界にも、自分の帰る場所がある。
そして今、ここでも同じように感じている。
悠真は楽しそうに話している三人を見る。
(……まっ、いっか)




