火の適合者
悠真たちは、九階層へと降りてきた。
階段を下りた先には、これまでとは比べものにならないほど大きな空間が広がっている。
そして――。
その中央に、一体の巨大な龍がいた。
全身に炎を纏い、悠真たちを見下ろしている。
『適合者よ。我に力を示せ』
低く響く声が、広い空間を震わせた。
ゼノンが一歩前へ出る。
「適合者は俺か?」
『そうだ』
「何故、俺が適合者なんだ?」
『我にも分からぬ。ただ、そう感じるのだ』
「分からないのか?」
『その答えは、お前たちで探し出すのだ』
「…………」
ゼノンは黙って神龍を見上げる。
その時――。
「あの〜、神龍さ〜ん」
フィルがいつもの調子で声をかけた。
『なんだ?』
「身体の方は大丈夫なんですか〜? 胸の辺りから黒いモヤが出てますけど〜」
『ん? これのことか?』
神龍が自らの胸元へ視線を落とす。
確かに、炎を纏った身体から黒いモヤが滲み出していた。
『こんなものに我は呑み込まれん』
「おお〜」
フィルが感心したように声を漏らす。
神龍は、ツバキへ視線を向けた。
『隣にいる土の加護を受けとる者は違ったのか?』
「はい。ギリギリでした〜」
『フン。あの者と一緒にするでない』
(なんか……ゼノンさんと似てるな)
悠真は苦笑する。
『では――』
神龍を包む炎が大きく揺らめいた。
『力を示せ』
「はい」
悠真は仲間たちを見る。
「ツバキさん、龍核兵の巨大化をお願いします」
「分かったわ」
「フィルは《多重詠唱》を開始して」
「はいです〜」
そして、ゼノンを見る。
「ゼノンさんは僕と左右から攻撃していきます」
「おう」
ツバキは龍核兵へ触れる。
「《古代錬成》」
龍核兵の身体がみるみる巨大化していく。
続いてツバキは地面へ手をついた。
「《錬成》」
地面が隆起し、巨大なメイスへと姿を変える。
ツバキは出来上がったメイスへ触れた。
「《物質の昇華》」
龍核兵が巨大なメイスを受け取る。
その間に、フィルは《多重詠唱》を開始していた。
悠真は剣を握る。
「ゼノンさん、いきますよ〜!」
「おう!」
龍核兵が真っ先に動いた。
巨大なメイスを振り上げ――。
ドゴォン――!
神龍へ叩きつける。
『ぐっ!』
神龍の巨体がわずかによろめいた。
「今です!」
悠真とゼノンが左右へ分かれる。
神龍の尻尾が悠真へ向かって薙ぎ払われた。
ブォン――!
「っ!」
悠真は《見切り》で軌道を読み――。
「《瞬歩》!」
一気にその場から離れる。
巨大な尻尾が目の前を通り過ぎた。
「こっちじゃ!」
反対側からゼノンが飛び込む。
手にしていた斧ではなく、反対側のハンマー部分を神龍へ叩き込んだ。
ガァン――!
「硬っ!」
ゼノンの腕へ強烈な反動が返ってくる。
そこへ再び龍核兵がメイスを振り上げた。
だが――。
『フン!』
神龍が巨体ごと龍核兵へぶつかった。
ドゴォォン――!
龍核兵の巨大な身体が吹き飛ばされる。
「っ!」
その後ろにいたツバキも、咄嗟にその場から逃れる。
悠真は吹き飛ばされた龍核兵を追うように駆けた。
「《アースエンチャント》!」
手元に土のロングソードが形成される。
悠真はそのまま神龍へ踏み込み――。
ガキンッ!
「っ!」
打ち込んだ瞬間、土の剣が砕け散った。
だが、悠真は止まらない。
「《アースエンチャント》!」
再び土のロングソードを形成。
ガキンッ!
砕ける。
「もう一度!」
ガキンッ!
また砕ける。
それでも悠真は繰り返し剣を形成し、神龍へ打ち込み続ける。
その隙を見つけては、ゼノンもハンマーを叩き込んでいった。
その時――。
「出来ました〜!」
フィルの声が響いた。
「《アイスボール》!」
無数の小さな氷の玉が宙に浮かび上がる。
「《ウィンドプレス》!」
「みんな、神龍から離れて!」
悠真たちは一斉に距離を取った。
フィルが杖を神龍へ向ける。
「《アイスバックショット》ー!」
無数の氷が一斉に神龍へ襲いかかった。
ドドドドドドッ――!
辺りが白いモヤに覆われる。
「…………」
やがてモヤが晴れていく。
そこには――。
神龍が立っていた。
先ほどまで全身を覆っていた炎は消え、身体にはいくつもの切り傷が刻まれている。
しかし、まだ平然としていた。
『フン。少し効いたな〜』
「ウソ……」
フィルが悔しそうに顔をしかめる。
「くっ……まだです。もう一度!」
フィルは再び《多重詠唱》を開始した。
一方――。
神龍を覆っていた炎が消えたことに悠真も気づいていた。
「《アイスエンチャント》!」
悠真の剣が冷気を纏う。
「いくぞ!」
神龍の懐へ飛び込み、冷気を纏った剣で何度も斬りつけていく。
ゼノンも動いた。
「おらぁ!」
神龍の脚を薙ぎ払うように、ハンマーを打ち込む。
ガァン――!
『ぐっ!』
神龍の巨体がよろめく。
そこへ――。
巨大なメイスを構えた龍核兵が踏み込んだ。
ドゴォォン――!
『ぐおっ!』
神龍の巨体が吹き飛ばされた。
『くっ……なかなかやりおるわい』
「おっ?」
さすがに強気ではいるものの、確実にダメージは通っている。
だが――。
ツバキは容赦しなかった。
神龍が立ち上がろうとした、その時。
ズドォォォォン――!
天井から巨大な石柱が落下した。
『…………』
神龍の表情が、わずかにムッとする。
そして――。
大きく口を開いた。
その口元へ、凄まじい炎が集まり始める。
「ヤバい! みんな防御態勢!」
悠真が叫ぶ。
ツバキは龍核兵へ駆け寄り、その盾へ触れる。
「《古代錬成》!」
盾が巨大化する。
龍核兵が巨大な盾を構えると、ツバキはすぐに地面へ手をついた。
「《錬成》!」
地面から分厚い壁が立ち上がった。
悠真はフィルの前へ。
「《魔力障壁》!」
光の障壁が二人を守るように展開される。
ゼノンは近くの柱の陰へ飛び込んだ。
次の瞬間――。
『グオォォォォォォッ!!』
神龍の咆哮が響き渡る。
直後――。
ゴォォォォォォォッ!!
凄まじい炎のブレスが放たれた。
「くっ!」
悠真の《魔力障壁》へ炎が激突する。
「みんな耐えろー!」
炎が止まらない。
ツバキが作り出した壁が、徐々に崩れていく。
バキッ――!
バキバキバキッ――!
そして――。
ドォン!
土壁が全壊した。
その後ろで盾を構えていた龍核兵も、身体の半分を失っていく。
「くっ……!」
悠真は《魔力障壁》の維持だけに集中する。
(魔力が……!)
もうほとんど残っていない。
それでも――。
「まだだ!」
悠真は必死に耐える。
やがて――。
炎が弱まった。
「はぁ……はぁ……」
神龍もブレスを出し切り、疲弊している。
その時。
「いきます!」
フィルが杖を掲げた。
『……?』
「《アイスニードル》!」
無数の氷の針が形成されていく。
「《ウィンドウォール》!」
ゴォォォォッ――!
吹き上げる風の壁が、無数の氷の針を巻き込んでいく。
巨大な渦が形成され――。
『ま、待てっ……』
「《アイスストーム》ー!」
ゴオオオオオオオ――!!
氷の竜巻が神龍を飲み込んだ。
「…………」
やがて氷の嵐が去り、冷気が晴れていく。
そこには――。
身体の表面を半分ほど凍りつかせた神龍が立っていた。
「そんな……これでもまだ効かないなんて……」
フィルは力を使い果たし、その場へぺたんと座り込んだ。
『もう、よい』
「へ?」
『もうよいと言うとるだろうが……』
神龍が呆れたように答える。
『我のブレスに耐え切った時には、もうよかったのだ』
「そうだったんですか〜」
フィルが安心したように息を吐く。
悠真たちの表情からも緊張が抜けていった。
試練は終わった。
誰もが、そう思った。
その時――。
『ぐっ……!』
「神龍!?」
突然、神龍が苦しみ始めた。
神龍の逆鱗から、黒い霧が溢れ出している。
『うっ……まずい……。体力がなくなって、邪の力が抑えられなくなる……』
――――
【緊急クエスト発生】
邪気に侵される前に神龍を救え。
報酬:???
――――
「……!」
(緊急クエスト……?)
悠真は神龍を見上げる。
「フィル、浄化を!」
「詠唱を開始したいですが、魔力が……」
フィルは座り込んだまま答える。
「魔力ポーションも切らしました〜」
「とりあえず、浄化液で抑えるわ!」
ツバキがすぐに浄化液を使う。
しかし――。
逆鱗から黒い霧が溢れ続ける。
「何とかならんのか!」
ゼノンが声を上げる。
「……!」
その時、悠真が気づいた。
「ツバキさん! 魔力はどのくらいありますか!?」
「まだまだあるけど……私に光魔法は使えないわよ」
「それなら大丈夫です!」
「え?」
「僕が《魔力吸収》でツバキさんの魔力を吸い上げて、《魔力譲渡》でフィルに送ります!」
「そんなこと出来るんですか〜?」
「だから、フィルは詠唱を開始して!」
「はいです〜!」
「ツバキさん! お願いします!」
「分かったわ。浄化液では長くは持たないわ。急いで!」
「はい!」
悠真はツバキに触れる。
「《魔力吸収》」
ツバキから悠真へ魔力が流れ込んでくる。
その間にも、黒い霧は溢れ続けていた。
「悠真……そろそろ限界よ……」
「ありがとうございます!」
悠真はフィルを見る。
「フィル! いくよ!」
「はいです〜!」
「《魔力譲渡》!」
悠真からフィルへ魔力が流れ込む。
「きてますよ〜!」
『ぐっ……!』
神龍が苦しそうに呻く。
フィルが杖を握りしめた。
「いきます!」
「《サンクチュアリー》!」
神龍を囲むように、光のサークルが広がった。
眩い光がその巨体を包み込んでいく。
逆鱗から溢れ出していた黒い霧が、徐々に消えていく。
そして――。
「…………」
最後の黒い霧が消えた。
その瞬間――。
――――
【緊急クエスト達成】
邪気に侵される前に神龍を救え。
報酬:属性強化
――――
「属性強化……?」
神龍はゆっくりと身体を起こす。
『……助かった。礼を言う』
そして、ゼノンへ視線を向けた。
『適合者よ』
「…………」
『汝らは、我に力を示した』
ゼノンは黙って神龍を見上げる。
『汝は望むか? 力を』
「その力は何だ?」
『我にも分からぬ』
「分からんのか?」
『だが――』
神龍はゼノンを見つめる。
『それがお主の望むものとなるかは、お主次第じゃ』
「…………」
ゼノンは何も答えず――。
ただ、神龍を見つめていた。




