ギルドランク
「おい! 起きろ!」
朝から響いた大声に、悠真は勢いよく目を覚ました。
「……え?」
ぼんやりとした視界の先には、仁王立ちするゼノンの姿がある。
「ギルドに行くぞ!」
「……ギルド?」
「まず、お前のその詐欺みてぇなランクを上げに行く。ドラゴンの素材持って出発するぞ!」
まだ頭の回っていない悠真をよそに、ゼノンはすでに出発する気満々だった。
そこへ、眠そうな顔をしたフィルがやってくる。
「ゼノンさん……まだ早くないですか〜?」
「何言ってんだ。こういうのは早い方がいいんだよ」
続いてツバキも姿を見せる。
「まだギルドも始まってないから、朝ご飯にしましょ」
「…………」
ゼノンが黙った。
結局。
四人はいつも通り朝食を食べ、それぞれ支度を済ませてから街へ向かうことになった。
◆
冒険者ギルドの扉を開ける。
その瞬間。
中にいた冒険者たちの視線が一斉にこちらへ向いた。
「おい……落ちこぼれのゼノンが来たぞ」
「珍しいな」
聞こえるか聞こえないか程度の小声。
だが、ゼノンの耳にはしっかり届いているはずだった。
「ふん」
ゼノンは鼻を鳴らしただけで、そのままカウンターへ向かう。
「おい。ギルド長を出せ」
「えっ?」
受付嬢が困ったような表情を浮かべる。
「あの……ギルド長に、どのようなご用件でしょうか?」
「話があんだよ」
「ですが――」
「何だ、朝から騒がしいぞ」
奥から一人の男が姿を現した。
身なりを整えた、落ち着いた雰囲気の男だった。
ゼノンを見ると、少し意外そうに眉を上げる。
「何だ、ゼノン。珍しいな〜。何の用だ?」
「おう。こいつのギルドランクを上げてくれ」
そう言って、ゼノンが悠真を指差した。
「……急な話だな。とりあえずギルドカードを見せてくれ」
「はい」
悠真はギルドカードを差し出す。
ギルド長はしばらくカードを確認していたが、やがて首を横に振った。
「ん〜。依頼数が足りてないから急には無理だな。何か特別なことがない限りな」
「だから、お前を呼んだんだよ」
「お前の頼みだからって、限界がある」
「分かった。見せりゃ〜いいんだろ」
ゼノンが悠真を見る。
「悠真。アレ出せ」
「はい」
悠真は《アイテムBOX》を開く。
そして――。
鱗。
牙。
爪。
骨。
次々とカウンターへ並べていく。
「な、なんだ……?」
「おい、あれ……」
周囲がざわつき始めた。
ギルド長も並べられた素材を一目見るなり、目を見開く。
「これは……レッサードラゴンの素材じゃないか。どうしたんだ?」
「こいつが昨日討伐したんだよ」
「……ほんとか?」
ギルド長が悠真を見る。
「はい」
「それが本当なら、実力はBランクで間違いないぞ!?」
再びギルド内がざわめいた。
「ただな……上げられてもCランクまでだ」
「あぁ? なんでだ」
「お前も知ってるだろ〜。Bランクに上がるには昇格試験があるだろ」
「それを、お前の力でなんとかするのが仕事だろう〜」
「いや。さすがにそれは無理だ」
ギルド長は苦笑しながら首を横に振る。
「昇格試験ならいつでも受けられる。それを受けてくれれば、あとはこっちでやる」
「…………」
ゼノンは少し考える。
そして、悠真の腰にある新しい剣へ視線を落とした。
「分かった。ま〜、コイツのデビュー戦にはちょうどいいか〜」
「?」
悠真もゼノンの視線を追い、自分の剣を見る。
ギルド長が何枚かの依頼書を取り出した。
「いくつか候補があるが……」
ゼノンはその中から一枚を選び、悠真たちへ見せる。
討伐対象――。
Bランク魔物。
フレイムタイガー。
「悠真もそれでいいな?」
「はい。むしろ、だいぶ良くしてもらってる気がします」
悠真が頷く。
「ツバキたちもいいか?」
「はい。大丈夫です」
「大丈夫ですよ〜」
ツバキとフィルも頷いた。
「それじゃ〜、これにする」
その瞬間。
悠真の前に、見慣れた文字が浮かび上がった。
――――――――――
【クエスト発生】
フレイムタイガーを剣術のみで討伐せよ。
報酬:????
――――――――――
(ん? 剣術のみ……ってことは、属性付与は禁止ってことか?)
悠真が表示を見つめている間に、受付嬢が依頼書を受け取った。
「はい。受け取りました。昇格試験のフレイムタイガー討伐ですね」
「お願いします」
こうして四人はギルドを後にし、フレイムタイガーが生息する火山の中腹へと向かった。
◆
「暑いですね〜」
額の汗を拭いながら、フィルが呟く。
「そうね〜」
ツバキも手で顔を扇いでいた。
「こんなん普通だ」
ゼノンだけは平然としている。
そして――。
「…………」
悠真も涼しい顔で歩いていた。
《属性耐性》が発動しているため、火山の熱気もほとんど気にならない。
「悠真さん、なんでそんなに平気なんですか〜?」
「まあ……いろいろと」
そんな会話をしながら進んでいると。
ゼノンが足を止めた。
「いたぞ」
少し離れた岩場。
巨大な虎の姿があった。
赤黒い毛並み。
身体の周囲には陽炎が揺らめき、その口元からは時折炎が漏れている。
フレイムタイガーは、仕留めた獲物を食べている最中だった。
「とりあえず、ツバキたちは見ててくれ」
「分かりました」
「は〜い」
ゼノンが悠真を見る。
「悠真。いけるな?」
「はい」
悠真は一人、前へ出た。
腰から新しい剣を抜く。
そして構えた。
フレイムタイガーが食事を止める。
ゆっくりと顔を上げ、悠真を見た。
「グルルルル……」
低い唸り声。
次の瞬間。
地面を蹴り――一気に飛び込んできた。
「っ!」
悠真は《瞬歩》で横へかわす。
フレイムタイガーの巨体が、先ほどまで悠真が立っていた場所を通り抜けた。
悠真は追わない。
一度距離を取り、再び剣を構えた。
(今までなら……ここで追いかけてたな)
だが、今回は違う。
焦らない。
まず見る。
相手がどう動くのか。
どこを見ているのか。
どう仕掛けてくるのか。
フレイムタイガーもすぐには襲ってこなかった。
「グルル……」
悠真を見ながら、ゆっくりと歩く。
先ほど確実に捉えたと思った獲物が、一瞬で目の前から消えた。
警戒するように悠真を見つめながら、少しずつ間合いを詰めてくる。
悠真も動かない。
ただ、相手を見る。
互いの距離が少しずつ縮まっていく。
その時だった。
――ドンッ!
山頂付近で小さな噴火が起こった。
岩肌が震える。
(くる!)
悠真が剣を構えた、その瞬間。
「ガァァァッ!!」
フレイムタイガーが地面を蹴った。
二度目の飛びつき。
巨大な爪が悠真へ迫る。
――《見切り》。
ギリギリまで引きつける。
そして。
紙一重。
フレイムタイガーの爪が悠真の身体をかすめる直前、悠真は横へ身体をずらした。
すれ違う巨体。
その首が目の前に入る。
悠真は剣を振った。
ザンッ――!
「…………」
静寂。
フレイムタイガーの巨体が、そのまま地面へ倒れた。
悠真は振り抜いた剣を見る。
手に残る感触が、あまりにも軽かった。
「……ゼノンさん」
「何ですか、この斬れ味は〜」
ゼノンは何も答えない。
ただ――満足そうに一度、頷いた。
「悠真さん、すごいです〜!」
「悠真さん。やりましたね」
フィルとツバキが駆け寄ってくる。
悠真はまだ剣を見つめていた。
「…………」
そこへゼノンが一言。
「よし。戻るぞ〜」
「は〜い」
「えっ?」
悠真は余韻にひたる間もなく、ギルドへ戻るのであった。
そして帰路。
悠真の前に再び文字が浮かび上がる。
――――――――――
【クエスト達成】
フレイムタイガーを剣術のみで討伐せよ。
レベルアップ
Lv.44 → Lv.49
報酬 : 《修復・復元》
――――――――――
(修復・復元?)
悠真が意識を向ける。
破損した物を修復し、元の状態へ復元する。
ただし、破損してから一年以上が経過した物には使用できない。
悠真は新しく得たスキルを確認しながら、三人の後を追った。
◆
冒険者ギルドへ戻る。
扉を開けた瞬間、再び視線が集まった。
「もう戻ってきたぞ」
「どうせ失敗して戻ってきたんだろ〜」
「レッサードラゴンの素材だって、どっかから持ってきたに決まってるさ〜」
小声で聞こえてくる陰口。
ゼノンが小さく息を吐いた。
「わり〜な。俺のせいで、お前たちに嫌な思いさせちまってよ〜」
「何言ってるんですか〜?」
フィルが頬を膨らませる。
「昼間から何もしないでお酒飲んでる人たちに言われても、何も感じませんよ〜だ」
「そうよ。ほっときましょ」
ツバキも気にした様子はない。
「はい。それに証拠もありますから」
悠真も頷いた。
「……そうか?」
ゼノンは少し照れくさそうに顔をそらした。
四人がカウンターへ向かう。
「どうかされましたか?」
受付嬢が不思議そうに尋ねる。
「はい。フレイムタイガー、討伐してきました〜」
「え〜!? 早すぎますよ〜!? Bランクの魔物ですよ〜?」
受付嬢の声がギルド中に響く。
「ゼノン。終わったか?」
その声に振り返ると、奥からギルド長が出てきていた。
「おう」
「そうか。なら、ギルドカードを預かる」
悠真がカードを差し出す。
ゼノンが首を傾げた。
「なんだ。確認しないのか〜?」
「レッサードラゴンの素材を見れば分かる」
「そうかよ」
「素材の買取はするから、向こうに預けてくれ」
「おう。悠真。タイガーの素材は向こうに置いてくれ」
「はい。分かりました」
悠真は指定された場所へ向かう。
そして《アイテムBOX》から、フレイムタイガーの死骸を取り出した。
ドサッ――。
再び周囲がざわついた。
「お、おい……」
「本当に倒してるぞ……」
「それより……首を見ろ」
「なんだよ、あの断面……」
フレイムタイガーの首。
その切断面は、異様なほど綺麗だった。
ギルド長も一度だけそこへ目を向ける。
「フッ」
小さく笑うと受付嬢を見る。
「手続きを頼む」
「は、はい!」
それだけ告げると、ギルド長は奥の部屋へ戻っていった。
◆
「ふ〜……今日も一仕事の後の温泉とエールは最高だな〜」
湯気の立ち込める温泉。
ゼノンは気持ちよさそうに湯へ浸かりながら、エールを飲む。
ポリポリ。
「私たちはあまり何もしていませんでしたけどね〜」
フィルも笑う。
ポリポリ。
「え〜。でも、少しスカッとしたわ〜」
ツバキも微笑む。
ポリポリ。
「…………」
悠真は三人を見た。
ポリポリ。
ポリポリ。
ポリポリ。
「いくら、えびせんをスキルで復元したからって、食べすぎじゃないですか!?」
温泉に、悠真の声が響き渡った。




