託された思い
翌朝。
朝日が火山の麓を照らし始める頃には、すでに工房の奥から金属を叩く音が響いていた。
カーン――。
カーン――。
今日も朝から、ゼノンが剣を打っている。
だが、昨日と違うことが一つあった。
「ツバキ〜。そろそろいくぞ〜」
「はい」
今日は鍛冶場にツバキも加わっていた。
そして工房の外では――。
シュッ――。
シュッ――。
悠真が昨日に引き続き、剣を振っていた。
一振り。
構え直して、もう一振り。
昨日の夜と同じように、剣の重さを感じる。
剣先の向きを感じる。
ただ力任せに振るのではなく、剣がどう動こうとしているのかを意識する。
まだ答えが分かったわけではない。
それでも、昨日より剣を振る悠真の姿には、確かな自信があった。
「…………」
少し離れたところで、フィルがそんな悠真を見ていた。
そして小さく微笑む。
「頑張ってますね〜」
それだけ言うと、フィルは魔導書を開き、自分の勉強を始めた。
◇
その頃、鍛冶場では剣の仕上げが始まろうとしていた。
炉の中では、魔鉱石から作られた剣が真っ赤に熱せられている。
ゼノンはその状態を確かめると、ツバキへ声をかけた。
「まずはミスリルだ〜。錬成して炉にぶっ込め〜。あとはこっちで預かる」
「はい」
ツバキは用意していたミスリルへ手を伸ばす。
錬金術によって形を変え、ゼノンの指示通り炉へと入れた。
ゴォォォ――。
炎が勢いよく燃え上がる。
「よし!」
ゼノンが剣を取り出す。
カーン――!
カーン――!
槌を振り下ろすたび、火花が飛び散る。
少し打っては炉へ戻し、熱を加える。
再び取り出しては打ち込む。
それを何度も繰り返していく。
「ツバキ! もう一度錬成を頼む!」
「分かったわ」
ツバキが剣へ手をかざす。
ミスリルと魔鉱石。
二つの素材が、少しずつ一つになっていく。
炉の熱気で二人の身体からは汗が噴き出していた。
それでも、ゼノンの槌は止まらない。
カーン――!
カーン――!
やがてゼノンが剣の状態を確認する。
「よし……次は逆鱗だ〜。同じように頼む〜」
「はい」
今度は神龍の逆鱗。
ツバキはゼノンの指示に従い、慎重に錬成していった。
ゼノンが打つ。
ツバキが錬成する。
炉へ戻す。
再び打つ。
二人の作業は長い時間続いた。
そして――。
「ツバキ〜。ありがとうよ。もう大丈夫だ〜」
「ふぅ〜……」
ツバキが大きく息を吐く。
「あとは仕上げに入る。悠真を連れてこい」
「分かったわ」
◇
ツバキは工房の外へ出た。
火照った身体に朝の風が触れ、気持ちよさそうに息を吐く。
「ふぅ〜……涼しい」
そして、まだ剣を振り続けている悠真へ声をかけた。
「悠真さん」
シュッ――。
悠真が剣を止める。
「はい?」
「ゼノンが呼んでいるわ」
「ゼノンさんが?」
「ええ」
ツバキは微笑んだ。
「しっかり見届けて」
「……はい!」
悠真は鍛冶場へ入っていった。
中では、ゼノンが一人で剣を打っている。
「ゼノンさん」
「…………」
ゼノンは振り返らない。
ただ一言。
「そこに座って見てろ」
悠真は近くに置かれている椅子に無言で座った。
そして無言のまま、ゼノンの姿を見つめる。
カーン――!
カーン――!
打っては、炉へ。
熱を入れては、また打つ。
何度も。
何度も。
同じことを繰り返しているように見える。
けれど――。
(剣になっていく……)
昨日、自分が振った時には、まだ剣の形をした鉄の塊だった。
それがゼノンの槌が振り下ろされるたび、確実に一本の剣へと変わっていく。
悠真は目を離すことができなかった。
何故なのかは分からない。
ただ、その姿を見ていると心に感じるものがあった。
やがて――。
「ふぅ〜……」
ゼノンが大きく息を吐いた。
真っ赤に熱せられた剣を持ち上げる。
そして、そのまま水の中へ。
ジュウゥゥゥゥ――!
一気に蒸気が立ち上った。
「…………」
悠真はじっと見つめていた。
ゼノンは剣を取り出すと、今度は静かに研ぎ始める。
シャッ――。
シャッ――。
先ほどまで響いていた激しい槌の音とは違う。
静かな音だけが鍛冶場に響いた。
しばらくして、ゼノンが口を開いた。
「悠真」
「はい」
「ドワーフが剣を作る時に、剣の使い手を考えるのには理由がある」
ゼノンは剣を研ぐ手を止めない。
「人が剣を使うんじゃね〜」
シャッ――。
「剣が人を使うんだ」
「剣が……人を?」
「ああ」
ゼノンは続ける。
「その剣に使ってもらう人間に合わせる。それが鍛冶職人なんだよ」
「…………」
「重すぎても駄目だ。軽すぎても駄目だ」
ゼノンが悠真を見る。
「お前、昨日こいつを持った時に重いって感じただろ〜?」
「はい」
「その状態で振りゃ、バランスが悪いんだ」
悠真は昨日のことを思い出す。
確かに重かった。
それでも不思議と手には馴染んだ。
「ま〜、おめえの素振りもまだまだだったが、剣のバランスもまだまだだったんだ」
「……あっ」
悠真はようやく理解した。
昨日の――。
――まだまだだな。
あの言葉。
(両方だったのか……)
ゼノンは再び剣へ目を戻した。
「こいつをおめえに託すんだ。しっかり覚えておけよ」
シャッ――。
「鍛冶職人の心得ってやつをよ」
「……はい!」
しばらくして。
ゼノンが研ぐ手を止めた。
「よし。どうだ。持ってみろ」
「はい」
悠真は差し出された剣を受け取る。
「…………!」
握った瞬間だった。
(違う……)
違和感がまったくない。
重すぎない。
軽すぎない。
まるで最初から自分の手に合わせて作られていたかのようだった。
そして刀身は、悠真が今まで見たこともない輝きを放っている。
悠真は構えた。
昨日の夜。
そして今日。
何度も剣を振ってきた。
ゼノンの言葉を思い出す。
剣の重さを感じる。
剣先を感じる。
そして――。
気持ちを込める。
シュッ――。
一振り。
「…………」
ゼノンは悠真を見ていた。
そして――。
「ま〜、悪くはね〜な」
「え?」
「少しは分かったじゃね〜か」
ゼノンはニヤリと笑う。
「このまま精進するんだな」
「はい!」
「よし。あとは仕上げとくから、お前は素振りでもしてな」
「はい。ありがとうございます!」
悠真は深く頭を下げ、鍛冶場をあとにした。
◇
外へ出る。
「あれ?」
ツバキの姿がなかった。
代わりに――。
「すぅ……すぅ……」
「…………」
フィルが魔導書を開いたまま眠っていた。
「……寝てる」
しかも、とても気持ちよさそうに。
悠真は苦笑し、再び剣を手に取った。
シュッ――。
シュッ――。
しばらく剣を振っていると、ツバキが戻ってきた。
どうやら温泉で汗を流してきたらしい。
「悠真さん。どうでした?」
「はい」
悠真は、鍛冶場で見たことを話した。
ゼノンが剣を打つ姿。
鍛冶職人の心得。
そして、自分のために剣の重さやバランスまで考えてくれていたこと。
「そう」
ツバキは優しく微笑んだ。
「認めてもらえたのね。よかったわ」
「それは分かりませんが……」
悠真も少し笑った。
「ツバキさんも、ありがとうございました」
「私は少し手伝っただけですから」
「いいえ」
悠真は首を横に振る。
「その代わり、今日は僕が夕飯を作りますから」
「あら」
ツバキが嬉しそうに笑った。
「そう。楽しみね」
◇
夕暮れ。
悠真は一人、キッチンで夕飯の支度をしていた。
「よし……」
準備を終え、窯へ目を向ける。
「あとは、窯で焼くだけっと」
その時だった。
鍛冶場の扉が開いた。
「悠真〜」
「はい?」
ゼノンが出てくる。
その手には――一本の剣。
「出来たぞ。受け取れ」
「……!」
悠真は手を拭き、ゼノンの前へ向かう。
そして両手で剣を受け取った。
「ありがとうございます!」
「ただな」
ゼノンの表情が少し変わる。
「こいつは、まだ完成じゃね〜」
「え?」
悠真は剣を見る。
「素材が素材だからな。間違いなくいい剣だ」
ゼノンは腕を組んだ。
「だが……何かが足りね〜んだ」
「何か……」
「ああ。それに俺は、ツバキからこいつをどこで手に入れたのか、まだ聞いてね〜しな」
「それはね」
横からツバキが口を挟んだ。
ツバキはこれまでの出来事を話し始めた。
土の神殿を調査したこと。
五階層で、それまで存在しなかった扉が出現したこと。
九階層には土の神龍がいたこと。
そして十階層には祠があり、そこに古文書が存在していたこと。
さらに悠真たち三人が、各地に存在する神殿を調査するため旅を続けていることも。
話を聞いていたゼノンの目が、徐々に輝き始める。
「ってことは……」
ゼノンが身を乗り出した。
「火の神殿にも神龍がいて、認められりゃ逆鱗が手に入るのか!?」
「まだ分からないわ」
ツバキが答える。
「同じように扉が出現するのか。出現したとして、開くのかもね」
そして悠真を見る。
「ただ、悠真さん。夢渡りが関係してるみたいだから、何かしら進展はあるはずよ」
「はい」
「……待て」
ゼノンがツバキを見る。
「夢渡りってなんだ?」
「あら? 知らないの?」
「知らね〜な」
ツバキは悠真へ目を向けた。
「悠真さんは、この世界とは違う世界から来ているのよ」
「違う世界だと?」
「はい」
悠真が頷く。
「僕は眠ると、この世界に来るんです。そして、しばらくすると元の世界に戻ります」
「…………」
ゼノンは悠真をじっと見つめた。
「おめえ……そんな奴だったのか」
「はい」
「だから“夢渡り”ってわけか」
「そういうことよ」
ツバキが答える。
「それで、神殿に現れた扉も悠真さんが関係しているんじゃないかって、私たちは考えてるの」
「なるほどな〜」
ゼノンは腕を組む。
そして、何かを考えるように悠真を見た。
「ってことは、火の神殿でもおめえがいりゃ、何か起きるかもしれね〜ってことか」
「まだ分からないわ。でも、その可能性はあると思う」
「…………」
ゼノンはしばらく黙っていた。
そして突然――。
「俺も連れてけ!」
「え?」
「逆鱗もそうだが、古文書も気になる!」
ゼノンの声が大きくなる。
「もしかしたら古代の鍛冶の知識が残ってるかもしれね〜しな!」
ツバキが悠真を見る。
「悠真さん。こう言ってますけど?」
「もちろん、僕はいいですけど……」
悠真はフィルを見る。
「みんなは?」
「わたしも賛成です〜!」
ツバキも頷く。
「なら、決まりね」
こうして――。
悠真たちの旅に、四人目の仲間が加わった。
◇
「じゃ〜、剣の完成と、新しい旅仲間に――」
悠真がコップを掲げる。
「乾杯!」
「乾杯です〜!」
「乾杯〜」
「ガハハハ! 乾杯だ〜!」
四人の声が工房に響いた。
フィルが目の前に置かれた料理を不思議そうに見る。
「悠真さん、これは何ですか〜?」
「ピザだよ」
「ぴざ?」
「そう。とにかく食べてみて」
「はいです〜!」
フィルが一切れ手に取る。
ツバキとゼノンも続いた。
そして――。
「ん〜!」
フィルが一口かじった瞬間。
チーズが伸びた。
「んん〜!?」
さらに伸びる。
「悠真さ〜ん! 噛み切れないです〜!」
「はははっ」
ようやくチーズを噛み切り、フィルが目を輝かせる。
「おいしいです〜!」
「あら、本当。美味しいわね〜」
ツバキも嬉しそうに頬張る。
「こいつもエールに合うな〜!」
ゼノンはピザを片手にジョッキを傾ける。
「ガハハハ! 美味ぇ!」
今日もまた。
工房の食卓は、賑やかな笑い声に包まれていた。
◇
食後。
四人は工房の裏にある温泉へ来ていた。
「ふぅ〜……」
悠真は湯に身体を沈め、大きく息を吐く。
一日中剣を振り続けた身体に、温かな湯が染み込んでいく。
ツバキは、カエデから預かっていた酒をゼノンの器へ注いでいた。
ゼノンが一口飲む。
「くぅ〜……」
そして満足そうに笑った。
「やっぱりカエデの酒はうめ〜な〜!」
「ウフフ。よかったわ。母も喜ぶわよ」
「カエデがか〜?」
ゼノンは嬉しそうに、もう一口飲んだ。
悠真はエール。
フィルは果実水。
それぞれ飲み物を片手に、夜空を見上げながら温泉を堪能する。
すると――。
「悠真さ〜ん」
「ん?」
フィルが悠真を見る。
「あの、おつまみ? はもうないんですか〜?」
「ああ」
悠真は少し考える。
そしてニヤリと笑った。
「あるよ〜」
「ほんとですか〜!?」
悠真が取り出したのは、小さく軽い一口サイズの食べ物。
「その名も――えびせん」
「えびせん?」
「食べてみて」
フィルが一枚手に取る。
ポリッ。
「…………」
ポリポリ。
「美味しいです〜!」
「だろ?」
もう一枚。
ポリポリ。
さらに一枚。
ポリポリ。
「…………」
悠真はフィルを見る。
「フィル?」
「止まらないです〜」
「やっぱりか……」
「おい。俺にもくれ」
ゼノンも一枚取る。
ポリッ。
「…………」
もう一枚。
ポリポリ。
そしてカエデの酒を一口。
「…………!」
ゼノンの目が見開かれた。
「なんだこりゃ! 酒に合いすぎるじゃね〜か!」
ポリポリ。
グビッ。
ポリポリ。
グビッ。
「ゼノン。そんなに美味しいの?」
ツバキも一枚。
ポリッ。
「あら……」
もう一枚。
ポリポリ。
「本当ね。止まらないわ」
「だろ〜!? ガハハハ!」
「悠真さ〜ん」
「ん?」
「もうないです〜」
「えっ!?」
悠真が袋を見る。
「早くない!?」
「ガハハハハ!」
温泉に笑い声が響く。
新しい剣。
新しい仲間。
そして――新しい旅。
火山の麓の夜は、今日も賑やかに更けていった。




