鍛治
翌朝。
悠真が目を覚ますと、工房の奥から金属を叩く音が聞こえていた。
カーン――。
カーン――。
「……もう始めてるのか?」
まだ少し眠気の残る身体を起こし、悠真は階段を下りていく。
居間へ向かうと、ツバキはすでに朝食を終え、お茶を飲んでいた。
「おはようございます」
「おはよう〜」
悠真は鍛冶場の方へ目を向ける。
カーン――。
カーン――。
一定の間隔で、槌を振るう音が響いている。
「早いですね」
ツバキは小さく笑った。
「あの人、なんだかんだ楽しみなのよ」
「楽しみ?」
「ええ。あれだけ珍しい素材を目の前にしたんですもの。いてもたってもいられないんじゃない?」
「なるほど……」
悠真も思わず笑った。
昨日までは、あれほど頑なに剣を打つことを断っていたというのに。
今では誰よりも早く起きて、槌を振るっている。
「私の出番はまだ先だから、それまでは私と一緒に修行しましょ」
「分かりました。ありがとうございます」
その時。
「おはようございます〜」
二階から、眠そうな声が聞こえてきた。
フィルだった。
まだ完全には目が覚めていないのか、目を擦りながら階段を下りてくる。
「みなさん、早いですね〜」
そして、鍛冶場から聞こえてくる音に気づいた。
「あっ。ゼノンさんはもう始めてるんですね〜」
フィルはそのまま鍛冶場へ歩いていく。
「ゼノンさ〜ん。今は何をしてるんですか〜?」
「おぉ〜? フィルか〜?」
ゼノンは作業の手を止めずに答えた。
「今はな〜、剣のベースになるところを作ってんだ」
「ベースですか〜?」
「ああ。魔鉱石をあっためては打つ。折りたたんで、またあっためては打つ。それを何度も繰り返してくうちに、少しずつ形になってくのさ」
「へ〜、そうなんですね〜」
フィルは赤く熱せられた魔鉱石を興味深そうに見つめる。
カーン――。
カーン――。
しばらくすると、ゼノンが手を止めた。
「フィル。ちょっと悠真を呼んでこい」
「はーい」
フィルが鍛冶場から顔を出す。
「悠真さ〜ん。ゼノンさんが呼んでますよ〜」
「僕を?」
悠真は鍛冶場へ向かった。
「ゼノンさん、どうしましたか?」
「ちょっと手ぇ出せ」
「手ですか?」
「ああ」
悠真が手を差し出す。
ゼノンはその手をじっと見つめた。
掌。
指の長さ。
剣を握ることで硬くなった部分。
そして、確かめるように何度か悠真の手に触れる。
「…………」
やがてゼノンは手を離した。
「よし。行っていいぞ」
「え?」
「お前は、自分ができることをしろ」
「……はい!」
詳しい説明はなかった。
けれど悠真には、なんとなく分かった。
ゼノンは今、自分のために剣を作ろうとしている。
なら、自分も今できることをする。
悠真はツバキのもとへ戻った。
「よし! ツバキさん! お願いします!」
「ええ。始めましょうか」
◇
二人は工房の外へ出た。
朝の空気はまだ涼しく、遠くには火山から煙が立ち昇っている。
「でも……具体的に何をすればいいのか」
悠真は借りている剣を見る。
「なんせ、夢世界に来るまでは剣なんて振ったことなかったし……」
これまで実戦の中で剣を振ってきた。
スキルも手に入れた。
それでも、誰かから剣の基礎を教わったことは一度もない。
「今度戻った時に、本屋さんでも行ってみよう〜」
「とりあえず、素振りね」
「素振りですか?」
「ええ。全ての基本となりますから」
ツバキは悠真の構えを見る。
「ただ振るのではなく、一つ一つ丁寧に振るのよ」
「はい」
「点と点をつなぐように」
悠真は剣を構えた。
そして――。
シュッ――。
一振り。
「もう一度」
「はい」
シュッ――。
「今のは少し力が入りすぎね」
「分かりました」
もう一度。
今度は力ではなく、剣の軌道を意識する。
シュッ――。
「そう。それを身体に覚えさせるの」
「はい!」
悠真は何度も剣を振った。
一振り。
また一振り。
ツバキはその傍らで、自分の錬成の練習をしている。
素材を変形させては戻し、再び違う形へと変えていく。
それでも、ときどき悠真へ目を向けた。
「悠真さん。今のは少し軌道がずれてますよ」
「あっ……はい!」
一方、少し離れたところでは――。
「…………」
フィルが魔導書を開き、黙々と勉強していた。
悠真は剣。
ツバキは錬金術。
フィルは魔法。
そして工房からは――。
カーン――。
カーン――。
ゼノンが槌を振るう音が、絶えず響いていた。
◇
昼食を終えたあとも、それは続いていた。
シュッ――。
シュッ――。
朝に比べれば、悠真の剣の振りから迷いが消え始めていた。
一つ一つ。
丁寧に。
点と点をつなぐように。
ツバキは午後から薬品の精製を始め、いくつもの小瓶を並べて作業をしている。
そしてフィルは――。
「すぅ……すぅ……」
「……寝てる」
魔導書を開いたまま、お昼寝をしていた。
悠真は苦笑すると、再び剣を構える。
シュッ――。
カーン――。
シュッ――。
カーン――。
二つの音が、しばらく続いていた。
やがて――。
カーン――。
「…………」
工房から聞こえていた音が止まった。
悠真が振り返る。
しばらくすると、ゼノンが鍛冶場から出てきた。
その手には、まだ刃もついていない、剣の形をした鉄の塊が握られている。
「悠真。ちと、これで振ってみろ」
「はい」
悠真はそれを受け取った。
「……重い」
今まで使っていた剣よりも、ずっしりと重さを感じる。
なのに――。
(……あれ?)
握った瞬間。
不思議なほど手に馴染んだ。
朝、ゼノンが自分の手を見ていたことを思い出す。
「振ってみろ」
「はい」
悠真は剣を構えた。
今日一日、何度も繰り返してきたことを思い出す。
点と点をつなぐ。
一つ一つ、丁寧に。
シュッ――。
一振り。
そして構え直す。
シュッ――。
二振り。
「…………」
ゼノンは黙って見ていた。
そして一言。
「まだまだだな」
「え?」
ゼノンはそれ以上何も言わず、ツバキへ目を向けた。
「ツバキ。明日からはお前も手伝え」
「分かったわ」
ツバキは薬品を片付け始める。
「さっ。今日は終わりにしましょ」
「はい」
悠真はゼノンが持つ剣へ目を向けた。
(まだまだ……)
自分の振りが、まだまだなのか。
それとも――。
剣の出来が、まだまだなのか。
ゼノンは何も教えてくれなかった。
◇
夕食を終えると、皆それぞれの部屋へ戻っていった。
工房を包んでいた賑やかな声も消え、辺りには静かな夜が訪れる。
けれど――。
ただ一人。
悠真は静かに外へ出た。
「……まだまだ、か」
どうしても、ゼノンの言葉が頭から離れなかった。
工房から少し離れた場所で剣を構える。
そして――。
シュッ――。
一つ。
もう一度。
シュッ――。
また一つ。
昼間に教わったことを思い出しながら、一振りずつ丁寧に振っていく。
(剣を振る……)
シュッ――。
(なぜ、剣を振る……?)
悠真は、ふと剣を止めた。
今までは考えたこともなかった。
剣を握る。
構える。
そして振る。
それが当たり前だった。
「…………」
悠真は手の中の剣を見つめる。
そして、もう一度構えた。
今度は、ただ自分から振ろうとはしなかった。
握る手から少し力を抜く。
剣の重さを感じる。
剣先の向きを感じる。
自分がどう振りたいのかではなく――。
この剣が、どう動こうとしているのか。
シュッ――。
「…………」
何かが違った。
けれど、それが何なのかはまだ分からない。
もう一度、構える。
シュッ――。
一つ。
また一つ。
答えを探すように、悠真は静かに剣を振り続けた。
そんな悠真を、いつの間にか少し離れた場所から見つめている者がいた。
ゆっくり悠真へ近づくと、その場にしゃがみ込み、じっと見つめていた。
そして――。
悠真が最後の一振りを終え、剣を下ろす。
それを待っていたかのように、フィルが声をかけた。
「悠真さん」
「ん?」
「納得できましたか?」
「…………」
悠真は少し考えた。
「ん〜……どうかな」
「そうですか〜」
フィルはいつものように笑った。
「では、また明日頑張りましょ〜」
そして立ち上がる。
「ほら、寝ますよ〜」
「ああ」
フィルはそれ以上何も聞かず、工房へ戻っていった。
悠真はその後ろ姿を見つめる。
答えは、まだ分からない。
ゼノンが何を見ていたのかも。
剣を振るとは何なのかも。
それでも――。
「……なんだろう」
さっきまで胸の奥にあったモヤモヤが、少しだけ消えた気がした。
悠真は手の中の剣へ目を落とす。
そして、小さく呟いた。
「フィル……ありがとう」
静かな夜。
悠真は剣を手に、工房へと戻っていった。




