決意の先
レッサードラゴンとの戦いを終え、ゼノンは大きく息を吐いた。
しばらく倒れたドラゴンを見つめていたが、やがて斧を背負い直す。
「……とりあえず、工房に戻るぞ」
「はい」
悠真も頷いた。
二人はレッサードラゴンを回収すると、そのまま山を下り始めた。
魔鉱石。
ミスリル。
剣を作るために必要な二つの素材は揃った。
そして、思いがけず手に入ったものがもう一つ――。
悠真は少しだけ嬉しそうに歩いていた。
◇
山を下り、二人はゼノンの工房へ戻ってきた。
「おかえりなさい。どうでした?」
フィルが二人を迎える。
ツバキも悠真とゼノンへ視線を向けた。
悠真の表情。
そして、ゼノンの様子。
それだけで、何となく察したらしい。
「ゼノン。どうだった?」
「どうしたもこうしたもねぇぞ、ツバキ」
ゼノンは呆れたように悠真を見る。
「どうなってやがる? こいつの戦い方、普通じゃねぇじゃねぇか」
ツバキは小さく笑った。
「だから言ったじゃない。普通じゃないって」
「……納得だ」
ゼノンは腕を組み、改めて悠真を眺めた。
「これじゃあ、その辺のもんじゃもたねぇな……」
しばらく考え込む。
そして――
「……打ってやるよ」
「え?」
「お前の剣だ。俺が打ってやる」
悠真の顔が一気に明るくなった。
「いいんですか!? ありがとうございます!」
「その代わり――」
ゼノンはツバキを見る。
「お前も手伝え」
「私も?」
「ああ。これだけの素材だ。鍛冶だけじゃ駄目だ。お前の錬金術も必要になる」
ツバキは神龍の逆鱗へ目を向ける。
そして頷いた。
「ええ。分かったわ」
「それと、お前」
ゼノンは悠真を見る。
「剣ができるまで、剣の修行をやっとけ」
「分かりました」
悠真はもう一度、深く頭を下げた。
「ありがとうございます!」
そして、少し考えてから続ける。
「その代わり、お礼として今日の夕飯は僕が作ります」
「ほんとですか〜!?」
真っ先に食いついたのはフィルだった。
「悠真さんの料理はおいしいんですよ〜!」
悠真はそんなフィルへ近寄る。
「それに今日は、念願の素材が手に入ったんだよ〜!」
「え? 何ですか? それは〜」
「まあ、出来上がるまで楽しみにしてて」
「はいです〜!」
◇
夕暮れ。
工房のキッチンでは、悠真とツバキが並んで料理をしていた。
鍋からは湯気が立ち上り、肉の焼ける香ばしい匂いが漂っている。
「まさか、帰りにそんなことがあったなんてね〜」
「ですね。でも、そのおかげで念願の素材が手に入りましたから」
「そうね」
ツバキは小さく笑った。
「さて。あの二人が温泉から出てくるまでに仕上げちゃわないと」
「はい」
悠真は小瓶を取り出し、料理へ振りかけていく。
それを見たツバキが笑う。
「また、その魔法? の粉、使うのね?」
「はい。もちろんですよ〜」
しばらくすると――
ガチャ。
扉が開いた。
「ん〜! いい匂いです〜!」
フィルが満面の笑みで戻ってくる。
「いや〜。いいお湯でしたよ〜、ツバキさ〜ん」
「あら、それは楽しみね」
「まさか、ゼノンさんの家の裏に温泉があるなんて思いませんでしたよ〜」
「ガハハハ! フィルはおもしれぇな〜!」
その後ろから、ゼノンもジョッキを片手に現れた。
どうやら温泉に入っている間に、すっかり仲良くなったらしい。
「ゼノンさんの背中を流してる時、お父さんみたいで懐かしかったです〜」
「そうか? なら、また頼むわ〜」
「はいです〜!」
その様子を見て、ツバキが楽しそうに笑った。
「いいわね」
そして悠真を見る。
「悠真さん。私たちもあとで入りましょ」
「え?」
悠真の動きが止まった。
「一緒にですか?」
「ええ。背中、流してくれるんでしょ?」
「えぇ〜……」
悠真は一瞬固まる。
「……分かりました」
顔がみるみる赤くなっていった。
ツバキはそんな悠真を見て、楽しそうに微笑んでいる。
「さて、夕食にしましょ」
「はい!」
悠真は完成した料理をテーブルへ並べていった。
「今日の夕飯は――」
一つ目の皿を置く。
「フレイボアのシチュー!」
そして、大皿をテーブルの中央へ。
「それと――レッサードラゴンのステーキです!」
「…………」
一瞬、静かになった。
「ドラゴンですかー!?」
フィルの声が工房中に響く。
「おぉ!」
ゼノンも目を輝かせる。
「こいつはエールにも合いそうだな〜!」
四人はテーブルを囲んだ。
「いただきます」
そして全員が、レッサードラゴンの肉を口へ運ぶ。
「…………!」
悠真の目が見開かれた。
柔らかい。
口の中で溶けていくような食感。
それでいて肉そのものの濃厚な旨味は、しっかりと残っている。
(なんだ、これ……)
今まで食べてきた肉は何だったのか。
そう思ってしまうほどだった。
「おいしいです〜!」
フィルも幸せそうに頬を押さえている。
悠真は思わず笑った。
(やっと食べられた……)
以前、ツバキから聞いた。
魔物は強くなればなるほど、おいしくなる。
そして――一番おいしいのはドラゴン。
あの時、悠真は決めた。
いつかドラゴンを倒して、その肉を食べると。
それが今日、叶ったのだ。
すると――
「あっ!」
フィルが何かに気づいた。
「悠真さん」
「ん?」
「アレは?」
「え?」
「アレはないんですか〜?」
ゼノンがエールを一口飲みながら首を傾げる。
「アレって何だ?」
悠真はフィルを見る。
そして――低い声で答えた。
「……あるよ」
「やったです〜!」
悠真が取り出したのは――
あの、魔法のソース。
ステーキ用のガーリックソースだった。
フィルはすぐに受け取り、ドラゴンのステーキへかける。
ジュワッ――。
ガーリックの香りが一気に広がった。
「おい。俺にもかけてみろ」
匂いにつられたゼノンも皿を差し出す。
二人が同時に肉を口へ運び――
「美味い!」
「おいしいです〜! やっぱりコレです〜!」
「この味はエールが止まらねぇぞ〜! ガハハハ!」
ゼノンが豪快にジョッキを傾ける。
その隣ではフィルが嬉しそうにドラゴン肉を頬張っている。
悠真とツバキは顔を見合わせた。
そして、二人同時に笑った。
◇
賑やかな夕食が終わった頃。
悠真とツバキは、工房の裏にある温泉へ来ていた。
岩に囲まれた露天風呂。
火山から湧き出す湯から白い湯気が立ち上り、夜空には無数の星が輝いている。
二人ともドワーフ流の湯浴み着を身につけていた。
とはいえ――
(……いくら湯浴み着を着てるからって、二人っきりはキツいよ〜)
悠真の心の叫びなど知る由もなく、ツバキはいつも通りだった。
「悠真さん。お背中流しますから、こっちに来てください」
「…………」
「悠真さん?」
「……はい」
悠真は諦めた。
背中を流してもらったあと、二人は温泉へ身体を沈める。
「ふぅ〜……」
ツバキが気持ちよさそうに息を吐いた。
「本当にいいお湯ね。悠真さん」
「はい」
悠真も夜空を見上げる。
温かな湯が、戦いで疲れた身体へ染み込んでいくようだった。
しばらく静かな時間が流れる。
「それに……ツバキさん」
「はい?」
「ありがとうございました」
ツバキが悠真を見る。
「僕のために、いろいろしてくれて」
「い〜え」
ツバキは穏やかに微笑んだ。
「自分のためでもありますから。気にしないで」
「……はい」
「でも、大変なのはこれからよ」
「はい」
悠真は自分の手を見る。
折れてしまった剣。
そして、ゼノンから言われた言葉を思い出す。
――お前の腕がよけりゃ、こうはならねぇ。
「僕、剣の使い方をちゃんと考えようと思います」
「あら?」
「剣術のスキルを持ってるだけじゃ、駄目なんだと思います」
悠真は静かに自分の手を握る。
(僕自身が上手くならないと……)
どれだけ強い剣を手に入れても。
使う自分が成長しなければ、その力を本当に引き出すことはできない。
「だから、ちゃんと修行します」
その言葉を聞き、ツバキは優しく微笑んだ。
「ええ。それがいいと思いますよ」
「ツバキさんも……よろしくお願いします」
「ええ」
ツバキは温泉の向こうにある火山を見つめる。
「私も、どこまでできるか分からないけど……やってみるわ」
「はい」
二人は静かに夜空を見上げた。
火山の麓の夜は、静かに更けていった。




