採掘
ゼノンは、ツバキが差し出した逆鱗を食い入るように見つめていた。
「……どうやって手に入れた?」
しばらくして、低い声で尋ねる。
ツバキはすぐには答えなかった。
「それは答えられないわ。あなた次第よ」
「あぁ?」
「この逆鱗を使って、悠真さんに剣を打ってほしいの」
ツバキは逆鱗をゼノンの前へ差し出す。
「もちろん、好きに使っていいわよ。それと――母さんのお酒もあるわよ」
「カエデの酒か〜?」
ゼノンの反応が少し変わった。
「あいつは口は悪ぃが、酒はいいもん持ってんだよな〜」
ツバキは苦笑する。
「本人には言わない方がいいわよ」
「言うかよ」
再び沈黙が訪れる。
ゼノンは逆鱗を見る。
そして悠真を見る。
「…………」
しばらく考えたあと、ようやく口を開いた。
「……分かった。ただし、条件がある」
「条件?」
「今から裏の山に石を採りに行く。そこでこいつが俺を認めさせたら、剣を打ってやる」
ゼノンは神龍の逆鱗へ視線を戻す。
「どのみち、逆鱗だけじゃ剣はできねぇ」
「何が必要なんですか?」
「とりあえず、魔鉱石だな」
ゼノンは腕を組む。
「剣のベースになる素材だ。まず、これがなきゃ始まらねぇ。それと、逆鱗とのつなぎと強度のためにミスリルも必要だ」
「ミスリル……」
「ああ。この二つが揃わなきゃ、そもそも剣は作れねぇ」
その言葉に、ツバキがわずかに眉を寄せる。
「ミスリルって……ちょっと……」
「おっと。ここだけは譲れねぇぜ」
ゼノンは逆鱗を指差した。
「分かるだろ。これだけの素材なんだ」
「…………」
ツバキはしばらく考え、小さく息を吐いた。
「……分かったわ」
そして悠真を見る。
「悠真さん。やるしかないわね」
「はい」
悠真は迷うことなく頷いた。
「とりあえず、俺も行ってやる」
ゼノンが立ち上がる。
「変なもん持ってこられても困るからな」
そしてツバキとフィルを見る。
「ツバキと嬢ちゃんは、ここにいな」
「分かったわ」
フィルが少し心配そうに悠真を見た。
「悠真さん。大丈夫ですか〜?」
「うん。たぶん、なんとかなるよ」
◇
ゼノンに連れられ、悠真は火山の麓を登っていった。
街から離れるにつれて緑は少なくなり、黒く焼けた岩肌が目立つようになっていく。
しばらく登ったところで、山の中腹へ辿り着いた。
「……すごいな」
そこには、いくつもの坑道の入口が並んでいた。
「好きなとこ選べ」
「僕がですか?」
「ああ」
悠真は坑道を見渡した。
おそらく、これもゼノンが自分を試しているのだろう。
《気配察知》。
周囲に潜む魔物の気配を探る。
さらに《鑑定》と《採掘》を使い、それぞれの坑道を見比べていく。
「…………」
やがて悠真は、一つの入口を指差した。
「ここにします」
ゼノンはその坑道を見て、ぼそりと呟く。
「……悪くはねぇな」
二人は坑道の奥へと進んだ。
中へ入るにつれ、気温が上がっていく。
岩壁の隙間から赤い光が漏れ、ところどころでは溶岩がゆっくりと流れていた。
「気をつけろよ〜。溶岩に触れりゃ、一発であの世行きだ」
「はい」
悠真は足元に注意しながら進む。
やがて、坑道の奥へ辿り着いた。
「この辺だな」
ゼノンからツルハシを借り、悠真は岩壁の前へ立った。
《鑑定》。
そして――《採掘》。
感覚を研ぎ澄ませ、ツルハシを振り上げる。
カァン――!
硬い音が坑道に響く。
もう一度。
カァン――!
悠真は《採掘》の感覚に従い、場所を変えながら掘り進めていった。
「……あ」
開始して間もなく、岩の中から鉱石が姿を現した。
さらに掘る。
また別の鉱石が出てくる。
「…………」
その様子を見ていたゼノンが腕を組む。
「驚いたな〜。お前、採掘は初めてか?」
「はい。初めてやりました」
「それでこれじゃ〜大したもんだ」
やがて目的の一つである魔鉱石も見つかった。
しかし――
「ミスリルはありませんね」
「そう簡単に出るもんじゃねぇよ」
二人はさらに坑道の奥を探していく。
その時だった。
「……!」
悠真が横道へ視線を向ける。
何かいる。
「ブモォォォッ!!」
横道から、炎を纏った巨大なボアが飛び出してきた。
「フレイボアだ!」
フレイボアが二人めがけて突進してくる。
悠真は咄嗟に、持っていたツルハシを構えた。
だが――
「邪魔だ」
ゼノンが悠真の前へ出る。
背負っていた斧を構え――
「ふんっ!」
一閃。
ズバッ――!
フレイボアの巨体が、その場に崩れ落ちた。
「…………」
悠真は思わずゼノンを見る。
(強い……)
ゼノンは何事もなかったかのように斧を担いだ。
「これでも一応、Bランク冒険者だからな」
「Bランク……」
悠真は倒れたフレイボアを見る。
その時、ふと魔物が現れた横道が気になった。
「……こっち」
「あ?」
「この奥が気になります」
悠真は横道へ入ると、再び《鑑定》と《採掘》を使った。
岩壁へツルハシを振り下ろす。
カァン!
カァン!
岩を砕き、さらに掘り進めていく。
すると――
「……出た!」
岩の中から銀色の輝きが姿を現した。
「ミスリル!」
「おぉ」
ゼノンも近づき、露出した鉱石を確認する。
「やるじゃねぇか」
必要な量を採掘すると、ゼノンは満足そうに頷いた。
「とりあえず、材料は揃ったな」
「はい」
「ひとまず戻るか〜」
二人は坑道を抜け、山を下り始めた。
その時――
「……ん?」
悠真が空を見上げる。
上空に、一つの黒い影があった。
それは急速に大きくなっていく。
「ゼノンさん!」
「あぁ?」
巨大な影が翼を広げ――
ドシィィィン!!
二人の前へ降り立った。
衝撃で砂埃が舞い上がる。
「……まさか」
ゼノンが舌打ちする。
「ちっ……レッサードラゴンか!」
「ド、ドラゴンですか……これが……」
悠真にとって、初めて目にするドラゴンだった。
その瞬間――
____
〈緊急クエスト発生〉
レッサードラゴンを討伐せよ
報酬:????
____
(緊急クエスト……!)
ゼノンが斧を構える。
「……まずいな」
レッサードラゴンが大きく口を開いた。
その奥に炎が集まっていく。
「来るぞ!」
次の瞬間――
ゴォォォォォッ!!
炎のブレスが吐き出された。
悠真は咄嗟にゼノンの前へ飛び出す。
「――《魔力障壁》!」
半透明の障壁が展開される。
直後――
ドォォォォォン!!
「くっ……!」
ドラゴンブレスが障壁へ激突した。
凄まじい熱気が悠真を襲う。
それでも一歩も退かない。
やがて炎の勢いが弱まり、ブレスが途切れた。
「……防ぎやがった」
後ろでゼノンが呟く。
「ふぅ……」
悠真は《魔力障壁》を解除した。
だが――
「……あ」
自分の手元を見る。
握っているのはツルハシだけ。
(武器がない……)
「小僧!」
「え?」
振り返った瞬間、ゼノンが何かを投げた。
「使え!」
「うわっ!」
悠真は慌てて受け取る。
剣だった。
「これは?」
「予備だ。とりあえず、それを使え」
「ありがとうございます!」
「礼は後だ! 来るぞ!」
「グオォォォォォッ!!」
レッサードラゴンが雄叫びを上げる。
悠真は剣を構えた。
「《瞬歩》!」
一気に間合いを詰める。
その瞬間、レッサードラゴンが悠真へ背を向けた。
「……!」
悠真には分かった。
(この動き――尻尾が来る!)
ブォン――!!
巨大な尻尾が横薙ぎに振るわれる。
《見切り》。
悠真は地面を蹴て跳び上がった。
尻尾が足元を通過する。
「今だ!」
空中で身体を捻り、剣を振り下ろす。
ザンッ――!
巨大な尻尾が切断された。
「グオォォォォォォッ!!」
レッサードラゴンが苦痛の雄叫びを上げる。
その瞬間を――ゼノンは見逃さなかった。
「隙だらけだ!」
斧を大きく振りかぶる。
「うぉぉぉぉっ!!」
渾身の一撃。
ザシュッ――!!
レッサードラゴンの片翼が切り落とされた。
「グギャァァァッ!!」
巨体が大きくよろめく。
「小僧!」
「はい!」
悠真は剣を構え、魔力を流し込む。
「――《アースエンチャント》!」
刀身へ土属性の魔力が集まる。
土は剣を覆い、そのまま先へ伸びていく。
一メートル。
二メートル。
そして――三メートル近い巨大な刃へ。
「なっ……!?」
ゼノンの目が見開かれる。
「はぁぁぁぁっ!!」
悠真は地面を蹴、巨大な刃を振り抜いた。
ズバァァァン――!!
土の刃がレッサードラゴンを斬り裂く。
「グ……オォォ……」
巨体がゆっくりと傾き――
ズズゥゥン!!
大きな音とともに地面へ倒れた。
その瞬間――
____
〈緊急クエスト達成〉
レッサードラゴンを討伐せよ
レベルアップ
Lv.37 → Lv.44
報酬:《魔力吸収》
____
「……魔力吸収?」
悠真は浮かび上がった文字を見つめる。
(また、新しいスキルか……)
今は考えている暇はない。
悠真は表示から視線を戻し、《アースエンチャント》を解除した。
「ふぅ……」
ゼノンは倒れたレッサードラゴンと悠真を交互に見る。
「……おい、小僧」
「はい?」
「なんだ、今の戦い方は!?」
ゼノンがズカズカと悠真へ近づいてきた。
「剣に魔法を付与しやがったな!?」
「あ……はい」
「魔法を剣に纏わせて……しかも刀身そのものみてぇに伸ばしやがった」
「《属性付与》っていう技なんです」
「属性付与だぁ?」
ゼノンの目つきが変わった。
悠真の持つ剣を見る。
そして倒れたレッサードラゴンを見る。
「…………」
しばらくして、ゼノンが口を開いた。
「小僧」
「はい」
「お前、冒険者ランクはいくつだ?」
「Dです」
「…………」
沈黙。
「……なんだと?」
「Dランクです」
「…………」
ゼノンはもう一度、倒れたレッサードラゴンを見る。
切断された尻尾。
地面に落ちた片翼。
そして、その巨体に残された悠真の一撃。
ゆっくりと悠真へ視線を戻す。
「……D?」
「はい」
「お前が?」
「はい」
「…………」
ゼノンは額に手を当てた。
「冒険者ギルドは何やってやがる……」
「いや、その……旅に出てから、ほとんどギルドに寄ってなくて……」
「そういう問題じゃねぇだろ!」
「すみません……」
「なんでお前はすぐ謝るんだ!」
「すみま――」
「それをやめろ!」
「…………はい」
ゼノンは大きくため息を吐いた。
だが――その口元は、ほんの僅かに緩んでいた。
工房で初めて会った時とは違う。
少なくとももう――
目の前の青年を、ただの『ひょろひょろのガキ』とは見ていなかった。




